203.メガネ君、やはり苦手意識を持つ
通過儀礼が終わったおかげで、何人かは簡単に自己紹介してきた。
「――俺はベルジュだ」
さっきリッセの手合わせで解説してくれた大きな男がベルジュ。
筋肉質で大柄で、縦にも大きければ筋肉も厚く、見た目だけでも強いとわかる。
黒に近い深い藍色の髪は少し長く、ヘアバンドのようなもので前髪を上げている。精悍な顔立ちには、意志や闘争心が強そうな鳶色の瞳がある。
もはや百戦錬磨の冒険者という貫禄さえ感じるが、一応これで同年代である。
顔はまだ幼さが……あるような、ないような。若者には見えるけど十代にはちょっと見えないかな。
ちなみに彼は、通過儀礼でフロランタンと力勝負をして、負けたらしい。
もはやフロランタンがどうこうというより、あのフロランタンと勝負になった彼がすごいんだと思う。彼女は強すぎるから。
「――リッセ、今度は俺とも手合わせしてくれ。エイル、龍魚の話、そのうち聞かせてくれ」
龍魚か。
ハイドラにも聞かれたけど、話せることは少ないんだよね。
見た目からして、自信満々で精力的で積極的なタイプと見た。はっきり苦手なタイプである。
――そういえば、ここの皆はクロズハイトで行われた狩り勝負のことも、俺が女装して参加していたことも、知っているんだよな。
教官の俺への採点もそれを加味しているようだし、ほかに参加者もいたし、誰かが教えて広めたんだろうけど……
でもそれとは別に、ブラインの塔の関係者が街に潜んでいるのだろう。
ハイディーガのロダとザントも、表向きの顔を作って街に溶け込んでいたから。
そういう人たちがいるんだと思う。たとえば孤児院の院長みたいな人がね。
でも、俺は全然気づかなかった。
まあ俺に気づかれるようじゃダメだろうけどね。やはり暗殺者関係の人たちはすごいんだろうしね。さっき技を見せつけたヨルゴ教官のように。
「――マリオンだよ。よろしくね」
中性的で男か女かわからない子は、マリオン。……声を聞いてもわからない。
小柄で手も足も身体も細く、軽い色の金髪は短いがきちんとセットされている。
美少年にも美少女にも見える整った顔立ちだからこそ、性別がどちらかわからない。
俺も将来的には違うが今は線が細い方だから、男としても女としてもいそうなんだよね。
が、女性だそうだ。
「――昨日のことはハリアには内緒ね。あいつうるさいから」
リッセに小声で言う。
――あとから聞いたところによると、やはり通過儀礼が終わるまでは仲良くしてはいけないと言われていたそうだが。
何を隠そう、彼女こそセリエたちと一緒に買い出しに行った、昨日の料理当番の一人である。
きっとそんなことは忘れて仲良く買い物でもしたのだろう。
どんな光景でどんな雰囲気で一緒にいたのか想像できるくらいだ。
きっとキャッキャ言い合いながら楽しんだに違いない。
つまり人見知りしない明るい性格をしているのだろう。うーん、単純に苦手なタイプかな。
「――猫獣人のトラゥウルルだよー。ウルルって呼んでー」
ああ、虎獣人はトラ……え? 猫? 猫獣人って言った?
地味に衝撃である。名前が入ってこないくらいの衝撃だ。
あいつ、虎じゃなかったのか。
……いや、そうか。そうだよな。
虎獣人は大きいって聞いていたのに、彼女はやっぱり小さいもんな。
猫獣人か。
猫、か。
…………
うん。
俺は猫は好きだし将来は飼うつもりだけど、猫獣人は違うな。
猫の要素はあるけど猫じゃないから。
俺は猫が好きなのであって猫以外の要素があるのはちょっと違うと思う。
たとえば、好きな食べ物だからって二品三品と混ぜてもうまいってわけではない。
なんなら獣方面の要素が強い方が受け入れられる。
そういう意味では、暗殺者の村で出会った砂漠豹のアサンの方がいい。断然いい。今すぐ会いたい。
「――ねーねー。昨日の鳥はどうしたのー?」
しかもこの猫獣人はやはり人懐っこい性格らしい。半端に猫な分だけ逆に際立って苦手だな……今後彼女を見るたびに「完璧な猫ならいいのに」と思ってしまいそうだ。
――と、今朝来たのは三人だった。
目つきの悪い少年をはじめとしたリッセの旧友なんかは来なかったが、まあ追々顔と名前が一致していくだろう。
ヨルゴ教官の言葉通り、塔の三階に移動する。例の黒板のある階だ。
「――好きに座りなさい」
先に来ていたエヴァネスク教官が正面に立ち、ヨルゴ教官とソリチカ……ソリチカ教官は部屋の隅に立っている。
俺たち全員が適当に座ったのを見て、エヴァネスク教官は口を開く。
「今日よりブラインの塔での学習を本格的に始める」
昨日俺とリッセが到着したことで、ブラインの塔を目指していた候補生たちが全員が揃ったそうだ。
もちろん先に着いた者たちは揃うまで遊んでいたわけではなく、自主訓練を主体とした訓練を課し、こなしていたらしい。
正直、俺たちの到着が遅れたせいで学ぶ時間が削れていたというなら、謝るしかないからね。一応その心配はないらしい。
「まず、ここからは二つの道を己で選ぶことになる。
――暗殺者となる道を選ぶか、それ以外の道を選ぶか。
これにより、私たちの対応と、各々に出す課題も変わってくる。なお同時期に重なる課題が出ない限りは、両方を納めることも可とする。
どちらを選ぼうが楽ではないが、ここに来ることを認められた貴方たちなら、こなし続けることは難しくはないはずよ。
明日からは選んだ方向で教室を分けるけど、しばらく訓練と課題は合同参加とする」
なるほど。
じゃあ俺は「それ以外の道」だな。
その後も説明は続くが、だいたいがこれからのことについてである。
聞く限りでは、今気にすることはないかな。
――ただ気になるのは、「訓練と課題」だ。
午前中は座学が中心になるが、午後は訓練や課題が出る。恐らく選んだ方向性でそれらが変わってくるのだろうが。
問題は、訓練や課題の多くが「合同で行われる」という点。
つまり候補生たちで協力したり競争したりするものが多い、という感じになるのだろう。確かにハイディーガでもそんなことを言っていたはず。
競争はともかく、協力は気が重いかな。
今ここにいる以上、全員がある程度の戦闘力は備えているとは思う。もしかしたら戦闘力という面では俺が一番弱いかもしれない。
周囲に誰かがいると、俺は「メガネ」を使いづらくなるだろう。
当然「セットする素養」ももっと使いづらくなる。
ならば使わなければいいだけなのだが。
でもそれでクリアできる訓練や課題ならいいが、そうじゃなければ?
それこそ命に関わるような状況に陥ったら?
その時は迷わず「俺のメガネ」を使って打破するしかない。
……すると、まあ、当然バレるよなぁ。
他人の「素養」に関しては軽々しく聞かない、が常識であり暗黙のルールなのに、それを知っていてなおリッセは直接聞いてきたからね。看過できなかったのだろう。
それくらい、「俺のメガネ」はまずいのだ。異質なのだ。
……こうなると、合同の訓練や課題で使う「素養」のことは、改めて考えておく必要があるかな。
表向き使っていい「素養」と、それ以外。
もちろん使い方もあるだろう。バレない使い方も考えるべきか。
「――今日の座学は以上。昼食と休憩の後、午後の訓練を始めるので一階に集まっておくように」
しかも、今日から早速訓練があるようだ。いったどんなことをするんだろう。