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202.メガネ君、来てよかったと早くも実感する





 ブラインの塔に着いて一夜が明けた。


 昨日は久しぶりの狩りに出て、少々はしゃいでしまった。

 じっくり森を見て回り、見知らぬ草や果実を採取したり、見たことのない鳥や動物を隠れて観察したり、動く山こと聖巡牛(アンジ・ヤガ)を眺めてみたり。


 時間を忘れて森を調べて、気が付けば夕方である。

 暗くなる前に帰らないとまずいと、急いで二羽ほどオロ雉を狩って塔へ戻った。 


「――にゃ?」


 塔の前で虎獣人の少女と出くわす。狩猟祭りで並んで立ち聞きしたあの獣人である。


 彼女は俺を見ると、ダッと走ってきた。


「鳥? 狩り? 肉?」


 断片的すぎる言葉が並ぶが、言いたいことはなんとなくわかる。


 好奇心と期待に輝く彼女に頷いて見せると、彼女は笑い――


「あっ、まだダメだった」


 何かに気づいたように言い、離れた。


「……うー……まだダメなんだぁ……」


 何がダメなのかよくわからないが、彼女はそんなことを言うとシュンと耳を下げて先に塔へ入っていった。


 なんだ。

 一体なんだったんだ。





 そしてその理由が判明したのが、今である。


「――新入りの実力が知りてえな!」


 朝、一階で食事を取っていると、ちらほらと他の候補生たちがやってくる。


 俺の朝は早いが、皆もかなり早い。

 まあそもそもを言えば、俺が起きてきた時には朝食ができていたけどね。当番はハイドラだった。やはり彼女の朝は早い。


 昨日は見なかった顔もやってきて、それぞれがテーブルに着いてしばらくすると。


 よくわからない理由で俺に絡んできた、リッセのことは特に好きじゃないと公言した目つきの悪い少年が、いきなりそんな声を上げた。


 ……あいつやっぱり危険だな。


 いきなりなんの脈絡もなく大声を出すとか、絶対普通じゃないだろ……極力関わらないでおこう。


 ゆっくり食べていた朝食を急いで片付け、ハイドラが教えてくれた通り水を張った桶に食器を浸けて、外へ脱出――しようとしたのだが。


「待て待てこら待て! おまえ待て! 0点! おまえだよ! おまえ! 待てよ0点! 待て! 待てって! 待……ほんと待って! 待ってってば!! 頼むから待って!!」


 なんだようるさいな……


 残念ながら脱出に失敗してしまった。

 無視して行けばよかった気もするが、さすがに目つきの悪い少年が必死すぎて、思わず足が止まってしまった。


 だってあの必死さである。

 今逃げられたところで、あとで絶対に捕まるだろう。


 危ない奴だから関わりたくないんだけどな……嫌だなぁ。


「座れ! いったん座れ! テーブルに戻って座れ! 座っ……聞こえてんだろおまえこら! なんだよ! 座れよ! じっと見てないで座れよ! 早く! おまえ待ちでみんな止まってんだぞ!? 早く座……座ってくれよ頼むから! 話が進まねえ!」


 うるさいなーと思いながらじーっと彼を見ていたら、高圧的な態度が軟化した。


 さすがに頼まれたらなぁ。さすがにいいかげん座ろうかなぁ。さすがに遺恨を残すのも嫌だしなぁ。


 何人かが完全に笑いをこらえているようだが、少年が必死で真面目なので笑うに笑えないようだ。……こういう注目を浴びるの嫌だなぁ。


 仕方なくさっきまで座っていた席に戻ると、少年は何度か咳き込み、咳ばらいをし、喉の調子を整えてから仕切り直した。


「俺たちはまだ新入りの実力を知らねえ! 新入りの実力がわかるまでは候補生の一員とは認めねえ!」


 ……ああ、認めない、か。なるほどね。


 昨日、塔の前で会った虎獣人のことを思い出す。

 そうか、だから「まだダメ」か。


 いわゆる新入りに課せられた通過儀礼のようなものか。


 昨日の虎獣人の態度からして、「これが終わるまで仲良くするなよ」的なことは言われていたのだろう。

 個人個人がどう思っているかはともかく、多くの候補生たちが通ってきた道なのだと思う。古くからの伝統なのか、この代だけのアレなのかはわからないけど。


 …………


 やる気はまったくないし、勝手にやってればいいとは思うが、彼らが実力を知りたいという理由はわかる気がする。


 俺はハイディーガで、ロダとザントに「ブラインの塔では候補生たちだけで大型の魔物を狩る」という情報を聞き、心が動いたのだ。


 確実に、ブラインの塔行きを決めた一要因と言える。

 いや、むしろ、今やそれが一番の目的の一つだと言えるかもしれない。

 それくらい強い興味と感心がある。


 だからこそ、目つきの悪い少年の言い出した意味がわかる。


 ――簡単に言うと、実力もわからないような奴と一緒に狩りができるか、って話である。


 俺はできない。

 できないし、したくない。


 だから気持ちがわかるのだ。





 真意はともかく、お互いのために「何ができるか」くらいは示しておくべきだと、俺は判断した。

 気は進まないが、逃げたくはなくなったので、付き合うことにした。


 ちなみにセリエとフロランタンは、ここに来てすぐに済ませたそうだ。


「――リッセとの手合わせは久しぶりだね」


 まずは、俺と一緒にきたリッセである。

 最後の方にやってきた新入りではあるが、ここで再会した旧友たちはリッセの実力を知っている。


 今互いに木剣を持って対峙している王子様も、その一人である。


 ちなみに彼がエオラゼルだ。

 今日も貴族みたいなきっちりした服を着ている。


 塔の外に出て、候補生全員が見守る中、これからリッセの実力を確かめる実戦形式の手合わせが始まる。


「――もし僕が勝ったら」


 なんか言いながらエオラゼルは構える。


「――僕のために脱いでくれるかい? …………パンツを」


 …………えらいこと言ってるぞあいつ。


「――相っ変わらずあんたはヘンタイね!」


 リッセの剣に少々の殺気がこもり、実戦形式の打ち合いが始まった。


 恐ろしい速さである。

 一瞬の間に三回は斬り結ぶような速度領域で、二人は打ち合っている。


 リッセとは同じように訓練したことがあるが、あんなの遊びだと言わんばかりのレベルの高さだ。

 そして、それに難なくついていくエオラゼルも、かなりの腕である。


 どうも互角に見える。

 これは長引くかもしれない――と思ったその時。


「――参った。これ以上は無理」


 大きく飛び退ったエオラゼルは、木剣の切っ先を下げて負けを宣言した。


「更に強くなったね。リッセ」


「……気づいたの? あんたも抜け目ないのは変わらないわね」


 どういうことかと思えば――エオラゼルは、木剣の頭と尻を両手に持つと、簡単に折ってしまった。


「――打ち合いの中、あの女は木剣の一点に集中してダメージを与えていたようだな。あと何合か剣を合わせていれば折れていただろう」


 昨日は見なかった、なんかデカい男が解説してくれた。なるほど、と俺を含めた何人かが頷く。


「さすがだね、リッセ。剣を振るう時の君の視線はやはり熱いね。僕は火傷してしまいそうだ」


「だろうね。結構本気で殺す気になるからね、あんた相手にしてると。もし目から火が出るなら絶対にさっさと焼死させてるしね」


 …………


 俺には理解できない形だけど、リッセとエオラゼルはなんだかんだ仲が良さそうである。


 これはリッセにもいよいよ春が……


 いや、そういう関係は無理そうな友情の形っぽいな。


 



 次は俺の番だ。


 俺の武器は打ち合うようなものではないので、誰かと直接比べることはできない。


 もちろん「素養」はなしだ。

 まあ「メガネ」を掛けている時点で使っているようなものなのかもしれないが。


 リッセとエオラゼルも「素養」は使用していなかったし、別に使ってはいけないということもないとは思うが、でも使う必要もないだろう。


「――あの枝」


 そこそこの距離がある一本の木を指差し、宣言する。


 詳しく言わなくても、何をするかは見ていればわかる。

 

 こんなに人に見守られながら弓を引くなんて経験がないが、毎日毎日何年も積み重ねてきた心身がこの程度で揺らぐことはない。


 むしろ、獲物に逃げられそうな時の方が、よっぽど動揺する。


 無心で弓を構え――休む間もなく立て続けに矢を番え、放つ。ヒュン、ヒュン、と規則正しいリズムで矢が空を貫いていく。


 横に伸びている宣言した枝に、握り拳分ほどの等間隔で矢が並んでいく。


 ――うん、こんなもんか。


「「おおー」」


 十本ほどの矢が並んだところで、弓を降ろす。すると拍手が……恥ずかしいからやめてくれ……


「――なかなかの腕であるな」


 あ、ヨルゴ教官だ。


 いつの間にか、観客となっていた若い候補生の中に、若くないおっさんの顔が混じっていた。


 俺と同じく、ヨルゴ教官が来ていたことに何人かは気づいていなかったようで、驚いていた。


 そして拍手も収まった。


 ……ふう……ああいう晒し者状態は苦手だなぁ……


「貸してみろ」


 ん?


 ヨルゴ教官は歩み出ると、俺の手から弓を取った。


 正直、人に貸すのは絶対に嫌なのだが、この時は自然と渡してしまった。


 ――たぶん、師匠に似た空気を感じたから、思わず従ってしまったのだろう。


「うむ、いい弓だ。だがまだ使い込みは甘いか」


 弓の状態を確かめると、手を伸ばす。


「矢は五本でいい」


 言われた通り、矢を五本渡す。


 そして――引く手も見せないほど素早い動きで、五本の矢を次々に放った。


 狙いは……俺が狙った枝の、十本突き立っている矢と矢の間。


 握り拳程度の隙間しかないものすごく狭い点を、あの連射速度で寸分違わず狙い、当ててきた。 


「「おおー!!」


 俺の時より声は大きく、拍手も大きかった。というか俺も思わず拍手した。すごい。師匠みたいだ。


 俺にはあの速さで連射することも無理なら、精確さを維持するのも無理だろう。

 

 同じことはできると思う。

 十本打ったその間を狙うのも可能だとは思うが、そこまでの精密さを優先するなら連射速度はどうしても落ちる。


 師匠の早撃ちもすごかったが、今見せたヨルゴ教官の連射もすごい。


 弓を使う者だからこそ、今の技がどれほどのものなのか痛いほど理解できる。

 俺にはまだまだ届かない、遠い遠い極みの領域だ。


 そんなすごい技を見せつけたヨルゴ教官は、事も無げに弓を俺に返し、言うのだった。


「――遊びは終いである。総員、三階の教室に集合するように」


 



 なんというか。


 なんというか、なんかもう、すでに、本当に来てよかったと思ってる。


 この弓技を見ることができただけでも、来た甲斐があったと強く思った。






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毎回思うけどエイルの師匠何モンだよ
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