201.メガネ君、気になる情報をいくつか得る
案内を終えたハイドラが去り、俺たちも一旦解散した。
ちなみに、危惧していた孤児院とブラインの塔の行き来だが、基本的に自由なんだそうだ。
「わかっていると思うけれど一応言っておくわ。
院長はブラインの塔や候補生たちのことを知っているから特に口出しはしないけれど、子供たちは知らないから、出入りには気を付けてね。
それと当然ブラインの塔や仲間たちの情報は決して口外しないこと。
もっと言うと、ここでしか知り得ない情報は、よそで漏らさないこと。
クロズハイトで誰かと交流するなとは言わないけれど、話せることは極端に少ないと思って。
――口を滑らせたせいで口封じしなければいけなくなった。そんなケースもあったそうよ」
と、そんな念を押しながら教えてくれた。サッシュに言ってやってください。強く言ってやってください。こいつは無自覚のおしゃべりです。
セリエとフロランタンは、これから本格的にブラインの塔での生活が始まるとあって、今からクロズハイトに生活用品の買い出しに行くそうだ。
一緒にどうかと誘われたが、まだ顔も名前も一致していない今日の料理当番と一緒に行くそうなので、遠慮した。
知らない顔がいるとちょっと一緒は無理だよね。
まあ、そうじゃなくても、断ったかもしれないけど。
今日はこれから弓矢を引くために狩りに出る。この予定は動かしたくない。
リッセは行くことにしたようだ。
ここのところ金策の仕事に忙しくて、更には昨夜は飲んで朝からここに直行した彼女は、特に準備不足だったんだと思う。
「俺もパスだ」
そう答えたサッシュに、セリエは言いづらそうに言った。
「あ、いえ、元々女の子だけって話なので、サッシュ君は自然と誘えないというか」
「え? ああ、そういうアレな……あ? でもエイルは誘ったよな?」
「え? エイル君なら別にいいじゃないですか」
あ、はい。そっちがよくてもこっちが嫌ですけどね。……セリエには、メイドのエルの印象が強いのかもしれない。
というかセリエにしては「いいじゃないですか」と、割と断定的な言い方をしたのが気になるな。
しかも「なんでそんなわかりきったこと言うの?」と言いたげに不思議そうな顔でサッシュを見ているのも気になる。……いや、まあ、これはもうあえて気にしないでおこう。
あれ買うこれ買う肉がええんじゃ等、キャッキャ言いながら去っていく女子を見送る。
断りはしたけど、俺も色々足りない物があるんだよな。
近い内に買い物にはいかないと。
「おまえはこれからどうするんだ?」
「ちょっと森を見てくるよ」
生息している動植物を確かめたい。
鳥数羽くらいなら今日狩ってもいいと思っているけど、知らない鳥は食えるかどうかわからないから、やっぱりまずは様子見だ。
俺が知っている動植物とは、生態系がちょっと違う気がするからね。
空に岩は浮いているし、嗅いだことのない変な臭いも気になるし、あの巨大牛も謎のままだし。
知らないことがたくさんありそうだ。
「サッシュはどうするの?」
「エオラを探して訓練だ。じゃあな」
エオラ? ……名前はエヴァネスクが点数を発表する時に聞いたけど、顔が一致しないな。誰のことだろう。
「――あ、エイル」
ん?
「狩り勝負の結果は俺も納得してねえ。おまえとの勝負はいずれまたやるからな」
「あ、君の勝ちでいいから気にしないでいただけると嬉しいです」
「無理だな。諦めろ」
……あ、そうですか。
自室に戻って弓と矢筒を取り、塔の外に出た。
弦を張りつつ、やはり妙な臭いの発生源が気になる。
なんの臭いだ?
あの、隔離された個室で薬とか毒とか調合しているっていう候補生……カロ、なんとかの仕業だろうか?
辺りを見回しても発生源はわからない、が。
「あれ?」
来た時は気づかなかったが、塔の横に小さな建物が増設されている。
年季を感じさせる石積みの塔とは素材からして違うので、明らかに後から作られたものだ。
何せ木造である。
物置とか納屋とかそういうものだろうか。
なんだろう。
あれに関しては、ハイドラは何も言っていなかったけど。
「――訓練か?」
おっと、びっくりした。
声を掛けられるまで接近に気づかなかった。
振り返れば、冒険者風のおっさん教官ヨルゴが立っていた。
大柄で、金属部位もある鎧を着込んで、こんなに静かに動けるのか。やっぱりこの人も腕のいい暗殺者ってことか。
見る限りでは、よくいる中堅所の冒険者って感じなんだけどな。
「ええ、まあ、森の様子も見たいなと。もしかして狩りは禁止?」
「いや。好きにしていい。塔には魔物避けの処理もしてあるので、魔物に追われた時は逃げ帰ってきて構わんぞ。実戦は引き際を弁えて死なない程度にな」
それだけ言い去ろうとするヨルゴを呼び止める。
「あ、すみません。あの建物はなんですかね?」
「風呂だ」
え、風呂? ああ、そういえば塔内にはなかったな。
「もう十年以上前に、当時の候補生たちが造ったものだ。風呂は孤児院にもあるが、戻るのが面倒という生徒が利用する。我々教官も時折利用している」
へえ。そうか。じゃあ俺も使っていいのかな。
「あと変な臭いがするんだけど。これは何かな?」
「――エイル。先のエヴァネスク女史への応答も気になったが、教官には敬意を払うように。できん奴には求めんが、貴様はそれができるだろう。できることはやれ」
え? ……ああ、口調か。
「でも田舎者で学もないんで、結構怪しいと思うんですけど……中途半端だけどそれでもいいですか?」
「構わん。要は敬意を払っているどうかだ。気持ちの問題である」
そうか。気持ちか。じゃあそうするか。
目上の人で、これから色々教えてくれる教官役だからな。敬意を払うべき相手だ。
「じゃあヨルゴ教官。この変な臭いはなんなんでしょうか?」
「――潮だ」
しお? 塩?
「ああ、貴様はナスティアラ王国から来たのだったな。ならば馴染みがないのも無理はない。少し行ったところに海があるのだ」
海? ……あ、海!
「あのでっかい湖という噂の?」
童話やおとぎ話で聞いたことがある。
塩の混じった水に満ちた、果ての見えない湖があると。
それが海だ。
師匠も色々教えてくれたけど、海の魚もうまいってことくらいしかわからなかったな。港の女がどうとか言っていたけど覚えてないし。そもそもやっぱり師匠がモテたとも思えないし。
海かぁ。
ここは海の近くなのか。気になるなぁ。
「興味があるなら見に行くがいい。ではな」
「あ、もう一つだけいいですか?」
「うむ。言ってみろ」
ここらで食べられる動物はいるか、と問うと、いくつかの獲物のことを教えてくれた。あと猪はいないそうだが、シカはいると。
「この辺のシカはかなり大きい。仕留めたらぜひ肉を振る舞ってくれ」
と、今度こそヨルゴ教官は行ってしまった。
……よし、ちょっとした情報も仕入れられたし、狩りに出てみるか。




