199.メガネ君、0点を取る
「――静聴!」
特に騒がしかったわけでもないが、革鎧を着たおっさんは張った声で注目を集めた。
「これで暗殺者候補生全員が揃った! エヴァネスク女史より諸君に歓迎の挨拶をする、心して聞け!」
あ、違うところから来た連中からしても、俺たちが最後だったのか。
メガネ仲間である、髪を結い上げきっちりした格好の大人の女性が、一歩前に出て感情を感じさせない冷徹な青の瞳で俺たちを見る。――そんなことをしている横を、ソリチカは光りながら歩き、教官役らしきおっさんと女性の後ろに移動していった。
「任務『ブラインの塔の発見および到達』に対する貴方たちの得点を発表する。
1位、ハイドラ。100点。
2位、エオラゼル・ブルー。98点。
3位、シュレン・カササギ。95点。
4位、サッシュ。89点。
5位、ハリアタン。84点。
6位、トラゥウルル・ガウ。71点。
7位、カロフェルン。70点。
8位、リオダイン・グーゲルヘルト。68点。
9位、マリオン。66点。
10位、ベルジュオーセ。66点。
11位、セリエ・リーヴァント。59点。
12位、ドン・フロランタン。55点。
13位、リッセヴァイト・ミラ。31点」
知った名前も知らない名前も次々に上げられていく。
フルネームを聞いてちょっと驚いたりもしつつ、点数のことを考えてみる。
察するに、100点が一番いいんだな。
感情なく言い渡していた大人の女性が、俺を見た。
「最後に、エイル・アルバト。貴方は0点です」
ああ、そう。
上限はともかく、点数がないのが一番悪いってのはわかる。なるほど、俺は一番下か。
……うーん。
採点基準がわからないけど、暗殺者としてはまさしく0点なんじゃないかな。
俺はまったく予想していなかったし、あんなことになるとも思っていなかったけど、狩猟祭りなんていう大イベントの元凶になったからね。
目立ってどうするって話だろう。
もしこれが原因の採点であるなら、別段言うこともないかな。
「ちょっと待て! なんであいつが0点なんだ!?」
あ、サッシュ。そういうのいいです。本人納得してるから。
「ほうじゃ! われにあいつの何がわかるんじゃ! 訂正してお詫びしろや!」
あ、フロランタン。ドンさん。そういうのもいいです。訂正もお詫びも結構です。
抗議の声を上げる二人を、大人の女性はチラリと一瞥する。
「無駄に目立つ暗殺者など評価対象外。失格でしかない。
そして祭りだ龍魚だあれだけ騒ぎを起こせば減点しかありえない。
この順位規定にもしマイナスという制度があるなら、間違いなくマイナス点ね」
ですよねー。
むしろマイナスじゃなかったことを喜ぶべきなんだろう。
まあ、それでもあんまり変わんない気がするけど。
「祭りの発端は俺だ!」
確かに、発端を言うならサッシュである。
「しかし騒ぎを起こす前に、あなたはここに辿り着いていた。採点が終わったあとの行動で点数が上下することはない」
というわけで、サッシュの対抗馬であり塔に到着していなかった俺だけが減点の対象内である、と。
「何か反論は?」
聞かれたので、「いいえ別に」と答えておいた。
だが俺の返答に納得いかないのが隣にもいたようだ。ちょっと脇腹を拳でえぐられた。
「あ、でも質問はあるんだけど」
軽く一発かましてきたリッセからちょっと距離を取りつつ言うと、大人の女性は「どうぞ」とメガネを押し上げる。
「この順位で何か変化があるの? 扱いとか、貰える何かが減ったり増えたりするとか」
「ない。多少言葉での蔑称呼びや差別はあるかもしれないけれど、基本は貴方たちの競争心を煽るだけね」
なるほど。
「じゃあ0点でいいです」
そのくらいのことなら、大したデメリットじゃない。
そんな出会いの挨拶があり、再びおっさんが声を張り上げた。
「全員が揃ったところで、改めて自己紹介をする!
自分はヨルゴ・フレスト! 諸君らの実技全般の教官となる者である!
次に、ハイディーガより来てくれたソリチカ教官! 情報系全般を教える者である!
最後に、この塔にて我々の代表となるエヴァネスク教官長! 魔術、魔法、魔法陣と、魔法全般に造詣の深い才女である!
他はいいが、我々の顔と名前だけは今確実に覚えておくように!」
はいはい。
えっと、冒険者みたいなおっさんがヨルゴで、きちっとした大人の女性がエヴァネスクね。ソリチカは知ってるから大丈夫だ。
「――明日より本格的な訓練に入る! 万全の準備をしておくように! それでは解散!」
そう宣言し、来た時と同じように教官役三人はふっと消えた……のはソリチカだけで、ヨルゴとエヴァネスクは普通に歩いて出ていった。
「納得いかねえ!」
教官役がいなくなったところで、サッシュが叫んだ。
「おいエイル! おまえそれでいいのか!?」
え? あ、俺のことで? さっきに引き続きで怒ってるの?
「なんか問題ある?」
別に0点でもそんなに変化はないみたいだし、別にいいと思うけど。
「私も納得いかないんだけど」
いや、リッセはいいだろ。俺の脇腹に一発かましたんだから。物理で抗議したからもういいだろ。
「――慣れ合いうるせぇよ!!」
と、一際強い怒りを噴出したのは、目つきの悪い少年である。激しくテーブルを叩いて立ち上がると、こちらへやってきた。
「おい0点! 俺はおまえに負けたなんて思ってねえぞ! もう一回勝負しろよ!」
ん?
…………
「ごめん。ちょっと何言ってるかわかんないんだけど」
「なんでだよ!」
なんでって。こっちこそだよ。
いや、本当にわからないんだよ。
いきなり「負けたなんて思ってねえ」って言われても、俺には勝った覚えがないよ。
言葉の意味もわからなければ、怒っている理由もわからないし。
だいたい「もう一回勝負」って、一回でも勝負したことがある場合の「もう一回」でしょ? 食べた上でのおかわり的なことでしょ?
こいつと勝負したことなんてあったっけ?
俺の記憶にはないんだけど。
……え、ちょっと怖いなこいつ。妄想でも見てるのかな? あんまり関わらないでおこう……
「狩り勝負のことでしょ」
どうやら俺が本当にわかっていないことを察したようで、リッセがそんなことを言った。
――あ、なるほど。それならわかる。
「それなら君が勝っただろ。俺は不正で失格だよ」
「不正なんて嘘だろうが! あの場にいた全員がわかってんだよ!」
まあ、参加者の前でベッケンバーグと交渉したからね。「不正で失格ってことにしろ」って。そりゃ信じるわけがないか。
「ほかに暗殺者候補生が出てるって知ってたらもっと本気出してたんだよ! しかも、俺たちに一人で勝ったくせに優勝を辞退したよな!? 勝ちを譲られたって何一つ嬉しくねえんだよ!」
譲った覚えはないんだけど。俺が下りただけの話なんだから。
「つーかおまえ俺らのことなめてるだろ!?」
ええ……ひどい言いがかりだなぁ。
「なめられるほど君のことは知らないよ。そもそも俺がなめてるのはリッセだけだよ」
「――えっ。いや、おい、意外な飛び火すぎるって」
どうやら俺の言葉はリッセからすれば予想外だったらしい。でも仕方ないよ。リッセだから。
「その俺たちの仲間であるリッセをバカにする態度も許せねえんだよ!!」
…………
あ、そうか。彼とリッセは昔からの知り合いなんだよね。だから怒ってるのか。
というか、あれか。
恋愛事には鈍い俺でもわかったぞ。
「君はリッセが好きなんだね」
「えっ」
「違う!! そんなの冗談じゃねえ!!」
「おい。ねえハリア。強い否定は違うだろ。というかさっきから飛び火が」
それから少しやり取りがあったが、なぜか俺も彼もリッセに殴られてこの場は解散となった。