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198.メガネ君、ブラインの塔に到着する





 孤児院の奥にある一室。

 物置のようなガラクタが散乱した倉庫から隠し扉に入り、暗い通路を行った先にその部屋はあった。


 部屋一杯に大きな魔法陣があるだけの部屋である。

 壁にも天井にも、今入ってきた扉にも、何かを意味するのであろう魔法陣が描かれてある。


 セリエの魔法陣は淡い緑色の光を発していたが、こちらは淡く赤い光を放ち、どことなく危険な雰囲気がある。

 まあサッシュとかポンポン出入りしているから、危険なことはないとは思うけど。


「ここからブラインの塔へ行くの」


 俺とリッセを先導してきたハイドラが、説明を始める。


「注意事項は二つ。


 まず、この部屋から出る時、必ず扉を閉めること。

 自動的に閉まるようにはなっているけれど、何かが挟まったりして扉が閉まらないなんてことがあると機能しないの。

 要するに、扉を開くと魔法陣が繋がらなくなり機能しなくなる。閉めると繋がり機能する。かならず閉まったことを確認してから行くこと。


 もう一つは、扉を閉めたら速やかに魔法陣の中央に立つこと。

 これから行く場所も同じ原理で動くけれど、もし同じタイミングで魔法陣を利用しようとしている人がいた場合。

 その場合は事故防止も兼ねて、自分と相手が中央に立つことで交換転移が行われるわ。まあ、普通に利用している分には気にしなくていいと思うけど。


 要約すると、利用するなら扉を閉めて魔法陣の中央に立つこと。また利用し終わったら扉が閉まったことを確認してから行くこと。この二点さえ気を付ければいいわ」


 なるほど。

 密閉状態にすることで使えるようになる。使うならぐずぐずせずに使用しろ、と。そんな感じかな。


「それでは利用してみましょう。ちょっと狭いけれど、三人くらいなら一度に利用できるわ」


 と、ハイドラは扉を閉めた。

 開くことで途切れていた魔法陣の赤い線が繋がり、光を放つ。


 赤い光に囲まれた空間にやはり不気味なものを感じつつ、ハイドラに勧められて魔法陣の中央、ラインが描く真ん中の空白に立つ。


「では行きます」


 赤い光に染まった俺とリッセが並んで立ち、それから赤く染まったハイドラが中央に踏み込み――世界が歪んだ。


 眩暈のような感覚に襲われ目を瞑り、開けば治っていた。


「着いたわ」


「「え」」


 俺もそうだが、リッセも何も感じなかったみたいだ。


 何かがあった感覚もなく、ここは入った部屋そのままの場所である。いや、なんなら目を瞑ることしかしていないくらいである。


 ここは、というか、ここも赤い魔法陣に囲まれた部屋である。見た目は何も変わっていないのだが……

 でも、どうもこれでちゃんと到着したらしい。


 それはハイドラが扉を開けると一目瞭然で、すぐそこは別世界…………


 ということもなかった。


 どうやら転移先も地下室にあるようで、扉を開けたところで石積みの通路があるだけだった。


 少々拍子抜けしたが、実感はすぐに湧いた。


「へえ……」


 実感だけなら、魔法陣のある部屋を出て通路を少し行き、孤児院では見なかった登り階段があることで別の場所だと思い知ったが。


 ――登り階段を上がった先は、本当に別世界だった。


 そこはナスティアラ王国ではなく、もちろんクロズハイトでもない、見たことのない景色が広がっていた。


 空の色は同じでも、遠くに見える山には覚えがない。

 それどころか、何やら空に浮かんでいる岩が見える。本当に浮いているのだ。あんなの初めて見た。


 嗅いだことのない妙な臭いも混じっているが、緑の臭いが濃い。近くに見える森は、結構深いのかもしれない。とにかく狩りはいつでもできそうだ。


 そして、目の前にそびえる石造りの塔。


 表面に苔が生えていたり、枯れた蔦が巻き付いていたりとかなり古いものだが、今もどっしりと地面に座り込んでいる。


 これが、ブラインの塔か……


 ――と。


  ズシン ズシン ズシン


 断続的な地鳴りがし、本当に地面が揺れる。


「ああ、今日も元気そうね」


 あらぬ方を見て呟くハイドラの視線を追えば――


「…………」


 思わず、だろう。

 リッセがぎゅっと俺の服の裾を掴んできた。


 そして、思わず、俺もその手を握り返してしまった。

 

 それくらいの衝撃だった。


「……な、何あれ……?」


 あれ(・・)から目を離せない俺とリッセは固まってしまったが、そんな俺たちに特になんの感慨もなくハイドラは答えた。


聖巡牛(アンジ・ヤガ)という聖獣らしいわ。まあ、見て通りただの巨大な牛よね」


「「いやいやいや!!」」


 「ただの巨大な牛」という範疇にないだろう! あれは! なんでそんなさらっと言えるんだ!


 黒皇狼(オブシディアンウルフ)に、運び屋のドラゴン、それに龍魚といった大きな魔物は見てきたけど……なんというか、あれらはまだ「ここまでは許容できる」というサイズだったのだ。


 だが、あれは。

 あれは違う。

 サイズがどうとかいう次元じゃない。


 ――もはや動く山である。


 見た目は、こげ茶色の長毛に覆われた、角が立派な牡牛……と言っていいのか。牛の形状ではあるし牛にしか見えないが、果たしてあれは牛なのか? 牛でいいのか?


 聖巡牛がゆっくりと一歩ずつ地面を踏むたびに、地面が揺れている。

 ここから牛までそこそこの距離はあるはずだけど、それでも超重量級の歩みは振動となって伝わってくる。


「初めて見た時は私もそうなったけれど、すぐに見慣れるわ。だって見ようと思えばほぼ毎日ここから見えるもの。さあ、行きましょう。牛ならいつでも見ればいいわ」


 ……そ、そう……そんなもんなんだ。


 …………


 ん?


「何握ってるの?」


 我に返った俺は、裾を握るリッセの手をさっと払う。さっと。


「は、……はあ!? あんたなんて直に私の手握ってたけど!?」


 知らない。覚えてない。知らないし覚えてないことは俺にとってはなかったことだからそんなことはなかった。なかったことなんだからそんなのあるはずもないし記憶にない。


 …………


 あーびっくりした。本当にびっくりした。なんなんだあの牛は。





 木造りの扉を開け、ハイドラが身を避けた。


「ようこそ、ブラインの塔へ」


 入れ、ということだろう。

 俺とリッセは遠慮なく、ブラインの塔に踏み込んだ。


 ――入ってすぐのそこは、広間だった。


 どうやら一階は広間となっているらしい。

 テーブルがいくつかあり、そして同年代らしき人たちが八人ほどいて。


 その八人が、一斉にこちらを見た。


 サッシュはともかく、セリエとフロランタン。

 彼女たちは昨日のうちに到着し、先に来ていた。


 次に、目つきの悪い少年と王子様と虎の獣人。

 彼らは狩り勝負で見た顔である。リッセの旧友って話だったな。


 あとの二人は初対面。

 男なのか女なのかわからない中性的な子と、気が弱そうな少年がいる。


 サッシュたちはともかく、知らない顔からはあまり歓迎されていないようだ。

 向けられる視線から警戒心のようなものを感じる。


 まあ、知らない相手を警戒する気持ちはよくわかる。というか当然だと思う。


「――シュレンとベルジュとカロンは?」


 ハイドラが投げかけた質問に、目つきの悪い少年が答えた。


「――シュレンはどっか行った。ベルジュはどっかで昼寝。カロンはたぶん引きこもりだ」


 どうやらメンバーはまだいるようだ。


「あ、先生を呼んでくるね」


 気が弱そうな少年が立ち上がろうするが、ハイドラは手を上げて制する。


「必要ないわ。――もう居るから(・・・・・・)


 ……!


 俺も、隣のリッセも驚いたが、向こうの暗殺者候補生たちも驚いていた。いや、ハイドラと同じく王子様は驚いていないな。


 そう、もう居た。

 いつの間にか、すでにそこにいた。


 要所を金属で補強した革鎧を着込んだおっさんと、きちっとした格好をし金髪を結い上げた大人の女性。女性の方は同じメガネ仲間である。


 あの人たちは、俺たちが来た時は、確かにいなかったはずだ。


「――遅かったね」


 しかもソリチカなんて、あえて俺の後ろから出てきた。後ろは内外を隔てる扉なのに。





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