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197.メガネ君、ブラインの塔へ行く準備を整える





 なんというか、アレだね。


「リッセと一緒だと本当に楽だね」


「そりゃこっちのセリフだけどね。二人になっただけでこんなに違うのかって思ってる」


 そうか。それもそうか。


 狩人の仕事は基本的に単独だから、例外はいつくかあったけど。

 俺が本格的に誰かと狩りをし始めたのは、暗殺者の村からなんだよね。師匠とも一緒に狩りを、というよりは割と単独同士が組んでいる、という感じに近かったから。魔物を狙わないなら、強いて協力しなくても狩りができていたからね。


 仲間が増える、一緒に狩りをする人がいる、って相乗効果があるんだよね。……いや、組む相手次第でもあるんだろうけどね。そんな簡単な話じゃないと思うし。


 でも、実力が確かな人と組めば、やっぱり効果は大きいと思う。


 ――こっちはこれでよし、と。


「終わった?」


「うん。乗せた」


 よし、じゃあ帰るか。


「手伝おうか?」


「街から見える距離になったらお願いするよ」


 と、俺は「怪鬼」をセットして荷車を押し始めた。


 ――赤足蜘蛛(ブラッドスパイダー)三頭、魔豚(マトン)二頭に、かさばるから壊王馬(キングホース)三頭はうまい腿と胸部と首と魔核とを部位だけ切り出し。


 それらを山のように乗せ、まさに満載となった荷車だが、それでも「怪鬼」があれば軽いものである。ちなみにリッセには「肉体強化」とだけ説明している。





 朝から出発し、集中して魔物狩りをこなし、夕方を少し過ぎた頃にはクロズハイトに戻ってきた。


 まっすぐに冒険者ギルド代わりなのだろう狩人が集う酒場に行き、獲物を売る。出発時に借りた荷車を返すのもここである。


 なんで酒場で獲物の売り買いをしているのかはわからないけど。

 きっと冒険者ギルドのやり方を、形ばかりだが模しているのだろうと思う。


 これまで、一度の狩りでここまで狩った者はいなかったらしく、周囲はかなりの騒ぎになったが。

 しかし狩り勝負三位のリッセがいるということで、かなり強引にだが、納得はしてくれたみたいだ。


 まあ、納得しようがしまいが、狩ったのは事実で売ろうとしている魔物も存在するのだ。どっちでもいい話である。


 リッセに並び、俺も新顔である。

 外に出てきた店主が査定をするのだが、その段で、明らかに獲物の値段を安く見積もられた。


 だいたいの相場はリッセに聞いている。

 提示された金額だと、半額を少し下回っている。


「――彼女はかつてベッケンバーグさんの護衛だったんだけど。ベッケンバーグさんの知人相手に買い叩く気? 彼に一言告げるだけでいろんなこと(・・・・・・)が起こるかもしれないけど、それでいいんだよね?


 おじさんの命、安いんだね?」


 だから、酒場の店員の耳元で、それだけ告げる。ちなみに彼女とはリッセで、獲物をちょろまかすコソ泥を警戒しているリッセには聞こえないように言っている。たぶん露骨に嫌な顔をするから。


「あぁ? それを証明できるのか?」


 一瞬見えた動揺を隠すように、怒りあるいは威嚇の表情で俺を睨む。


「できるよ。その時はたぶん、あなたはクロズハイトにはいられなくなっていると思うけど。自分の命より小銭が大事ならそっちを取ればいいと思うよ」


 もちろん、命より小銭を取ったら、ここでは売らない。


 もう直接ベッケンバーグに売りに行こう。

 彼なら相場より安く買うだろうけど、それでも今提示されている額よりは高いだろうから。


「……わかった、わかったよ。俺の負けだ。だが肉なんかは一度に大量に入ると、卸値が下がるんだ。その分相場より売値も買値も安くなる。それは了承してくれ」


 それは仕方ない。

 難しいことはわからないけど、簡単に言うと需要と供給が釣り合わないと相場が傾くって話だよね。


 でも、さすがに半額以下はやりすぎだろう。


「――エイルって意外と交渉もできるんだね」


 「金を用意してくる」という店主を見送ると、リッセがそんなことを言った。


「俺は狩人だからね。こういう交渉は必ずあるから覚えろって言われた」


 双方が認めた「相場より低い額」は恩や義理、円滑な関係を築く上であってもいい。いわゆる助け合いになるから。

 だが不当な値引き、値上げ、足元を見た価格設定はできるだけ避けろ。

 たとえ自分が得をする側でも、と。


 こういう誠実さと多少の柔軟性がないと、長く狩人をやっていくのは難しいと言われたなぁ。


 交渉のみに関わらず、何事も杓子定規で何事もきっちり、はっきり、正確にやっていると、逆にどこかで歪が生じるんだとか。


 人間自身がきっちり、はっきり、正確じゃないから。

 だからそういうしっかり型にハマッた思考や思想は、人間にはあまり合わないんだ、と。


 でも、ある程度はないと人間社会は回らないから、匙加減が難しいとも言っていたっけ。


 要するに、真面目過ぎず不真面目過ぎずってことだろう。


「いや、まあ、交渉もだけどさ。人と関わるの嫌いでしょ? だから交渉なんてできないんだろうなって思ってた」


「失礼な。交渉くらいできるよ」


「でも?」


「できればしたくはない」


「やっぱり」


 もはやわかり切っていることだろう。改めて言わせないでほしい。





 まとまったお金と証文を受け取り、タツナミじいさんの家に戻った。


 証文の内容は、「残りのお金は後日払います」というものだ。

 クロズハイトでは人前で大金のやり取りはできないから。まあこれはクロズハイトじゃなくてもそうかもしれないけど。


「タツナミさん! この証文で全額!」


「お、早かったな」


 すでにテーブルに着いて息子のカツミと酒を飲んでいたタツナミじいさんは、リッセの差し出す証文を確認して頷く。


「よっし後は任せろ! 最高の仕事をしてやる! ガキには難しい金額をよくがんばったな、まあ飲めよ!」


「へへっ、ごちそうさまです!」


 あれ? リッセって酒飲めるんだ。意外な一面を見たな。


「おまえも座れよ」


 と、俺もカツミに椅子を勧められた。


 ちなみにカツミは俺を見て「あのメイドだ」と気づいたようだが、しかし「あのメイドが男だった」とは見抜けなかったらしい。

 つまり、エイルとして会ったら色々バレた、という感じだ。


「あ、本日はお招きいただきありがとうございます。こちらをお納めください」


 ここに来る途中――というかあの冒険者ギルド代わりになっている酒場でだけど、今日の狩りの分け前で少し高い酒を買ってきた。


 新顔相手にふっかけられなくて不満そうな店主に、「ちょっと高い酒を買うから、見繕ってくれる?」と告げると、ちょっと嬉しそうな顔をしていた。

 また彼と顔を合わせる機会があるかはわからないが、これで次は交渉もしやすくなると思う。


「なんだ土産か。手ぶらでよかったのに」


 時と場合にもよるが基本手ぶらで訪問が許されるのは子供までだ、と。これも師匠に教えられたことだ。


「親父、小僧が土産に酒持ってきたってよ」


「あぁ?」


 リッセのカップになみなみと酒を注ぐタツナミじいさんは、据わった目でこちらを見る。


「そんなつまんねぇ気ぃ遣ってんじゃねぇ! てめぇが来たんじゃねぇ、俺が呼んだんだ! もてなすのはこっちの役目だろうが!」


 あ、はい。やっぱり怒り慣れてる感がありますね。


「じゃあ持って帰りますね」


「酒なら出せよ! てめぇも飲めバカ野郎!」


 ……えっと……もう酔ってるのかな?


「親父のことは気にしなくていい。いつもこうだから。酒、ありがとな。一緒に飲もうぜ」


「いや俺は酒はちょっと」


「飲めねぇのか?」


「飲めることは飲めるけど、でも」


 気が付いたら知らない男と裸で一緒に寝ていた系の悪夢を思い出すというかなんというか。


「だったらいいじゃねえか! 龍魚の煮つけは酒に合うからよ! 座れ座れ! 飲め!」


 ――この後の記憶は、あまりない。





 翌日、知らないベッドで目が覚めた。

 やっぱりというか安定しているというか、なぜだかやっぱり裸だった。


 一番に隣とベッドの下を確認し、一人で寝ていたことを確認してほっとする。恐らくカツミが客室にでも運んでくれたのだろう。


 ちょっと寒い。

 裸だと肌寒い時期である。寝冷えしたようで肩とかものすごくひんやりしている。……服がたたんでおいてあるので、人前で脱いだのは確定か。これ以上は知るのが怖い。


 ……酒はうまいなぁ。嫌なことを忘れられるなぁ。


 でも、記憶がなくなるというのが、怖いなぁ。

 俺の酒はやっぱりよくないと思う。


 飲んでいる内に慣れてくるらしいけど、慣れる前に知らない内に裸でどこかで寝ているようなことが頻発するようじゃ、恐ろしすぎる。いろんな危険もあるが、普通に命の危険も感じる。


 断片的に色々思い出そうとするが、リッセがやたら笑いながらカパカパ飲んでいた景色ばかり思い出す。あいつ強いんだな。


 あと龍魚の煮つけがうまかったのも覚えている。

 まあ食感は普通の魚だったけど。


 ただ、普通の煮魚もうまいけど、肉厚で食べ甲斐がある魚肉ってあんな感じなんだなと驚いた。

 おかずの一品とかじゃなくて、メインでしっかり食べられる量があって、あれはあれで非常によかったと思う。


 まあ、タツナミじいさんの奥さんやカツミの嫁さんが料理上手というのも、あると思うけど。……たぶんあの二人のどちらかが、俺の服をたたんでくれたんだろう。知るのが怖い。


 ……って、ぼんやりしている場合じゃないな。


 リッセの用事も済んだし、今日こそブラインの塔へ行こう。





 タツナミじいさんの家で朝食を貰い、俺と同じく二日酔いのかけらもないリッセと共に、孤児院に行く。


 ――昨日のことは聞かなかった。リッセも何も言わなかった。


 彼女のこの反応は、きっと、おいそれと口には出せない何かがあったんだろう。笑って話せるようなことじゃないことが。本当に知るのが怖いので、俺からは聞く気はない。


「――おかえりなさい。……今すぐでよろしいかしら?」


 塔の窓口としてここにいるハイドラは、俺とリッセの顔を見て、ブラインの塔に行く準備が整ったことを察した。


 俺たちは頷き、ついに地下へと向かう。


 ここまで、長かったなぁ。

 色々あったもんなぁ。





 俺たちは、いよいよブラインの塔へ踏み込もうとしていた。






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