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196.メガネ君、リッセに手を貸す





「……あれ? エイル?」


 まだ空が薄暗い早朝、俺は鍛冶場街のタツナミじいさんの家を訪ねていた。


 ――リッセは今、ここでお世話になっている。


 朝が早いおばあさん……タツナミじいさんの奥さんに頼んで、寝ていたリッセを店の外に呼び出してもらった。


 リッセも朝は早い方だが、さすがにまだ暗いので寝ていたようだ。

 寝ぼけた顔でやってきて、俺を認識して完全に目を覚ました。というか寝ぐせがすごいな。


「おはよう。状況はどうなってる?」


「状況はまだ……って、あんたが来たってことは、そっちでは動きがあったのね?」


 さすがに察しがいい。


「全員、ブラインの塔に行く準備ができたから。あとは君と俺だけ」


 昨日の夜、セリエとフロランタンには直接聞いた。

 その結果、二人ともすでにブラインの塔を見つけていたし、周りの様子も確認できた。


 これであの二人はなんの憂いもなく塔へ行けるだろう。

 たぶん今日起きたら準備して、朝飯食ってサッシュと一緒に行くんじゃないかな。


 何せ、全員がいつでもブラインの塔に行けることが判明したからね。

 もう逆に行かない理由がない。


 そして、こうなるとリッセが問題になるわけだ。


 ――その辺のことを簡単に伝えると、リッセはだいぶ苦々しい顔になった。


「塔か……一度顔だけ出しにいこうかな。最後は嫌だし」


 それは大丈夫。

 最後は俺なのは確定しているから。


 というか、この感じだと同時になると思うけど。たぶんリッセと一緒に行くことになるだろう。


「セリエが心配してたよ」


「え? セリエが? ……私を?」


 それはない。

 気にはしていたけど、心配はしていなかった。ちなみに俺も心配はしていない。リッセなら大丈夫だから。


「そうじゃなくて、塔のことだよ。

 一度行ったらしばらくクロズハイトには戻れないんじゃないか、って。何らかの例外や許可があってはじめて塔と街を行き来できるんじゃないか、って」


「ああ、なるほどね。確かにそう簡単に行ったり来たりできるのかって問題もあるのか」


 迷ってる迷ってる。


「もう一度聞くけど、状況は?」


「うーん……まだ半分くらいかな」


 お、すごい。

 まだ三日目なのに、もう半分か。大した稼ぎだ。


「やっぱりメインは狩り?」


「手っ取り早いからね。でも大変なのよ。新顔ってことで妨害は受けるし獲物を横取りされそうになるし売る時は足元を見られるし。どこも気を抜けないっていうか。


 まあ何より大変なのは、一人ってことよね。

 魔物を探すのも手こずるし、誰かを雇うにもお金が掛かるし、チームを組めば分け前を取られる。そして慣れてないから人数だけ増やしてもダメね。一人の方がまだマシだし。


 結論を言うと、どこをとっても効率的じゃないって感じかな」


 ああ、それは大変そうだね。


「ならよかった。手伝いに来たよ」


「えっ? エイルが? 私を? 本当に? なんか裏があるの? ……あ、わかった。罰ゲームね?」


 意外そうな顔がちょっと腹が立つ。あと念を押すのも腹が立つ。けど普段の俺を知っていれば当然か。まあそれでも腹は立つけど。


「俺にも事情があるだけだよ。リッセは関係ないから気にしなくていい。


 それより手っ取り早く稼いで、早くブラインの塔に行こうよ」


「そ、そうね! あんたの気が変わる前に狩りに出よう! 準備してくるから待ってて!」


 はいはい待ってますよ。





 リッセが別行動を取っている理由は、率直に言えばお金のためである。


「――え!? 黒皇狼(オブシディアンウルフ)の牙、もう加工したの!?」


 狩猟祭り二日目の夜、暗殺者の村で一緒に生活したメンバーが一堂に会したとあって、集まって話をした時のこと。


 俺と同じ物を持っていた(・・・・)リッセには、思わず自慢してしまったのだ。


 そう、持っていた、だ。

 何せ俺はもう、牙を持っていないから。

 黒皇狼の牙をナイフにしてしまったからね!


 当然のように「見せろ」と言い出すリッセにナイフを見せ――恐らく俺と同じ感想を抱いたのだろう。

 

 欲しい。

 絶対欲しい。

 ずっと見ていたい。

 これが自分の物なんて信じられない。

 暇さえあれば眺めてニヤニヤしたい、していたい、と。


 その真っ白な美しい刀身に、魅せられたのだろう。


 そして当然のように「私も欲しい」と言い出したわけだ。

 それが、お金が必要な理由である。


 ――タツナミじいさんの「素養」に関わるので詳細は言えないが、造るんだったら絶対にあのおじいさんに頼むべきである。


 多少の傷や刃こぼれなら自然と治ってしまうというおじいさんの「自然治癒」は、大切な物にこそぜひとも付けたいものだから。


 まあでも、それは言えないけど。


 ただ、もしクロズハイトで造るなら同じ鍛冶師に俺から頼んでもいいと言ったら、リッセはその提案を飲んだのだ。


 リッセをタツナミじいさんに引き合わせ。

 そしてタツナミじいさんから吹っ掛けられる、加工費という名の大金。


 狩り勝負三位の賞金の半分を受け取り、懐があったかいはずのリッセなのに、それが多少の足しくらいにしかならない金額だと聞いて、顔を青ざめていた。


「――だがまあ、エイルの紹介なら無碍にはできねぇな」


 なんだかよくわからないが、俺はいつの間にかタツナミじいさんの信を得ていたらしい。


 住み込みで働きながら稼ぐことを条件に値引きの提案があり、リッセがそれを飲んだので、タツナミじいさんの家に厄介にになっているのだ。


 だが、もう半分も貯まっているなら、がんばれば今日中には全額揃えられるのではなかろうか。


 「俺のメガネ」があれば、魔物はすぐにでも見つけられる。

 これで狩りはかなり効率化されるだろう。


 それにリッセは俺が「複数の素養」を使えることを知っているので、隠す必要もないしね。まあ、代わりに弓がないんだけど。

 でもこれもまた効率化されるポイントではある。そもそもリッセが強いから弓はなくても大丈夫だろう。


 何より、一人でやるよりははるかにマシだ。

 それも即席のチームではなく、何度も一緒に狩りをしてきた者同士。連携が取れれば二人前どころか四人五人分の働きはできるだろう。


 獲物を売る時もだ。

 ベッケンバーグの知り合いだと言えば、獲物の価格を不当に下げる者も減るはず。

 リッセは口に出すのも嫌だろうけど、俺は言える。


 知り合いであることは間違いないからね。……エイルとしては話をしたこともないけど。


 理想としては、今日中にお金を貯めて牙を預け、明日にはリッセと一緒にブラインの塔に行く。

 そしてナイフは後日取りに来る。


 こんな感じでスムーズに事が進めば、言うことないかな。


「――おう、来てたのか」


 リッセを待っているのだが、その前にタツナミじいさんが出てきた。作務衣を着ているので、これから仕事のようだ。職人の朝は早いなぁ。


「おはよう。リッセの手伝いにきたよ」


 リッセを紹介した時エイルとして会っているので、タツナミじいさんは俺のこっちの姿も知っている。


「そうかい。じゃあ今日明日には金も貯まりそうだな」


 だといいけどね。


「それにしても、あの小娘すげぇな。数日で作れる金額じゃねぇんだがなぁ。いい仕事しやがるぜ」


 うん、なんだかんだ言ってリッセは優秀だからね。だから心配する気にもなれないのだ。


「おう、それはそうとエイル。てめぇに話したいことがあったんだよ」


 ん?


「例の龍魚だ。ありゃあどうも食っても大丈夫らしいぜ。俺も昨日の夜食った」


 え、本当に?


 驚くべき情報である。

 あの龍魚に関してはたくさん調べたし、二十年を悔いるおっさんにも確認したが、「食えるかどうか」がはっきりしなかったのだ。

 姉じゃあるまいし、さすがに食えるかどうかわからない物を口に入れ腹に納める趣味は、俺にはない。


 たとえば肉に毒があったり、そもそも人の腹には合わないという可能性もあるし、単純にうまいかどうかという問題もある。


 あれだけの巨体なのだ。食べられるであろう部分も多いはず。

 食料にできるなら多くの人が助かるだろう。


 それがまさか食肉にできるとは。


「どうだった? おいしかった?」


「あんまり癖も脂身もねぇみたいでな、焼いたのはパサパサであんまりうまくなかった。でも煮つけはうまかったぜ。パサパサな分味が染みてなぁ。ありゃあなかなかうまい」


 へえ! そう! 食べられるんだ!


「どうだ? 今夜食ってくか? 肉ならたくさんあるぜ」


 龍魚は、厳密にはドラゴンである。


 だが肉の感じは魚肉っぽいとのことで、日持ちがしないと判断されて安値でいろんなところに卸されたらしい。

 もちろん食べられるかどうかを確認したあとでだ。


「お待たせ……あ、タツナミさん。おはようございます」


「おう。エイルと狩りに行くんだろ? 気ぃつけて行けや」


「はい。行ってきます」


 リッセの準備もできたようだし、俺もとっくに準備はできている。

 あとは出るだけだ。


「じゃあタツナミさん。今夜来るね」


「待ってるぜ」


 これから一仕事だが――今夜の楽しみができたな。


 …………


 だいぶ砕けた調子だったが、夕飯に招待されたんだよな。

 招かれた以上、何かしらの手土産くらいは欲しいなぁ。手ぶらでは行きづらいしなぁ。


 狩場でなにか見つかるかな?






「俺のメガネはたぶん世界征服できると思う。」書籍が発売しています。


作者の老後の蓄えのために、どうかご購入を検討ください。

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