193.メガネ君、危機感を共有する
あの二人は孤児院に馴染んでいる、特にフロランタンが。
俺がそんなことを言うと、サッシュが強く頷いた。
「だよな。誰も何も気にしてねえみたいだったから、そう思ってたのは俺だけかと思ってた。怖いくらい馴染んでるだろ」
まあ、さすがに表に出されちゃ困る部分だからね。ブラインの塔を探すってのは。気にしてるの丸出しでは困るよね。
でもそれにしたって馴染みすぎだよね。
ブラインの塔という名前の噂は街に広まっているみたいだけど、なんというか、「秘密の組織」みたいな扱いになっているから。
本当に塔、あるいは場所ってことを把握しているのは、権力を握る支配者たちくらいではなかろうか。
「サッシュはタツナミさんに教えてもらったんだよね?」
「正確には『俺は知らねえが知ってるかもしれねえ奴を知ってる、孤児院の責任者に聞け』って言われた」
あ、なるほど。あのおじいさんか。おじいさんがおじいさんにパスしたのか。
ここ孤児院の院長の椅子には、すごく大柄なおじいさんが座っているのだ。
エルとして一日二日泊まる分はともかく、エイルとして少しお世話になる時は、面を通してちゃんと挨拶をし許可を取った。すぐに「いいよ」と返されたけど。
でも、たぶんあれも暗殺者だと思う。恐ろしく強いから。
ブラインの塔の関係者、というよりは、ナスティアラ王国が飼っている暗殺者たちの一人で、今は引退してここに住んでいる、という人なんじゃなかろうか。
更に言うと、ブラインの塔の門番、かな。
穏やかで酒好きで、つまみ食いと野菜作りが趣味で、なんだかんだ気楽に日々を送る好々爺、という印象はあったけど。
あれは間違いなく強いです。
――まあでも、この街は法的な手続きはほとんどないみたいなので、厳密に言うと「勝手に住み着いてる人」になるのだが。
なんというか、法がないって冷静に考えるとすごいよね。なくても意外と成り立っているっていうのもすごいけど。
俺が考える以上に、支配者のあの人たちはすごいし大変なことをしているのかもしれない。
まあ、それはいいとして。
「で、セリエとフロランタンは? 知ってるの?」
「俺はいつあいつらに聞かれてもいいようにしてたが、一度も聞かれたことがねえよ。ブラインのブの字も出ねえな」
そうか。
まあさっきも思ったけど、表立って探すのはちょっとアレだからね。直接聞くってのは……いや、俺たちは事情を知っているんだから、俺やサッシュに相談はあってもいいんだよな。
昨日今日来た俺はまだしも、少なくともそれ以前にサッシュには言ってもいいはずだ。
だってお互い、ブラインの塔を探しているのを知っているんだから。
「ハイドラはどうだ? なんか聞いてんのか?」
彼女は首を横に振る。化粧で若干人相が変わった己の顔を手鏡を見ながら。……基礎しかやってないけど、我ながらいい出来である。まあ元がいいから大抵は似合うか。
「何も聞かれたことはないわ。院長もね。
ただ、セリエはそんなに抜けた子ではないわ。彼女は気づいていてもおかしくないと思うの。
というか、気づいてないと逆におかしい」
確かにセリエは抜けてそうな雰囲気はあるが、意外とやればなんでもこなすすごい奴だ。ちょっと馬車などの乗り物に弱いだけである。
……逆におかしい、か。
「確かに疑問を持たない方がおかしいね」
サッシュ、ハイドラ、そして狩猟祭りで見かけたリッセの旧友たち。
彼らはちょくちょくブラインの塔と孤児院を行き来し、子供たちに会いに来たり買い出しに出たり泊まったりし、「孤児院に住んでいるかもしれない」と周囲に認識されるくらいには出入りしているようだ
貧民街はよそ者の出入りが多いから、いつの間にか誰かが住んでいた、というケースも多い。
そしてクロズハイトの住人は、初顔は警戒するけど、よく見る顔は自分と同じこの街の住人だと認識して、マークが甘くなる傾向がある。
俺もここに来た時は最初こそガンガンに見られたが、今はもうあんまり注目されないし。
そんな感じなので、何度も出入りしている暗殺者候補生は「いつの間にか孤児院に住んでいる人たち」という感じなっている。
ここで問題なのは、
「住んでる人があやしまないわけがないよね」
周辺の人はともかく、セリエはこの孤児院に住んでいるのだ。
なのに、いつの間にか誰かが行き来しているのだ。
正面の門を通らず、いきなり孤児院の中にいるのだ。
そのメンツの中にサッシュもいるのだ。
これで気にしてないようなら、さすがに鈍すぎるだろう。
ブラインの塔と直結して考えることはなくても、「何かがおかしい」くらいの不自然さは察しているはずだ。
第一、出入りする候補生たちは軒並み非常に強い。
全然強さがわからないってことも、さすがにないと思うんだけど。
「もうこちらからブラインの塔について話す、という選択肢はないの?
私は塔の窓口としてここにいるだけだから自分からは言えない立場だけれど、あなたたちは違うでしょう?」
ハイドラの手鏡を見ながら言うことも一理ある。
確かに、ブラインの塔の探し方は自由である。
だとすれば、こっちから一方的に教えるのも、間違ってはいないはず。そういう括りや縛りはないからね。
「うーん……それはやっちゃいけねえ気がしてよ」
理屈ではなく感情か感覚かで、サッシュは自分から話すのはダメだと感じているようだ。
わかる。
もしそれが許されるなら、開始地点がバラバラにされた意味がない。
それに、「仲間がいない状態で探す」から、新たな出会いや発見があるのだ。
俺も出会ったし、サッシュも出会った。
もちろん新たな何かも発見もしただろう。
セリエとフロランタン、彼女たちもそうだ。
きっと俺とは違う接し方をしていて、孤児院や貧民街で誰かと出会い、何かを発見しているはずだ。
「サッシュは気が進まないのね。ならエイルは? あなたが話せばいいんじゃない?」
そうだな……ああ、そうだ。
この二人には言ってもいいかな。
ブラインの塔に到着しているから、もう関係ないし。
「俺はソリチカに課題を出されてるから」
「あ? 課題? ……課題なんてあったか?」
いや。俺だけだよ。
「簡単に言うと、俺はすぐにブラインの塔を見つけるだろうからそうはさせない、という課題だね。
三つあるんだけど、その中の二つが問題なんだ」
一つは「弓禁止」だから。
それは俺個人で済む話だから除外するとして。
「『仲間と合流禁止』と、『一緒に来た五人の最後にブラインの塔に来ること』。この二つがあるから、俺から話すのは無理かなって」
「そんな課題出されてたのかよ。確かに弓持ってねえなとは思ってたけどよ」
ああ、そうそう。弓と矢はソリチカに預けたからね。……しばらく弓を引いてないな。勘が鈍ってないといいけど。
「仲間と合流禁止と最後に……あれ? 合流してねえか?」
うん、まあ、厳密に言うとね。
でも課題の意味を考えると、解釈がちょっと違うと俺は思っている。
「仲間と合流するのを禁止するのはなぜか、という話よね」
ハイドラは鋭いな。手鏡見ながらでも。
「突き詰めると『協力はするな』ってことね。意見を言わない、情報を提供しない、物資面での援助もしない。
でも、『そこにいる』という精神的な安定は与えるわけだから、やはり合流禁止は合流禁止なんじゃないかしら」
…………あ。
確かにそうだ。
言われて気づいた。
俺は一人の方が落ち着くし安心だけど、ほかの人は違うみたいだしな。
自分を基準にしていたから、失念していた。
一人でいるのと、「何もしない」と言われても友達と二人でいるの、どっちが不安を感じないかって話だ。
すごいなハイドラは。
これが俺たちとは違う場所からきた暗殺者候補生か。伊達に手鏡に食い入ってないな。
「でも、私も上手く言えないけれど、エイルがここに来ると決めた時から、そういう時期に入ったんじゃないかしら」
「そういう時期?」
「そろそろ集まってもいい時期だろう。ブラインの塔に行くべきタイミングが来たんだろう。クロズハイトで過ごす日々に一区切りついただろう、という感じね。
まあこれはあくまでも私の感覚の話だけれど。
エイルはそうなんじゃないかって話ね。
ただ、エイルが私たちに相談しようと決めた理由はわかるわ。
――彼女たち、こちらが何かしないとずっとあのままなんじゃないかって危機感は、私にもあるもの」




