186.メガネ君と狩猟祭り 8
まず三本の銛を取り出し、三本とも柄尻の輪にロープを通す。長さはある程度で充分だ。
一本は俺の右腕に結んで。
あとの二本は、近くにある丈夫そうな大木に結んで、地面に刺しておく。
これで準備完了だ。
さて。
二十年を悔いるおっさんから龍魚の話を聞いた時、なぜおっさんがこれを信じたのか理解に苦しむ、不確か極まりない目撃情報があったことを話した。
それらしい目撃情報はたった二つだけで、「どこで」という部分が一致しないのだが、二つに共通している部分があった。
それは、「大雨の時に見た」ということだ。
大雨の時に森にいる、という自殺行為に等しいシチュエーションも、目撃情報が少ない理由なのだろう。
狩りに慣れている者なら、そんな時に森にいることはほぼないから。
大雨のせいで視界は悪く、しかも見えたのは「白くて長い何か」である。それもすぐに見えなくなってしまったとか。
これが、龍魚の噂の始まりである。
二十年を悔いるおっさんが信じたものである。
一度目はどんなに探しても見つからないことから「見間違い」とされたが、しかし二度目の情報を、二十年を悔いるおっさんを筆頭に何人かが信じ込んだのだ。
二度も目的情報があるならば、それは確実に存在する、と。
まあ、それが二十年以上前のことなのだが。
おっさんは「大雨の時」という共通点から、雨の時こそ危険を冒して森に踏み入っていたらしいが、俺は違うところが気になっていた。
――大雨の時、大雨以外のものもあったんじゃないかと。
「大雨の時」に見られるなら、もう少し目撃情報があってもよかったんじゃなかろうか。
それなのに何十年で二回だけである。
まあ、見たけど黙っている人もいるのかもしれないが。
しかし、二十年を悔いるおっさんのように龍魚に執着している者がいるなら、この手の目撃情報はおっさんには情報が売れるわけだ。
なのに、それはなかったらしい。
いや、あったはあったけど、二十年を悔いるおっさんが「嘘だな」と看破した詐欺だったりしたらしい。これまたなんの根拠で詐欺と判断したかはわからないが。
だから、信憑性が高いそれらしい情報は、一番最初とその何十年か後にあった二つだけ、だったのだが。
二度目から二十年探して見つからないなら、そもそも龍魚はいないか、前提にある「大雨の時」が間違っていると考えてもいいんじゃないのか。
俺は右手に銛を持って、左手で湖の水面に手を着けた。
――もしかしたらこれかな、とは思っているが。
まあ、違ったら違ったで別の方法を試すだけだ。
あの魔物を釣り上げる方法は、いくつか考えてきたから。
魔物が水底にいるのは間違いないのだから、成功するまで何度も試せばいい。
「メガネ」に、ロダから登録した「指花の雷光」をセットする。
今まで色々試しはしたがいまいちピンと来る使い方を思いつかなかった、この「雷」の力が、ようやくここで役に立つ……かもしれない。
大雨の時にあるもの。
俺は雨以外の共通点として、「雷」を連想した。
もしかしたら、二つの目撃情報があった「大雨」の時、「雷」が鳴っていたのではないか。あるいはこの辺に落ちたのではないか。
バチッ! バチッ!
右手から放たれた黄色い火花が散り、湖を走り抜ける。
これで釣れたらいいけど……いや、まあ、ただの思い付きがそう簡単に当たるかって話でもあるし。試すだけ試すだけ。
バチッ! バチッ!
バチッ! バチッ!
バチッ! バチッ!
バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! チバッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ!
何度も何度も、それはもう何度も何度も。
どうなのかな、これで効果があるのかな、魚とかプカプカ浮いてきてるけど大丈夫かな、と思いながら、湖に「雷」を落としている、と――
「――来た」
水底の魔物が、ゆっくりと動き出していた。
…………
うん、はっきり言おう。
読み通り「雷」で釣れたのか。
それとも単に寝ているところをしつこくしつこく邪魔してやったから起きたのか。
果たしてどっちで釣れたのかは、さすがにわからない。
動き出した魔物は、水底で一度丸くなって溜めたあと――弾かれたように超高速で一気に水面に上がってきた。
「……やっぱり龍魚か」
水しぶきを飛ばして姿を現したのは、不思議な色合いの蛇である。
基本は白だ。
だが、表面が変な光沢を放っていて……膜で覆われているというか、恐らく半透明な色合いの奥に白色があるのだと思う。
二十年を悔いるおっさんの話では、死んだら半透明の部分が真っ白になるんだとか。
つまり、白くなったら狩猟に成功した、という目安になる。
形状は、やはり蛇に近いようだ。
大柄な人間さえ丸呑みにしそうな巨体で、水面上に出ている頭だけで俺より大きい。
水中にある身体は見えないが、上から見た細長さの比率からして、相当長いだろう。案外しっぽは水底に付いているかもしれない。
水を思わせるような深い青の瞳に、黄色い縦長の瞳孔が走り、顔立ちはやはり蛇かな。
ただ二本の髭が垂れているのが、やはり蛇らしくはない。
強いて言うなら、蛇とナマズの中間っぽい。
鱗の色や形を観察し、やはりこれが龍魚だと確信する。
というか、思ったより大きいな。
銛が足りないかも――あ、まずい。
龍魚が辺りを見回し、その瞳に俺を捉えると同時に、少し頭を引いた。
「――っと!」
まずいと思った瞬間、横へ飛んだ。
それとほぼ同時に、龍魚が口から刃を出した。
シュバ!
鋭い音が水面を斬り、地面をえぐり、直線状にあった大木を縦に割った。
刃が消え――跳ねた水しぶきが頬に掛かる。
……何を飛ばしたかと思えば、水か。地面も木も、水で斬れるのか。
龍魚が殺気を放つと同時に、なにかしそうな動きをした。
反射的に動いたら、やはり攻撃を仕掛けられた。
危なかった。
強く引ける長弓の矢より速い、水の刃だった。
あれは水を吐くところまで見ていたら、回避が間に合わなかった。それくらい速かった。
というか、まともに食らったら死んでいた。
そうじゃなくても、下手したら片腕とか片足が斬り飛ばされていたかもしれない。
……飛び道具持ちか。
一応ドラゴンだけあって、俺の想定より強いかもしれない。
――気合を入れていかないと。