185.メガネ君と狩猟祭り 7
「――それでは、狩猟……開始ぃぃぃぃいいいいいい!!」
ドン ドン ドン ドン
なかなか味のある開始の合図と、重く響く太鼓が背中を押す。
出発くらいは見守ってくれている酔っぱらいや娯楽目線の観客が歓声を上がる中、五十人以上も集った狩人たちが一斉にスタートを切った。
足が速い者は走り、こんな時でも自分のペースを守る者は歩き。
しかし慌てる者も、落ち着いている者も、向かう先は狩場である。
これから命懸けで魔物と戦うのだ。
俺?
俺は走るよ。早い者勝ちだから。
「――龍魚って知ってます?」
黒皇狼の牙の加工はタツナミじいさんが。
ナイフの柄は、おじいさんの息子のカツミが請け負ってくれることになっていた。
鍛冶場街のタツナミじいさんの工房を訪ね、ナイフの柄の大きさや形を決める段で、いろんな形の柄を握りながらカツミに聞いてみた。
なお、娼館街の護衛の合間に来ているので、俺はメイド服の女装姿である。
タツナミじいさんはともかく、カツミには男だとバレているかどうかわからないので、メイドとして振る舞っている。
ちなみに柄だが、どれもいい形だと思う。
どれを選んでも結構しっくりくるのは、男にしてはやや小さな俺の手でちょうどいい太さを事前に選んでくれていたからだろう。正直どれでもいいくらいだ。
個人的には、握った指の間だけ滑り止めだろう凹凸が彫られたものだ。
一般的なデザインの物しか知らないから、なんか一風変わってかっこよく見える。
「龍魚? 魔物の?」
そうだ、と肯定すると、ピンと来た顔をする。
「狩り勝負で狙うのか?」
「いいえ。狙うのではなく、ただの候補です。まだ近辺にいる魔物を全部調べている段階ですね」
「ああそうか。まあそうだよな。
ここらに龍魚がいるって噂は聞いたことがあるが、親父が若い頃から流れてる噂なんだってよ。
何十年も見つからないものがそう簡単に見つかるかって話だよな」
そうだね。
それらしいのは見つけたけどね。
――龍魚。
色々調べてみたところ、大きな白い蛇のような魚、のようなドラゴン。一応はドラゴン扱いになっているみたいだ。
というのも、魚の形態に近いがドラゴンの特徴の方が多いらしく、そういう分類になっているとか。
逆に魚らしい特徴といえば、完全な水生生物で、初見だと魚に見えることくらいだ。
だから初見を見て「ドラゴンっぽい魚」と判断され、そう名付けられたとか。
後の研究で、やっぱりドラゴンっぽいという話が出たそうだ。
何百年も生きる長命で、縄張り意識が強く知性も高く、基本ずっと縄張りを守って寝ている、というのがドラゴンの大まかな特徴で、それが一致しているそうだ。
それと一番重要なのが、ドラゴンの生態として、あまり食べなくても生きていけるらしい、ということ。
たとえば、見上げるほど巨大な伝説級のドラゴンがいたとして。
果たして彼らが、人間のように己の身体を維持するために毎日二食も三食していたら、世界はすでに食らい尽くされているだろう。
どこかの学者がそんな仮説の下、何年も観察を続けた結果、どうも食物を食べたり飲んだりしている痕跡がほとんどないそうだ。
ここからは「どうして食べなくても生きていけるのか」という問題に対し、いろんな説が多岐に渡るが。
俺がそうなんじゃないかと思ったのは、やはり「魔核があるから説」である。
魔核が与える魔物への影響……主に身体能力の向上効果だが、ドラゴンの魔核は強力だから飢えもなく、また年月で身体が朽ちることがないのだろうと思う。
まあ、実際どうだかはわからないけど。
…………
……というのを、ここクロズハイトで噂の龍魚を探し続けて二十数年過ごし、今やすっかり狩人を引退しただの初老になってしまった「俺の二十年はなんだったんだ」が口癖のおっさんから聞き出した。
あと「周囲にはバカにされて、いくら稼いでも龍魚の情報や探索に費やし、妻も娘も犠牲にして探して続けて、気が付けば二人はとっくに俺を捨てて出ていった。龍魚さえ見つけられればすべてを取り戻せると思っていた。見つからなかったけどな。俺はあの二十年で何もかも失った」と涙を流しながら続いたわけだが。
あまりにもあんまりで、俺はもう情報料に上乗せして、酒を勧めるしかなかった。ちなみに俺は飲んでない。
夢や希望、野望を追いかけるって、本当に大変だな、と心底思った。
――もし湖の底に見えた細長い赤い影が龍魚なら、二十年を悔いるあのおっさんも、多少は留飲を下げられるかもしれない。
「龍魚か……確かうちの店に龍魚の鱗を使った鎧があったな」
え?
あまり期待せず、一応聞いておこうか程度の気持ちで話題に出したのだが――まさか龍魚の外見の一部が見られるのか?
「――親父! 龍魚の鎧、まだ店にあったよな!?」
前に来た時は朝早くだったのでタツナミじいさんとベッケンバーグしかいなかったが、今はそこそこの時間である。
何人もの職人が工房で仕事をしていて、竈に火を入れているおかげで遠くにいてもちょっと暑いくらいだ。
離れた場所で、俺の持ち込んだ黒皇狼の牙を研磨しているタツナミじいさんが、顔を上げた。
「――あるぞ! あんなに派手で無駄に高いもん早々売れるかこの野郎!」
怒鳴り返してきたが、別に怒っているわけではないらしい。
タツナミじいさんの店で龍魚の鎧を見せてもらい、どんな外見かを直接確認した。
あそこで見た鱗と、これから向かう湖の底にいる魔物とを見比べて、もし一致したら龍魚で確定。
もしあれが龍魚じゃなかったとしても、「細長い水生生物の魔物」の話は、龍魚以外には噂も出ていなかった。
つまり、ここらでは珍しい魔物であることは間違いないのだ。
最速で、単独で、珍しい魔物を狩る。
これがこなせれば、優勝は狙えるだろう。たぶん。
出発地点こそ団子状態だったが、ある程度の距離を行けば皆バラバラである。
チーム参加ならともかく、俺のような単独参加はすぐに孤立してしまった。
「――どこまで付いてくる気ですか?」
「――俺が聞きてぇ。俺ぁどこへ行けばいいんだよぉ」
何気にゼットが俺の後ろをずっと付いてくるのがすごく気になる。というか、どこへ行けばって。すごいセリフ出たな。
「あんまり魔物狩りとかしないんですか?」
「たまにやるけどよぉ、いつもは仲間が全部やってくれるからよぉ」
ああ、あとは戦うだけってところまで、ほかの人がやってくれるのか。いつもなら役割分担がちゃんとできているわけだね。
戦うのが一番大事って思われがちだけど、本当は獲物を見つけるのや、逆に獲物からの不意打ちなんかを回避する――戦う前の情報戦も大事なんだけどね。
簡単に言えば、有利に戦えるかどうかは、戦う前に決まるものだから。
やっぱり直接戦う的な派手な役回りの方が、人気があるんだろうけどね。
「あそこ」
と、俺は途中まで一緒だったが左側――西方面に走る五人チームを指さした。
「開始直前、彼らは金剛大猿を狙うと話していました。彼らに付いていけば大猿には会えると思いますよ」
「お、そうかぁ。てめぇはどこ行くんだぁ?」
「一応今は競争相手なんで、聞かないでいただけると。答えられませんから」
「おう、そういやそうだったなぁ。じゃあ俺ぁあっちに行くぜぇ」
いってらっしゃーい。……よかった。思いのほか簡単に離れてくれた。
…………
いつもは全部任せている、か。
……森って素人だとすごく迷いやすいんだけど、大丈夫かな。
人目が全部なくなったところで、暗殺者の村の“紙燕”から登録した「浮遊」をセットして体重を減らし、走る速度を上げる。
本当はサッシュの「即迅足」の方が、移動速度としては圧倒的に速いのだが。
でもあれは、相変わらず制御が難しく、俺はまだ満足に扱えていない。
それにあれは短距離専用だから、長距離だと更に制御が難しいんだよね。安定感はこっちの方が優れていると思う。
下見をした森に突入し――ちょっと気になることがいくつか見つかるが、この際気にせず湖まで突っ走った。
周囲に人はいない。
まずそれを確認し、今日も静かな湖の水底を見る。
やはり今日もいる。
というか前に見た時から全然動いていないように見える。
――よし、始めようか。
「俺のメガネはたぶん世界征服できると思う。」の書籍が出ています。
Web版にはない書き下ろしエピソードも入っているので、ぜひお買い求めください。




