184.メガネ君と狩猟祭り 6
「そもそも、どうして俺が龍魚を狙ったのか。わかる?」
話を振られて、ハイドラはいくつか頭の中に候補を上げ――それらを収束して推測を立てた。
「居場所がはっきりしているから?」
まず、魔物や動物は動く。移動する。
だから探すのが大変なのだ。
縄張りを作りそこに住むような魔物でも、強い魔物に追い立てられて不意に移動することがある。
先日の黒皇狼のように、よそから強い魔物がやってくるケースは、そんなに珍しくない。
実際、元々そこに住んでいた魔物が黒皇狼のせいで移動しようとしていた。
未然に防いだものの、もし住処を追われてどこかへ移動するのを許していたら、周辺の人里にとんでもない被害が出ていた可能性は高い。
つまり、いつまでもそこにいる、というものではないのだ。
逆に言うと、「いつまでもそこにいる魔物」というのは、非常に強い魔物だということになる。
気が遠くなるほど昔から住んでいる伝説のドラゴンとか、異界への門を守る獣だとか。
記録上はまだ実在しているらしい伝説級の魔物も、この世界には存在する。
少なくともハイドラもエイルも、人間の手には負えないと思えるような魔物が実在することを認めている。
強い魔物は理不尽までに強いことを知っている。
「そう。龍魚は水の中に生息する魔物だから。水がない場所には行けない。
要するに、どんなに大きくてもどこにも繋がっていない湖なんかに住んでいれば、遠くへ逃げることはできない」
――と考え、エイルは龍魚を選んだわけだが。
実際は、陸には住めないのだろうが、陸に上がれないわけではないようだった。こういう予想外があるから魔物は怖い。
「やっぱりちゃんと情報がない魔物は怖いね」
「…?」
何やら想定外のことがあったらしいが、そればっかりは説明してもらわないとハイドラにはわからない。
が、この感じだと、話せない範囲にあるようだ。
――陸に上げてしまえば勝ちだと思っていた。
俺が龍魚を見つけたのは、狩り勝負が決まってから一週間の間である。
ベッケンバーグを中心として大掛かりなイベントとして育っていく中。
俺は空いた時間は狩りの準備をするためにいろんな場所を回り、魔物の情報を集め、何を狩るのかじっくりと吟味した。
まず、よく見られる壊王馬や魔豚は除外するとして。
クロズハイト近辺にいる魔物で強いと言われているものは、赤足蜘蛛、灰塵猫、金剛大猿の三種に絞られるようだった。
一種ずつきちんと調べて、どの魔物なら狩れるかとシミュレートしてみた。
赤足蜘蛛は、森に住む子供くらいの大きさ……だから立ち上がれば小柄な大人、俺くらいはあるような巨大な蜘蛛型の魔物だ。
本体の動きが非常に素早いのもあるが、名前の由来である「赤足」。
実際は、赤いのは足ではなく、足の先にある鋭利な赤い爪なんだそうだ。先端は尖っているがフック状になっており、これで木や岩壁を掴むのだ。
そして何より厄介なのが糸だ。
もし単独行動中にこれに捕まったら、かなりの確率でそのまま死ぬ。
どんどん糸を巻きつけられて身動きが取れなくなるか、ある程度自由を奪ったところで本体が食いに来たり、赤足で串刺しにしてくるそうだ。サポートがいないと脱出ができないのだ。
――素早い奴はなしだ。俺とは相性が悪い。というか弓と相性が悪い。今弓はないけど。
次に灰塵猫。
猫とは言うが、大きさはかなりのものである。当然人を食う肉食獣だ。
聞いた話では、暗殺者の村にいた砂漠豹より少しばかり大きいみたいだ。アサン元気かな? 会いたいな。
これまたかなり素早いし、「砂を生み出し掛けてくる」という、視界を遮る能力を持っているらしい。
――砂に関しては「メガネ」を「ゴーグル型」にすればなんとでもなりそうだが、そもそも灰塵猫が素早いらしいからやっぱり却下だ。
最後に、金剛大猿。
これは赤足蜘蛛や灰塵猫と同じ大物の並びにはいるが、強さの桁が違うらしい。
たとえば赤足蜘蛛と灰塵猫の二種が組んで戦ったとしても、大猿の方が圧勝するとか、そういう強さだ。
見ればわかる強靭な肉体、低く見積もっても予想できてしまう怪力、それらの肉体を支えている脚力だって弱いわけがない。おまけにそこそこ頭がいいと来た。
大猿の縄張りにさえ入らなければ襲われない、とのことだが。
クロズハイト周辺に住んでいる大猿は、功に眼が眩んだ狩人たちに度々襲われてきたせいで、完全な人間嫌いになっているとか。
人を見ただけで襲ってきたり、何か投げてきたりするらしい。
ひどい話だ。
戦うならちゃんと仕留めてほしい。
――俺としては大猿が一番狩りやすいとは思う。
「闇狩り」があるから、どんなに強靭な肉体を誇っても弱体化できる。不意打ちの狙撃で頭か心臓を撃ち抜けば終わりである。弓ないけど。
そして何より、強い縄張り意識がある。
ならば、どの辺にいるか、大まかな見当はつくってことだ。これは狩り勝負の「速度」に関わる大きな利点である。
だが、その「縄張りがある」という点が逆に引っかかった。
大猿は、どの辺にいるかはっきりわかっている。
ならば多くの参加チームが狙いそうだから、あえての却下である。
どう考えても、大猿の狩猟が終わったあとで揉めるのが目に見えている。絶対に揉める。
というわけで、強い魔物は諦めるとして、順当に次は珍しい魔物を狩るのはどうかと考えたわけだが。
――そう簡単に見つかるわけないよなーと思いながら狩場の下見をしに行ったら、偶然見つけてしまった。
クロズハイトから北へ行った森の奥に、大きな湖がある。
その湖の底に、「細長い赤い影」が見えたのだ。
湖は非常に深いようだ。
澄んだ水が蓄えられていて、水底に向かうほど青が濃くなっていく。
魚影も見えるし、周辺には水を飲みに来たのだろう獣の足跡などがある。人が飲んでも大丈夫かな。
ちらりと「体熱視」で見えた赤い影を、湖のほとりでしっかり目を凝らして観察する。
まず、魚の類ではないと思う。
湖の温度とは差があるから、「体熱視」で浮かんで見えるのだ。魚の体温は水温とあまり変わらないはずだから。この湖の主的な謎の巨大魚ではないだろう。
いったん「体熱視」を解除し、今度は「青の地図」をセットして魔核を探してみる。
――あった。青い点が見える。
湖はだいぶ深い。
それにこうしてみる限り、細長い魔物は湖の底に埋まっているような状態にあるのか、姿はまったく見えない。
水に潜って確かめる?
いやいや、ないない。
水の中で襲われたら、それこそどうしようもない。ただでさえ人間の肉体は魔物より弱いのだ。相手の得意なフィールドで戦う理由はない。
そんな安易な行動で命懸けで確かめるより、まずは安全なところで情報を集めてからだ。
――こうして俺は、「龍魚」という名の魔物に辿り着く。