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179.メガネ君と狩猟祭り 1





「――どこのバカだ!」


 とあるレストランの個室で、ベッケンバーグは非常に腹が立てていた。


 一報を聞いて、窓から彼方の空を確認すると、確かにもうもうと青い煙が上がっている。


 夜間でも見えるよう魔術師に調整してもらった分、煙自体がきらきら輝いている。

 派手で美しいが、今はそれさえ腹立たしい。


 ルールなので魔物の回収には向かわせたが、本音では無視してしまいたいくらいだった。


 イベントを開始してすぐのことである。

 どう考えても、ルールがわかっていないバカが、馬か豚でも仕留めて終わらせたとしか思えない。


「――カッカッカッ! 当てが外れたなぁ!」


 主催ではないだけに気楽な鍛冶場街のタツナミは、豪快に笑い飛ばす。


「――冗談じゃねえ! バカでもわかるほど簡単なやり方にしたんだぞ!? いくつも種目があるとバカが混乱するだろうから一本に絞ったんだぞ!? それでこの様だぞ!?」


 確実に水を差された。

 ここから、仕留められた魔物がクロズハイトに戻ってくるたびに、盛り上がるはずだったのに。


「――まあ落ち着きな。こうなったらどうしようもないだろう」


 これも主催ではないだけに気楽な娼館街のアディーロは、動じず葡萄酒を楽しんでいる。


「――それに、本当にルールを理解していない者が狼煙を上げたのか否か。


 あんたの言う通りバカでも理解できる方法にしたんだ。ならば『何もわからず狼煙を上げた』って可能性の方がよっぽど低いじゃないか」


 言っていることはもっともだが、


「――それにしたって早過ぎるだろ! さっきの今だぞ!?」


 魔物を探すのも大変。

 更にその中から厳選するのも一苦労。


 狩りたい魔物と遭遇するのも運の要素が高いし、丸一日と期限は定められている。


 もっというと、これは競争であるということ。

 きっと現地では、魔物の所有権を巡ってチーム同士が対立したり、仕留めた魔物の横取りなどの不正も起こりうるだろうと考えていた。


 これらのハードルをすべて超えて達成したチームがある、と考える方が不自然だ。


 ……いや、待て。


「――誰かに上げさせられた可能性はどうだ?」


 要するに他者の蹴落としだ。

 よそのチームを脱落させるために、勝負を強制的に終わらせてやる、というやり口だ。


「――だったら赤の狼煙を上げるだろ」


 そうだった。

 アディーロの言う通り、あえて勝負を成立させる意味がわからない。たとえ点数は低く優勝の芽はないとしてもだ。


「――まぁ、相手のメンツを立たせるだなんだで、青を選ぶ可能性だけはあるのかね」


 と、タツナミは腕を組む。


「――裏で手を組んでる連中もいるだろうよ。逆に面目を潰せない状況もあらぁな」


 それは恐らくいる。


 いわゆる、他のチーム同士で手を組んでいる状態。

 あるいは、元は一チームなのに二チームに分けて登録している者たちだ。


 メリットは大きい。

 「参加人数」で点数が変わる形式である以上、一チーム十人の点数と、表向き二チーム五人だが現場で協力しあい、片方だけ勝つようにすれば点数は五人チームのものとなる。


 賞金だのなんだのはあとから分配すればいい。

 とにかくまずは優勝を目指すという考え方である。


 そんな連中がなんらかの事情があって青の狼煙を上げた可能性は、確かにある。


 それに、目立つところには見回りは出しているが、全域を見張るのは無理だ。

 だから事前に森や狩場に、伏兵を置いておくことは可能。


 現地で合流し参加人数を増すという不正はできる。

 というか幾つかのチームはやっている節がある。


 これらは、あえて作った穴である。


 ――もし不正した者が優勝すれば、不正した事実を口実に賞金と副賞を出さないという、かなり悪質な主催者の罠となっているのだ。


 金を出す気はある。

 だが、必要ない出費は省きたい。そういう心境である。


「――それより太っちょ。そろそろ行ったらどうだい?」


「――あ? どこに?」


「――煙の距離からして、ここから現地まであまり離れていない。一番最初に戻ってきたチームは出迎えるって、鼻息荒く言っていたじゃないか」


 確かにそうだ。

 大物を狩ったのなら、そろそろ遠目でも見える距離に来ているし、仕留めた連中が急いで戻ってきたならすぐにでも会えるはず。


 酒と音楽に酔い高揚する愚民どもを、更に環境と言葉で酔わせて煽り盛り上げるのは、ベッケンバーグの大事な仕事である。


 大金を動かすためにこういうチャンスこそ見逃せない。

 小さなチャンスを積み上げていく先に、大きなチャンスが巡ってくるのだ。


 少し前に予想外の出費で転びかけたが、この分だと充分挽回できそうだ。


「――よし、行ってくる!」


 肥えた身体には見合わないほどの早歩きで、ベッケンバーグは部屋を出ていくのだった。





「――で?」


 ベッケンバーグが消えた途端静かになった個室で、老人たちはゆったりと食事と酒を続ける。


「――婆さんや。どこの誰が青の狼煙を上げたと思う?」


 楽しげにニヤつくタツナミの言葉に、アディーロは取り上げたグラスを置いた。


「――さあね? ただ、可能性があるのはかなり限られるね」


 あまりにも早すぎるのだ。

 たとえば、一番最初に遭遇した魔物を狩ったのだとしても、それでも早い。


 まるで、どこに行けば何を狩れるのかわかっていたかのようだ。


 実力も必要だが、何より探索能力に長けている者が動いているのは間違いないだろう。

 そう考えると、もっと候補は絞られる。


 そんなことができるのは――


「――あたしのメイド(・・・・・・・)ならやりそうだけどねぇ」


 普段はやる気も存在感もなく、ただそこにいるだけだったが、今回に限りはかなり乗り気だった。


 いろんな人間や猛者を見てきたアディーロでさえ判断できないほど、あの小僧は底知れない実力を持っているようだった。

 間違いなく強いのはわかるが、どの程度か予想もできなかったのは久しぶりだった。


 ゼットと戦った時も、本気では――殺す気の本気ではなかった。


 出過ぎず、しゃべり過ぎず、探ることもせず、己の主義主張も唱えず、悪戯に力を誇示せず、若者にありがちな善悪の思想にも偏りがなく、守秘義務も守り、ただ職務をこなす。おまけに度胸もいい。ベッケンバーグに塩を投げた時は面白かった。


 まだ十代なのに、老成じみたものを感じるほどの玄人のそれだった。

 個人的に気に入ったというのもあるが、己の秘密と引き換えにしてでも実力が知りたいと思った。


 もしあの小僧と「次の縁」があるとするなら、あれは確実に自分の駒にしたい。そして同じくらい敵に回したくない。


 そのために知りたい。

 だから待つのだ。


 これから一両日中に目の前に突きつけられるだろう、あの小僧の揺らがぬ実力の証拠を。


「――あの小増か。ああ、やるかもな。あれぁ本物の狩人だからな」


「――そうなのかい?」


 本物の狩人。


 この街で言われる狩人とは違う存在だということはわかるが、アディーロには詳しくはわからない。


「――確かめたわけじゃねえが、恐らくはな。俺の店にある弓を見る目が本気だったからな。他の物には目もくれねえのによ。きっといつもは弓使ってんだろ」


 武具の専門家と言っていいタツナミが言うなら、その線はありえるのだろう。


「――どうだ? 気になるなら俺たちも行ってみるか? どっかのバカの仕業かあの小僧の仕事か、俺も少し気になってきたぜ」


 心に響く提案だ。


 どうせ問題が上がってきた時に指示を出すためだけに詰めている、今日はそこそこ暇な老人たちである。

 少しくらい祭り感覚を味わったっていいだろう。


「――じゃあ、あの太っちょを追いかけようか」





 老人たちが先に行ったベッケンバーグたちと合流した頃、遠くに白いものが見えた。


 白いもの。

 あれは、仕留めた魔物である。


 白い魔物。

 そんな魔物は誰も見たことがない。


 白い毛皮の魔豚(マトン)もいるが、だとしたら大きすぎる。

 白い毛並みの壊王馬(キングホース)もいるが、それにはシルエットが違う。


 丸いのだ。

 白くて巨大な丸が、荷車に乗せられてゆっくりとこちらに来ているのだ。


 いったい誰が何を狩ったのか。


 住民たちと一緒に、遠目では何がなんだかわからない魔物の到着を、ベッケンバーグや老人たちも期待を胸に固唾を呑んで待つ中――


「――ありゃまさか……」


 ベッケンバーグの望遠鏡を奪って覗いたタツナミが、震える声で言った。


「――……龍魚か……?」






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