178.メガネ君、狩り勝負に出発する
「待てよぉ」
話は着いたのでとっととゼットから離れようとしたのだが、呼び止められてしまった。
「このまま一人にされたら俺がフラれたみてぇだろうがぁ。しばらく一緒にいろよぉ」
え?
「はっきりフラれてると思いますが。私も女の子をいじめて喜ぶ男と同類とは見られたくないですし」
「てめえは強ぇだろうがぁ。……つーかそれやめろよぉ。その言葉は今までにない痛みと衝撃だぜぇ……」
そんなにか。
そんなになのか。
すっかりしおれてしまったゼットは、なんだか小さく、そして年相応の青年に見える。
恐らくまだ十代なんだよね。こいつ。
俺が知っているゼットは、いつも自信満々で好戦的で近づくことさえ躊躇う危険人物だ。
なのに今は、タトゥーが派手なだけのただの人に見えてしまう。
「そんなにショックな言葉でしたか?」
疲れた顔をしているゼットは溜息をついた。
「弱い女子供に暴力を振るうクソみたいな大人を見て育ってきたからなぁ。絶対にああはならないって決めて生きてきたからよぉ」
ああ、そう。
そのクソみたいな大人と一緒だな、的な意味のことを言われたようでヘコんでいると。
「私はあなたに蹴られたことがありますけどね」
「てめえは弱くねぇだろぉ。歯向かう奴には容赦しねぇ」
そうかな。
ゼットに比べればはるかに弱いと思うけどな。
…………
まさかゼットと話す機会が来るとは思わなかったが、せっかくなので気になることを聞いてみよう。
集合が掛かった以上、きっとすぐに狩り勝負が始まるだろう。
それまでに、いくつかは質問ができると思う。
「なぜ出場を決めたのですか?」
「あのデブに呼ばれたからだぁ」
あ、ベッケンバーグに。
「祭りを盛り上げるための話題作りだろう、って俺の仲間が言ってたぜぇ。俺もちっとやりすぎたからよぉ。少しくらいあのデブの顔を立ててやんねぇとなぁ」
やりすぎた?
……あ、あれか。
「例の強盗の話ですか?」
俺に心当たりがあるのは、あの夜レストランで俺と戦っていた時、ゼットの仲間がベッケンバーグの家から金目の物を盗んだというあの件だ。
で、その直後にフロランタンがゼットの仲間を襲って、報せを聞いたゼットが退却したんだよな。
そして彼はフロランタンにボッコボコにされたとかなんとか。
その事件の顛末はよくわからないが、それ以外のことなら俺の知らない貸し借りの話だろう。
「ああ、あれだぁ。調子に乗ってがっつり盗み出したみたいでよぉ」
やっぱりあの件か。
タツナミじいさんと喧々諤々やり合っていた時のベッケンバーグの様子を見るに、かなりやられたんだろうとは思っていたけど。
加害者側のゼットが言うくらいだから、本当にかなりの金品を奪ってしまったのだろう。
恐らく、ベッケンバーグの立場が本当に傾くほどに。
回収に動いていたリッセも、かなりの盗品があったみたいな口ぶりだったし。
「不思議な関係ですね」
「あぁ?」
「だってあなたとベッケンバーグさんは、敵対関係にあるのでは? なのに敵の要請に応えてここにいるわけでしょう?」
何せあの夜、ベッケンバーグはゼットを殺そうとしていたからね。
にも関わらず、今ここにいるゼットはベッケンバーグの顔を立てるために来たと言う。
「あぁ……そう言われれば確かに不思議だなぁ? 善だ悪だ、敵だ味方だってはっきり割り切れれば、世の中は本当に簡単なんだけどなぁ。
俺もわかんねぇよぉ。
敵を生かせだ、味方でも切り捨てろだ、わかんねぇし納得できねぇことばっかだぜぇ。
もう俺みたいな戦う以外能がないクソは、したいようにするだけだぁ」
……ふうん。
「人並みにいろんなこと考えてるんですね。意外でした」
「あぁ? 俺ぁバカで戦うしか能がねえクソだが、頭がイカレてるわけじゃねぇぞぉ」
イカレてるようにしか見えないけどね。だから意外だって言ったんだけどね。
話ができたのはそれだけだった。
やはりすでに呼び出しが掛かっていただけに、許された時間は本当に短かった。
ほかにも色々聞きたかったのだが、どうやらここまでのようだ。
「――静粛に! 静粛に!」
ゼットが落ち着いたと見て、まだそれなり殺気立ってはいるが落ち着いていた狩人たちが、ピタリと会話をやめた。
少し離れた場所なので、屋台が出ている広場の音楽と喧騒が遠くに聞こえる。
俺とゼットも、声がする方に注目する。
冒険者ギルド感が強い人込みの向こうに演壇があるらしく、見覚えのある偉そうな腹の中年男性が狩人たちの上にひょこっと出てきた。
まあ「メガネ」を掛けてないから、ぼんやりシルエットしか見えないんだけど。
「勇敢なる狩人たちよ、よくぞこの度の狩り勝負に参加してくれた!!」
うーん。勇敢か。
俺は、狩人は多少臆病なくらいが丁度いいと教えられたんだけどなぁ。
いや、まあ、クロズハイトではやっぱり相応しいんだろうけどね。
ここの狩人は冒険者みたいなものだから。
「今回この狩猟祭りは、参加チーム十五組、参加人数は五十名以上と、クロズハイトの歴史上かつてないほど大規模なものとなった!
まずは、このイベントに協力してくれた各所に、深い感謝の言葉を送る!」
ベッケンバーグの言動は堂々としたものである。
やっぱり支配者として、こういうのが得意なんだろうな。改まった場で演説したりする機会も多いんじゃなかろうか。
それに、たぶん「扇動者」発動してるな。「メガネ」で見なくともなんとなくわかるぞ。
そう、こういう時に使うのが本来の使い方なんだよね。
集団の士気を高めたり、戦意を煽ったり、――まあ単純に言うとやる気の鼓舞だよね。
「――長い話はせん! が、簡単に勝負の方式だけ告げておく! 確認のつもりで聞いてくれ!」
確認のつもりで聞いてみた。
期限は今日この時から明日の昼まで。
魔物を狩る速度、狩った魔物、参加人数の三つの要素で点数を付け、合計得点が一番高いチームの優勝だ。
隣から「あ?」とか「あぁ?」とか「つまりどういうことだぁ?」とか小さなぼやき声が聞こえるのは、聞こえないことにしておく。
「――なぁおい。どういう方式だぁ?」
こいつ……直接話しかけてきただと……?
というか、ルールも知らずに参加することにしたのか。
豪胆というかなんというか。
さすがにちょっと羨ましくなってきたな、その自信。俺なんか怖いことばっか避けてることばっかなのに。少しは臆したりしろよ。姉でさえ腐った肉には過敏かつ臆病になるのに。
無視すると絡んできそうなので、簡単に説明しておく。
「強い魔物か珍しい魔物を最速で狩ればいい、という話です」
ゼットは見るからに単独参加なので、参加人数の点数はすでに満点だ。
となれば、もう本当に話は簡単なことである。
「おう、わかりやすいぜぇ」
それはよかったね。
というか、改めて考えると、本当に簡単で単純な方式にしたんだな、とわかる。
狩人たちにとってはいつもやっていることで、今回は少し厄介な獲物を狙って早めに仕事をする、というだけのことだから。
……案外ゼットみたいに形式を知らずに参加表明した者や、そもそも形式を理解できない者などに対する、簡略化した結果なのかもしれない。
「――それから、これが一番大事なことである! 今から各チームに一つずつ、赤色と青色の狼煙を渡す!
魔物を狩ったら、狩猟完了の証である青い狼煙を上げろ!
すぐに回収班が向かう!
赤い狼煙は棄権を意味する! 負傷者が出たり諦めたりした時などに上げろ!
こちらも、すぐに回収班を向かわせる!
夜でもちゃんと見えるよう調整してあるので、夜間でも安心して上げてくれ!」
お、これは俺も聞いてなかった奴だ。
そういえばそうか。
俺はフロランタンから登録した「怪鬼」があるから、それなりの大きさの獲物も回収できるが、普通は解体したり必要な部分だけ切り出したりして、持って帰るんだよな。
まあ、魔物を狩ったら青い狼煙を上げればいいと。
これも簡単な話である。
「――優勝したチームには賞金と副賞が出る!」
この辺りで、狩人たちは湧いた。
優勝したら、すごい大金とベッケンバーグの所有する金品を選んで貰える権利。
そして鍛冶場街のタツナミじいさんからの提供で、タツナミじいさんが武具を造ってくれるらしい。
俺はすでにナイフを造ってもらったけど……
でも、もしかしたら、タツナミじいさんが鍛冶仕事をするって、俺が想像する以上に難しいのかもしれない。
普段は金ではやらないとか、そういう偏屈な仕事の選び方をしていたりするのかも。
「――では、これで挨拶を終わる! 皆の健闘を祈る!!」
そう締め括って、ベッケンバーグは演壇から消えた。
ドン! ドン! ドン!
太鼓を打つ大きな音が、喧騒に重くのしかかる。
暴風に揺らされる山林のように騒がしかった広場の騒ぎは、一打ごとに増す重さにより静まっていった。
「――これより勇敢なる狩人たちの旅立ちとなる! どうか彼らの雄姿を皆で見守ってくれ!」
ベッケンバーグじゃない男の声が上がり、次の瞬間には歓声が上がった。
騒乱ともいえる混雑しかなかった人混みが割れ、道ができる。
歓声に彩られたその道を、俺を含めた参加者たちは歩いていく。
……やっぱり「メガネ」外しておいてよかったな。
すごい見られてるし。
「メイドのねえちゃんがんばれよ!」とか言われたりするし。すでに目立ち過ぎだ。
…………
弓はないが、俺にとっては久しぶりの狩りになる。
気合を入れて、頑張ろうかなっと。
どうせ優勝するし。
――狩猟祭りの狩人たちが街から出ていき、広場はまた騒ぎが始まる。
その時、とあるレストランの個室には、主催のベッケンバーグ、娼館街代表のアディーロ、鍛冶場街代表のタツナミの姿があった。
彼らはここまでの経過と今後の予定、賭けの状況と実際動いている金額、そして今後起こるであろう問題などの相談をしつつ、昼食を取っていた。
恐らく、狩猟祭りの達成チーム第一号は、夕方から夜になるだろう。
広間のはずれに参加チームが狩った魔物を並べ、観客を煽り、更に賭けや飲食で金を動かす。
だが初めての試みなので、いろんな齟齬や想定外の問題が起こるだろう。
散々話してきたが、未だにその辺の相談は続けている。
これは雛形である。
これほど大規模なイベントは、クロズハイトではなかった。
もし成功すれば、定期的にやってもよいだろうと考えている――ベッケンバーグだけは。
アディーロもタツナミも、今回限りの協力だと割り切っている。
まあ、時間さえ掛ければベッケンバーグだけでも開催はできるだろうが。
――そんな相談をしている時だった。
コンコン
「失礼する」
早速何か問題が起こったのだろう。ノックの音に間髪入れずベッケンバーグは「入れ」と命じると、回収班を任せている元狩人の大男が顔を見せた。
「――青の狼煙が上がった。回収しに行っていいんだな?」
「「…………」」
想定外の問題が起こったようだ。
夕方から夜だろうと予想していたのに。
ついさっき狩猟祭りが始まったのに、もう終わらせた狩人がいるようだ。




