173.メガネ君、かつてのリッセの仲間と遭遇する
あ、リッセがナンパされてる。
タツナミじいさんの店でナイフと銛を受け取り、さっきリッセと別れた場所に戻ると、同年代くらいの少年二人と談笑するリッセの姿があった。
ほう。
ナンパや恋愛事に興味なんてなさそうだったのに、リッセは嬉しそうな顔をしている。少年二人もだ。
これはお互いなかなかの好感触なのではなかろうか。
リッセに春が来たのか。
じゃあ、邪魔しちゃ悪いな。
「――お待たせ。串焼きだけ受け取ったらすぐ行くから続けてどうぞ」
すでにお使いを終えていたリッセの手には、俺が頼んだ魔豚の串焼きがある。
三人の邪魔はしたくないが、それだけは回収しなければ。
お金払ってるし。
「あ、エイ――やっときた」
俺が接近するのにも気づかないくらい浮かれていたようだ。
リッセにしては珍しい。
あと一瞬俺の名前を呼び掛けたな。これも珍しいミスだ。
「これが前に言ってた、現地で会おうって約束してた友達だよ」
え。
リッセの言葉は予想外で、一瞬意味がわからなかったが……
そうか。
この二人、ブラインの塔で会おうって約束してたっていう、かつてのリッセの仲間か。
そりゃ旧友と再会すればいくらリッセでも嬉しそうな顔の一つもするか。
ってことは、この二人もブラインの塔の関係者、暗殺者候補生なのか。
なるほど、道理でな。
リッセがナンパに乗るのはおかしいなーとは思っていたのだ。浮ついた男や軽薄な輩は嫌いそうだし。
話しかけられるとイヤだしあんまり目を合わせないでおこうと思ったが、少しだけ興味が湧いたのでチラッと見てみる。
一人は、サッシュ並みに目つきの悪い少年。小柄な俺より少し背が高い程度だから、彼も小柄なタイプだな。腰には剣を帯びている。
もう一人は……あ、すごいカッコイイ。
さらさらの明るい金髪に、透き通った青と緑の中間のような寒色の瞳。顔立ちは文句の言いようもないほど整っていて、背も高くて、どこぞの童話に出てくる王子様のようだ。
というか貴族感がすごいな。庶民感が薄いというか。着ている服がきちっとしていて上等っぽいのも拍車を掛けている。
どちらも「素養」は見えないが、佇まいだけで強者だとわかる。
特に王子様は強いな。
リッセより強いかもしれない。
彼の武器がわからないが、恐らくは接近戦が得意な戦士だとは思う。
まあでも、それはそれだ。
「そうなんだ。じゃあごゆっくり。――私は串焼きを」
リッセの仲間、後にブラインの塔で会う連中であっても、それはそれ。
俺にはあんまり関係ない。
「待て待て。紹介するから」
リッセの手から串焼きを受け取りさっさと去ろうとする俺を、彼女は止めた。
「今はいいよ。その機会はすぐ来るから。それより私がいたら邪魔でしょ」
「いや、それがさ、この二人も狩猟祭りに出るみたいでね」
へえ。
でもそれも、それはそれって話だろう。
むしろ俺とは敵同士になってしまう。やはり今じゃなくていいと思うけど。
「で、私誘われてるんだけど」
「誘われる?」
「狩猟祭りのメンバーに」
あ、なるほど。そうなんだ。
これから行われる大掛かりな狩り勝負は、採点に関わる部分なのでチームでの出場が認められている。
数という戦力を増やしてもいいが、増やした分だけ点数が下がるという仕様だ。
だから闇雲に参加人数を増やせば有利になる、というわけではない。
そして、リッセを誘うという選択は、限りなく正解に近いだろう。
魔物狩りに有効な「闇狩り」は、いるといないのとでは大きな差が出る「素養」だから。
「私、あんたと出てもいいかなって思ってたんだけど」
え? 俺と? そんなことを考えてたの?
……まあ魔物は強いし、基本的に単独で狩ろうなんて思わない方がいいのは確かだ。普通に危険だからね。命が危ない。
暗殺者の村では何度も一緒に狩りをしているし、リッセなら俺の動きの邪魔にならないし、俺も彼女の邪魔をしないと思う。
俺がどうしても誰かを仲間にしなければいけないと考えた時、リッセは間違いなく候補に入る。
でも、俺はその気はなかったんだけど。
「彼らと組んでいいよ。私は元々一人でやるつもりだったから」
ルールを聞いた時からそう考えていた。
そうじゃなければ、孤児院にいることを知っていて接触もしているセリエやフロランタンに、助っ人を頼んでいる。
俺からすれば、今日会えることを知らなかったリッセを、そのままいきなり戦力として期待し数える気はない。
だって最初から予定になかったんだから。
俺からすれば、彼女に会えたのは偶然なんだから。
「――おいおい。一人じゃ勝ち目なんてないどころか、死ぬぞ。魔物なめんなよ」
ついに目つきの悪い少年が話に入ってきた。
どうやら長居しすぎたようだ。串焼きを回収したらすぐ行くつもりだったのに。
「あ、そうですね。それでは失礼しまーす」
話がこじれる前に、早々に退散しよう。
リッセが何か言っているのを無視して、俺はその場から走り去った。