171.メガネ君、リッセと移動を開始する
今話すべきことは、だいたい終わったかな。
ほかのことは後からでもいいだろう。
「あ、それとエイル」
必要最小限の話が終わり、じゃあ行こうかと歩き出そうとした時。
「――あんたの『素養』っていくつあるの?」
…………
「そういうのって話題にしづらいものなんじゃないかな」
人の「素養」は軽々しく聞き出そうとしない。
それは常識であり、マナーである。
リッセはそういうところはちゃんとしていると思っていたのに。これじゃやっぱり軽蔑するしかないね。
「何その目」
リッセは軽蔑しやすいので、すでにそういう目で見ている。
「いや無理でしょ。私、あんたとゼットが戦ってるところ見てるんだから」
……ですよねー。
なんとかリッセがすっかり忘れていることを期待したり、ちょっと探られたところで煙に撒けないかと思っていたが。
どうやらどっちも無理みたいだ。
何せ驚くほどストレートに来たから。
誤魔化しようも聞き間違いようもなく、なんなら物理的に逃げようもない距離で来たから。
第一、今逃げ切れたところで、今後会わずに済むわけでもないしなぁ……
「エイルの『素養』、わかってるだけで四つあるんだけど。これって歴史上ですら存在しないくらい多いでしょ?
さすがに『薄々わかってるけどあえて確認しない暗黙の了解』で済ませる範疇にないでしょ。事が大きすぎる」
四つ。
順番に考えると、
「最大衝撃」
「怪鬼」
「爆ぜる爆音の罠」
「霧化」
の、四つだな。
ただし「怪鬼」は、「テーブルを投げた」という事実のみ。
ならばただの肉体強化と言い張れるかな。
フロランタンの「怪鬼」自体、珍しい上によくある同系統の強化能力より強力らしいから、この辺を明かすと更に面倒臭いだろう。
…………
そうだなぁ。
俺でも気になるだろうなぁ、さすがに。
明らかに仲間内で「複数の素養」を使い分けている奴がいたら、直接的に聞かないまでも密かに注目はするだろう。
よくわからないっていうのは、やっぱり怖いから。
しかもそんな奴がすぐ隣にいるとか、俺はかなり遠慮したいから。
ここで何も教えない、というのは、通用しないと思う。
リッセのことだから言いふらしはしないだろうけど、警戒している姿が態度には出ると思うから。そうなると自然と周囲に悟られてしまう。
むしろ逆に、多少の情報は与えて納得させておいた方が安全だろう。
リッセは口が堅いし結構義理堅い。
彼女なら多少知られたところで、誰かに言うこともないだろうから。
「詳しくは話せないけど、俺はちょっと変わった『魔術師の素養』があってね。正確にはいくつも『素養』があるんじゃなくて、『限られたものだけ複製できる』んだ」
嘘は言っていない。
この「メガネ」だって、結局は物理召喚の賜物だから。
だから俺は魔術師である。たぶん練習すれば普通に魔法も使えるんじゃないかな。
「複製……ああ、なるほど」
抜けている部分も多いが基本聡いリッセには、これだけで色々わかっただろう。
「一度見た『素養』は『自分で再現できる』とか、そういうやつなんだ?」
やっぱりわかったか。
そう、その手の『素養』があることは有名だから。
――問題は「再現できる素養」の数が、調べた限りでは圧倒的に「メガネ」の方が多いこと。
あと、正確には「一度見た」の意味が違うだろうな、ということ。
「使用された素養」そのものではなく、「俺が知っている素養の持ち主」を「視れば」、それだけで足りること。
更には「強制情報開示」で「知らない素養」も暴けるようになったし、「魔物の素養」も……冷静に考えると我ながらえげつないな。どう考えても俺には手に余る「素養」じゃないか。
…………
生涯誰にも話したくはなかったけど、さすがに仕方なかったと思う。
むしろ、リッセでよかったのだろう。
もしこれが、サッシュやフロランタンだった場合のリスクといったら……ああ恐ろしい。考えたくもない。
セリエも安全と言えば安全だけど、彼女の場合は将来の希望が本物の暗殺者で、いわゆる完全な国側の人間になるから。
もし国から何かしらの要請があれば、俺のことを話さざるを得なくなるかもしれない。
そう言う意味では、彼女も結構危険だ。
……そういえば。
「リッセは将来どうするの?」
「え? 急に何?」
いや、国側の人間になるのかな、と。
そうなると、やっぱりリッセも危険ってことになるんだけど。
「いや、これまで全然興味なかったけど、急にどうするのかなと気になってきたから」
「はあ。急に」
リッセの目が、ひたりと俺を見据える。
「あんたにしては露骨な話の振り方したね」
うん。そうだね。我ながら雑だね。
「まあリッセなら気遣いとかいらないかなって。面倒臭いし。そういうの必要な女じゃないでしょ」
「はり倒すぞ」
それはイヤだ。
「――たぶん密偵かな」
この辺は、誰に聞かれても大丈夫な話である。
端的に聞いてもわからないだろうしね。
話をしながら大通りに出ている屋台を見て歩き、ゆっくりと鍛冶場街へ向かう。
それにしてもすごい混雑だ。
もう九回くらいスられそうになった。
あと全然関係ないが、リッセは十一回くらい尻を触られそうになっていた。
全部避けるか手で叩き落していたけど――あ、十二回目。
どうも、すでに酒に酔っている連中もたくさん混じっているようだ。
気が大きくなっているのかなんなのか、無法なのをいいことに許されそうな悪事はばんばんやり始めているようだ。
というか、俺なんてもう二十六回撫でられそうになってるし。とある色白の女性に撫で回されたことを思い出すからやめてほしいです。
まあそんなこんなで、ゆっくり移動している。
俺はナイフを取りに行くために。
タツナミじいさんは、ぎりぎりでできるかどうかわからないと言っていたが、どっちにしろ確認はしに行く必要がある。
リッセは、この後は特に何もないので一緒に来るそうだ。
まあまだ俺にとって必要な話が終わっていないので、願ったりだ。
「冒険者に混じって、魔物狩りをメインにした国の使いになると思う。私のは『そっち向けの素養』だから」
ああ、「闇狩り」は魔物に強いから、戦士向きの「素養」だしね。姉もそっち方面に滅法強いし。
「エイルは?」
「修行が終わったら故郷に帰って狩人になる」
「勿体ない。それだけの力があるのに。もっと人の役に立つことしたいとか思わないの?」
うーん。
思わないでもないけど、気は進まないなぁ。
「目立つのが嫌だからね。日陰でひっそり生きていきたいよ」
「……本質がかなり暗殺者向きなんだろうね。残念だね。今は仕事がないらしいから」
いや、仮に仕事があってもやらないけどね。人殺しなんて。




