168.メガネ君、狩猟祭り当日を迎える
不思議な「素養」だ。
それに、人体の不思議でもあるのかもしれない。
握り拳大の石を握る。
石の表面には鉄が剥き出しになっていて、見るからに原石である。
――「魔鋼喰い」をセットし、発動する。
原石を握る手に、じりじりと小さな粒のようなものが浸食してくる。
石と手のひらの間で起こっていることなので見えはしないが、しかし、確かに感じている。
うーん……こんなもんか。
握っていた原石を置き、てのひらを見ると――原石に含まれている鉄の成分が、俺の手に入り込んでいた。
正確には、皮膚と同化している。
鉄の性質を残したまま。
つまり俺にとってはただの黒ずんだ手のひらに過ぎないが、俺以外にとっては鉄のように固い皮膚、となる。
何かに触れた感覚も触感も、元の皮膚のままだしね。
でも黒くなっている部分では、たぶんぶつけるようにして釘とか打てると思う。
これも「砂上歩行」と同じで、物理的な法則やら重力やら、そういう「理論では説明できない素養」に分類されるのだろう。
で、解除すると、さらさらと砂鉄となって手から離れる、と。
次は――自分の中の金属を動かす。
俺には理屈がよくわからないし、金属なんて食べた覚えはないのだが、俺の……いや、人間の身体の中には金属の成分があるようだ。
「魔鋼喰い」の試行をしていたら違和感に気づいた。
自分の身体の外にある金属以外にも、自分の身体の中にも微妙の金属的な……「魔鋼喰い」で察知できるものが流れているのを感じたから。
自分の身体に流れている金属を集め、小ぶりのナイフを造り出してみる。
やりすぎると気分が悪くなるので、これくらいが限界だ。
やはりこの体内にある金属、人体には必要な成分なんだろう。
色々と試している最中――やはり自然と、ゼットと対峙した時のことを思い出してしまう。
たとえば、あいつの身体のタトゥーは、すべて金属を取り込んだ跡なんじゃないか。
そう考えれば、裸でいたことも説明が付く。
もしあのタトゥーが金属を取り込んだものだと言うなら、ゼットはたぶん、身体から金属……剣や槍といった単純構造の刃物全般を出せる。
極端なことを言うなら、いきなり腹から剣の切っ先が飛び出したりするかもしれない。
というか、するだろう。
だから裸なのだ。
どこからでも刃物を出せるように、そして服がダメになるのを防ぐために。または、普通に裸の方が操りやすいのかも。単純に服が邪魔とかで。
そしてもう一つ、人体に流れる金属について。
試行の結果、これが操れるとわかったおかげで、ゼットの脅威がはっきり明確に理解できた。
かつて一国の王に成り上がった英雄の強さの秘密は、きっとこれだろう。
――他者の人体に流れる金属をも操れる、という事実。
すごく簡単に言うと、ゼットは敵対者の体内から金属で攻撃ができる。
もちろん致命傷だって狙えるだろう。
心臓を一突きすることだって可能なはず。
恐らく間違いないと思う。
現に俺は、その力の片鱗を、自分の身で味わったから。
あの夜、ゼットに攻撃を加えた瞬間、自分の体内にある金属が針状となり腕に刺さった――いや、体内から露出したのだろう。
何気に不思議だったのだ。
ゼットに刺されたわけではないし、ゼットが何かした感じもなかったから。
あの現象が、きっとそれなのだ。
…………
いやあ……知れば知るほど、なんというか……
ゼットには二度と会いたくないね。
戦うなんてとんでもないね。
「――エル様。朝食の時間です」
おっと。
どうやら今朝の自由時間は終わりのようだ。
広げていた原石だの砂鉄だのを片づけ、ナイフの金属分も自分の身体に戻し、荷物袋に詰める。
「――よし、と」
室内を見回し、忘れ物がないことを確認すると、ドアを開けた。
「おはようございます、エル様……あれ?」
そこには俺専属になっていたメイドの彼がいて、出てきた俺の姿を見て首を傾げた。
まあメイド服なのはいつも通りだし、ばっちり化粧もしているが。
いつもと違うのは、俺が荷物袋を背負っていることだ。
「短い間だったけど、お世話になりました。俺はもう出ていくから」
「えっ!?」
えっ? そんなに驚くことかな? なんか予想外に驚いてない?
娼館街のこの屋敷にいるのは、今日で最後だ。
これから行われる狩猟祭りが終わったら、ここには戻らず拠点を移すつもりだ。姿をくらますのも兼ねて。
「も、もう少しいるんじゃないんですか!?」
「違うけど」
「急すぎませんか!?」
「あ、ごめん。言ってなかったね」
ちなみにダイナウットには伝えてある。
着ているメイド服だのなんだの一式が欲しいと伝えた時に、一緒に。
そして、確かにメイドの彼には話していなかった。
「お世話になるのは昨日までで、今日はもう出ていくんだ」
「言うの遅いです!」
そう? ……別れを惜しむほど深い仲じゃないはずだけどなぁ。
「……出て行くんですか。寂しくなるなぁ」
え、そう? そこまで思うほどの仲じゃ……
…………
「俺も少し寂しいよ」
女装のしかたや化粧を教えてもらったり、下着とも思えない下着を見せさせたり、付き合いこそ浅いけどなかなか濃いめの時間をともにしたのは確かだ。
そう思ったら、俺も彼に、多少の情は湧いているのに気づいた。
決してすれ違っただけの他人、なんて言えやしない。
「あの……また会えますか?」
ん?
「どうだろう。わからないかな」
戻ってくるつもりはないが、理由があればまた来るだろう。
……というか、だ。
「俺に何かあるの?」
濃いめの付き合いはしてしまったが、付き合い自体は浅いと思うんだけど。そんなに愛着が湧くものなのかな?
「……エル様がセヴィお嬢様と結婚して、ずっとここにいないかなぁと思ってました……」
…………そんなこと思ってたのか。
よし。
できる限り、もうここには戻らないでおこう!




