167.ブラインの塔にて 3
「――狩猟祭りですか?」
子供たちのおやつを作りながら、ハイドラは日ごと盛り上がりを見せているイベントの話題を振ってみる。
「わたしは出る気はないですが、サッシュ君は出るみたいですね」
ハイドラ目線では、サッシュはすでにブラインの塔に到着しているのだが。
しかし、なんだかんだと毎日孤児院に顔を出している。なのでセリエやフロランタンとはよく顔を合わせている。
――そわそわしているのが、手に取るようにわかるのだ。
どうやらサッシュは、自分がブラインの塔に到着していることを話したいようだ。
だが、セリエもフロランタンもまったくその話をしない。
理由まではわからないが、サッシュは自分からは言うまいと決めているようで――だからそわそわしている。
たぶん聞かれたら素直に話し、なんならブラインの塔の場所も教えるつもりがあるのだろう。
様子を見る限りでは、フロランタンはともかく、セリエはサッシュの態度から薄々感づいていると思う。彼女は鈍そうに見えて鈍くはない。
「それより今は、お祭りより『素養封じ』の方が気になりますね」
それは確かに。ハイドラも気になっている。
「ところで――」
情を感じない冷たい笑みを浮かべて、セリエはハイドラを見る。
「どうやって盗んだんですか?」
対するハイドラは、いつも通り微笑んだ。
「秘密」
セリエがどういうつもりで聞いているかはわからないが、冗談であれ本気であれ、ハイドラは話すつもりはない。
自身の「素養」に関わるものでもあるし、今後の生活にも差し障るので、手口もやり方も明かす気はない。
「なかなか教えてくれませんね」
なかなかも何も、そもそも話す気がないのだが。
変に刺激するのもイヤなので、何も言わずに笑っておいた。
「素養封じ」に関しては、これ以上の調査が難しい段階に入っている。
まず、孤児院にちょっかいを出してきた連中は、商業街の大店の道楽息子たちだ。
元々素行がよろしくない者たちだったが、流れてきた悪い連中と仲良くなって、気が大きくなって勢いでやってしまったようだ。
元はそんなに本気ではなかったのだろう。
貧民街を根城にし犯罪者を束ねる「ゼット」の名前を使って、ほんの少し貧民街で遊んでやろう――それくらいの悪ふざけだったんだと思う。
ゼットをよく知る者なら、絶対にしない。
彼をよく知らない流れてきた悪い連中が、隙あらばゼットと取り替わってやろうという野心はあったのかもしれないが。
野心を抱くには、あれは相手が悪すぎる。
ちなみに、ゼットたちが探している「ゼットの名を語った流れてきた悪い連中」は、未だ見つかっていない。
こうも見つからないのでは、もう街を出ているかもしれない。
まあ、ゼットなら、追いかけていく可能性もあるが。
彼らは舐められるのが嫌いだから。
それと、聞いてはいないが、問題の道楽息子たちはとっくになんらかの罰や、けじめは付けていると思われる。
貧民街にはまったく縁がなかったので知る者は少なかったが、それでもこの街の住人である。ならばすぐに見つかる。
そんな悪い連中が孤児院に来た時のことだ。
一回目の訪問はハイドラとセリエが適当にあしらい、二回目の訪問はハイドラたちへの報復という形になった。
そこで道楽息子の一人が取り出したのが、「素養封じ」が入っているという小さな箱である。
――効果は本物だった。
箱の蓋が開いている間、ハイドラの「素養」が使えなくなった。その時現場にいたセリエとフロランタンも、支障が出たそうだ。
まあ、実力で問題なく掃除しておいたが。
「素養封じ」。
いろんな意味で気になるアイテムだった。
特に形式だ。
誰かが造った魔道具の類なのか、それとも現代の魔術や技術では再現できない古代魔道具なのか。
その見極めをぜひともしたかった。
だから、とある夜にハイドラは、持ち出してきた道楽息子の住む大店から「素養封じ」の箱を盗み出したのだ。
生憎箱を開けるカギが見つからず、箱だけの回収となったが――時間さえあればカギはなんとかなるので、問題ないとした。
まあ代わりの問題として、中の「素養封じ」の条件がわからないので、無暗には開けられないことだが。
カギを掛けなければ効果が続くんじゃないか。
発動状態がしばらく続いたら、「素養封じ」自体の効果がなくなったりしないか。永続するものなんて滅多にないのだから、その警戒もするべきだ。
推測だけで「軽い気持ちで開けられない」と結果が出ているので、結局箱の中身の確認はまだできていない。
正直、何か物が入っているのかどうかさえ、わからないままだ。
そして。
街の噂や様子を探り、情報をまとめてみると、ここで調査は止まることになる。
あの「素養封じ」は、クロズハイトの誰かが造ったものではなく、街の外から持ち込まれたものだった。
更に言うと、どうも栄光街のベッケンバーグが大金をはたいて、どこかから仕入れたものらしい。
ベッケンバーグのコネクションは、彼しか知らないし利用もできない。
直接ベッケンバーグの住む屋敷に届けなかったのは、そんなことをしたら周囲に「大事な物が運び込まれた」と周囲に知られるからである。
なので、一時ほかの輸入品と一緒に、ベッケンバーグの支配下にある大店に預けていたのだが――
経緯はわからないが、荷物の中身を知った道楽息子が、その一時預かりの間に勝手に使ってしまった。
そして、ハイドラに盗まれたわけだ。
こうしてベッケンバーグが大枚をはたいた「素養封じ」は、今はセリエが持っている。
表向き、問題の大店に動きや処罰がないのは、ベッケンバーグの意向だろう。
責任を追及しようが、責任者の首を切ろうが、店を潰そうが、彼に得はないから。
まあ、しばらくは利益のほとんどは吸い上げる的な、経済的罰でも与えるのだろう。
話は戻るが、つまり、ここから先の「素養封じ」の情報は、ベッケンバーグから聞くしかないということなのだが――
彼も無法の国でのし上がった男である。
口を割らせるのは簡単じゃない。
特に「大事な商売」の「守秘義務」に関わる場合は、死んでもしゃべらない可能性がある。
彼自身は割と小悪党のようだが、気骨だけは本物と言ってもいい。
その辺の筋はかならず守る。
だからこそ、こんな裏切りが多い場所で、彼の味方は多いのだ。敵も多いみたいだが。
というわけで、今後のことはセリエに任せるつもりで箱を譲った。
ブラインの塔の教官役に見せた方が情報が入りやすそうだが――その判断もセリエに委ねた。
――もしもの時、ハイドラは孤児院を離れられないから。
ハイドラがここに住んでいる理由は、ブラインの塔の窓口となるためだ。
ブラインの塔のことを聞きに来た候補生を、塔まで連れていく役割を言い渡されている。
そしてセリエたちの班が全員塔に辿り着くまで、塔と孤児院を行き来するハイドラの二重生活は続くのだ。
「――メシー! おやつー!」
「――おやつーおやつー!」
「――砂糖をなめたあと塩をなめて味の緩急を楽しみたーい!」
「――一番大きいのはうちのじゃ! 一番大きいのはうちのじゃけぇ!」
手を洗ってきた子供たちが、わーとやってきた。
「――ちょっと待っぐっ!? ……腰がぁ……っ!!」
遠慮のない勢いで子供たちに後ろからぶつかられたセリエは、今度は腰を強打したようだ。
「はいはい。皆さん、手伝ってくださいね」
「「はーい」」
一気に人口密度が増した台所で、フロランタンなどの大きな子供に手伝ってもらい、騒がしくパンケーキを作ったのだった。
そんな日々から数日を経て、狩猟祭りが始まる。