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161.メガネ君、前向きに検討するが……





「――それで、だ。エイル」


 うわ。タツナミじいさんニヤニヤし出した。

 これ絶対なんか企んでるだろ。


「結果だけ言うと、俺はサッシュとの賭けに負けたんだ」


 賭け、というと、壊王馬(キングホース)女王(クィーン)を仕留められるかどうか、って話だな。


 もし仕留めたらブラインの塔のことを教えるのと槍を造ることを条件に、サッシュとタツナミじいさんが交わした約束事だ。


「俺ぁ博打打ちじゃねぇからよ。サッシュが本当に女王(クィーン)を狩れるかどうかなんて、よく考えずに返事しちまった。

 その場の勢いというか、話半分に聞いて『はいはい』ってな」


 ああ、はい。


「子供のワガママみたいに聞き流したと」


「そうだ。そういう賭けってのは、失敗したらどうなるかも決めるもんだろ? でもその手の約束は果たされた試しがねぇからよ。


 失敗して死んだら帰ってこねぇし、どうせ命は無事でも逃げ出して果たされねぇだろ? 俺に得なんざ一個もねえ。


 そもそもそういうやれるか否かを賭けにできるような魔物なら、数年もほったらかしなわけがねぇ。


 気軽にそういうのができねぇくらい強ぇんだ。

 派手に失敗したら本気で命を落とすような魔物なんだからよ。


 あんなポッと出で自前の槍さえ持ってねぇような小僧に女王(クィーン)が狩れるかよ、ってな。だから端っから乗る気はなかった」


 そうだね。

 この街には強い人もたくさんいるしね。


 その人たちがいても女王(クィーン)が野放しだったんなら、この街に来たばかりでよくわからないサッシュにやれるか、って話にもなるね。


 まあ、その人たちが女王(クィーン)に挑んだことがあるかどうかはわからないけど。

 サッシュが仕留められたのなら、全開のゼット辺りならきっと勝てそうだし。


「その結果として、サッシュはやり遂げて俺は賭けに負けちまったわけだ」


 そうだね。女王(クィーン)の亡骸は見てきたし。やり遂げたみたいだね。


「ブラインの塔はともかく――あの野郎に合わせた槍のことは消耗品も技術代も全部俺持ちだぜ?


 正直悔しいだろ? 乗ったつもりのない賭けに負けたのも実際の損害もよ」


 まあ、悔しいかもね。


 ちゃんと賭けをしたならまだしも、適当に聞き流して返事したことを「さあやり遂げたぞ、さあ約束だ、さあ果たせ」と言われても、正直困惑しかしない気がするし。


 でも、それでもタツナミじいさんは、果たす気にはなっているみたいだ。

 口調からして、ブラインの塔の場所を教えて、これから槍の作製に入るのだろう。たぶん女王(クィーン)の角が素材に使われる、のかな。


 適当な約束でも約束は約束だから、って不承不承ながらも、タツナミじいさんはやる気ではあるんだろう。


「そこでてめぇの登場だ」


 …………登場ねぇ。


 そうだね。

 嫌な予感しかしない、っていうね。


「――てめぇ一回俺の駒になれ。そしてサッシュと勝負しろ。そしたら勝っても負けてもナイフはロハで造ってやる。どうだ?」


 ほらまたー。面倒なことをー。


 …………


 あれっ?


 これ、あんまり悪い話じゃないぞ?





 長々とサッシュとの経緯を話し出したから何事かと思えば、そうか。そういう感じでまとまるのか。


「もう一度サッシュと賭けをして勝ちたいと。そういう話だね?」


 俺の言葉に、タツナミじいさんは膝を叩いて「その通りだ」と頷いた。


「まあ正直、勝ち負けは二の次なんだ。ただ、適当にやって適当に負けちまったことが許せねぇ。


 ずっとすっきりしてねぇ。ずっと腹に据えかねてんだよ。

 こんな状態で良い槍が造れる気もしねぇ。


 今度こそ、勝つために賭けをしてぇ。

 いや、願望だけで言えば、ちゃんと賭けになる賭けをしてぇんだよ。


 負けなら負け、勝ちなら勝ちって、はっきりすぱっとな。今は知らない間に負けたことにされてるようで癪に障ってんだよ」


 勝ち負けはどうでもいいからとにかく正々堂々勝負したい、って感じだろうか。


 俺は、賭けは負けたら悔しいから、あんまりやりたくないけどね。相手に恨まれることもあるし。踏み倒されることもあるし。人間関係が悪化する原因になりそうだし。


 まあそもそも人間付き合いが希薄だろ、って節もあるかもしれないけど。


「前向きに検討はしたいんですが、賭けの内容に寄ります。正面切ってケンカしろ、と言われても俺に勝ち目はないですよ」


「わかってるよ。サッシュは女王(クィーン)を仕留めるような奴だ。そんなのとまともにやり合って勝て、なんて無茶は言わねぇ。


 そうだな……あいつから聞いたが、てめぇは本物の狩人なんだろ?」


 それも話したのか。サッシュめ。バカ。


「だったら、特定の魔物を先に狩った方の勝ち、って競争みたいなのはどうだ? わかりやすいだろ?」


 まあ、それなら俺に勝ち目もありそうだけど。


「勝っても負けてもナイフは造ってくれるんだよね? なら俺が手抜きして、サッシュに勝たせてさっさと勝敗を付けてもいいの?」


 現在の所持金で頭金にしかならない、と言っていたから……正確な額は聞いていないが、そこそこの出来のナイフを何十本分も買えるほどの大金が必要になる。


 それを無料(ロハ)にしてくれる、というなら、やはり決して悪い話ではない。

 労働に対する対価、と考えれば、高すぎるくらいだ。


「ハッ、構わねぇよ! そん時ぁとことん俺には博打打ちの才能がなかったってだけの話だ! まあそもそもを言えば、賭け自体が目的だしな! 勝敗なんざどうでもいいぜ!」


 しかも、勝っても負けてもいいと言う。

 手を抜いてもいいって言っている。


 つまり、一仕事すれば確実にナイフを造ってくれる、という確約が得られるわけだ。


 ……笑ってそう言われると、逆に手を抜きづらいけどね……


「それにベッケンバーグの件もあるしな」


 ん?


「ベッケンバーグさんが何か?」


「……――まあ、何やらてめぇもあいつと縁があるみてぇだし、てめぇには話してもいいか」


 一瞬考えたようだが、タツナミじいさんは俺には話してもいいと判断したようだ。


 ……俺はちょっと、話を振って後悔してるけどね。


 あんまり知らなくてよかった話かもな、と。

 だって、聞いたら無視できなくなることもあるから。





「この街では、墜ちる時はあっという間なんだよ。

 ちょっとしたつまずきで、一気に最下層まで転落する。


 それがわかってるからベッケンバーグは、払える金がなくても俺んとこ来たんだ。早く踏み止まらないと転んで怪我しちまうからな。


 怪我で済めばまだいいが、転んだところを誰に狙われるかわかんねぇしよ」


 その「つまずき」っていうのは、今回はゼットの強盗事件のことだな。

 さっきの剣幕を見るに、かなりごっそりやられたっぽいし。


 犯人から取り返すにも、また稼ぐにも、時間が必要だもんな。


 きっとベッケンバーグは、「今」をしのぐために走り回っているのだろう。「今」さえしのげば、「彼の素養」からして、いくらでも稼げるだろうから。


「あの人はなんの話をしに来たの?」


女王(クィーン)の買い付けだ。全部買い取らせろ、ってな」


 ほう。


「まあ要するに、ベッケンバーグの人気取りと、権力と財力の誇示だな。――まあそっち方面はどうでもいいんだが、引っかかるのが流通なんだよなぁ」


 と、タツナミじいさんは腕を組む。


「これまで目ぼしい魔物は全部あいつが買ってきた。それから食肉だの骨だの牙だの市場に回るんだよ。あいつ経由からな。


 この街に広めるだけならベッケンバーグじゃなくてもいいが、外との輸出輸入となると難しいんだ」


 流通か。

 そういえば、昨日アディーロばあさんもリッセに似たようなことを言っていたな。だから殺すな、と。


「俺は俺の信念に則って追い返した。

 ずっと続けてきたことだ、例外を認めていいことなんざねぇからな。一つ例外を認めたらまた認める時が絶対来る、世の中そんなもんだ。


 だが、実際ベッケンバーグの提案も無視はできねぇんだ。あの話を蹴ったらどうなるかわからねぇ。


 あいつはほら、見ての通り、腹に抱えているモンと背負ってるモンが多すぎるだろ? 転んだら怪我をするのはあいつだけに留まらねぇ」


 腹に……それは脂肪的な意味じゃなくて、比喩ですね?


 ベッケンバーグと手を結んでいる人たちや下にいる人たち、コネ関係も、彼と癒着している分だけ被害と損害が出ると。

 で、それらに付け込んで野心家たちが群がってくる、と。そんなところかな。


「まあどうなろうとも、好い方には転ばねぇだろうな。きっと弱い奴から順に死んでいくだろうぜ。

 つまり実害を考えると、あの話は蹴れねぇんだよ。


 あの野郎も、それをわかっていて来やがった。

 直接来て頭を下げるほど危機に陥っているから助けろ、ってサインだ。


 野郎とも付き合いが長ぇしな。あそこまでされちゃ断れねぇよ」


 ……ふうん。


 さっきはケンカしているようにしか見えなかったけど、それは表向きの話だったと。人間関係って本当に複雑だな。


 というか、利害関係はあっても目的が一つに向かっているからか。


 ベッケンバーグもタツナミじいさんも、結局はこの街の安定と存続に向いている。


 「弱い奴が死ぬ」、という状況だけは避けたいようだ。

 このフレーズを聞いたのは、昨日の夜、アディーロばあさんからだ。だからきっとあの人も同じ方向を向いているのだろう。


「あの野郎のことはカツミに骨を折ってもらおうかと思っていたが、そこにもまたてめぇだ」


 え、俺? 俺ですか? うっそだー。俺の出番なんてないよー。


「ベッケンバーグと面識があるなら話は早ぇ。


 この賭けにあいつも一枚噛ませてやってくれ。でもって奴に勝たせてほしい。角は無理だが、馬は全部あいつにくれてやる方向でな。きっとそれが一番いいだろう」


 噛ませろ、って言われてもなぁ……


「賭けの詳細がわからないと、噛ませようがないというか」


「お、そうか。やる気になってくれて嬉しいぜ」


 ……やるとはまだ言ってないんだけど、すっかりやる方向で話が進んでるなぁ……


 まあ、確かに、この話は俺に損がないから、やる気はあるけど。

 街の存続だのなんだのは、俺には関係ないから。俺はナイフのために一仕事するだけ。そっちはそっちで勝手にやってくれればいいし。


 相手が魔物ならなんとかなるだろう。

 大抵の魔物なら、「闇狩り」付きの矢がするっと、急所である獲物の頭に無理なく突き刺さるのだ。固く厚い頭蓋骨なんかもかなり弱体化させられるみたいだから。


 だから、よっぽどの魔物じゃなければ、俺にも充分勝機は…………





 …………


 そういえば、俺は今、弓がなかったっけ。






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