159.メガネ君、翌日も支配者と遭遇する
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「――おい、準備できたか?」
おっさんと並んで壊王馬の女王なる特大サイズを見ていると、もう一人同じ作務衣を着たおっさんがやってきた。
「ああ、今からやる。というわけで嬢ちゃん、これから仕事でこいつに刃物を入れるんだ。外してくれるかい?」
あ、これからいよいよ解体するのか。
「見ててもいいですか?」
初めて見る魔物の解体作業はぜひ見ておきたい、のだが。
「解体はまだだ。俺たちが今から取るのは頭の角だけだ。
昨日仕留めたばっかだし、この大きさだからな。血抜きが終わるのも今日一杯は掛かるだろうぜ。
どうしても見たいなら明日また来な」
そうか。
魔物が内包する魔核を取らなければ、何日かは腐敗も死後硬直もしないのだ。
これだけの大物となれば魔核も大きいだろう。
二、三日どころか、もっと長く鮮度を保っていられるかもしれない。
「では失礼します。お邪魔しました」
正直、角を切るところも見ていたい気はするが、これ以上ここにいても邪魔にしかならないだろうから、言葉通りどこかへ行くことにする。
――あ、そうだ。
「魔物の牙の加工を頼みたいのですが」
この人たち鍛冶師だよな。
しかも、金属や鉱石だけではなく、魔物の素材も扱うってのは間違いないよな。
だったら、俺の用事はこの人たちに言うべきなんじゃなかろうか。
「牙? なんの魔物だ?」
「黒皇狼、と言われています」
「「なんだと!?」」
やはり職人らしく、この手の珍しい素材には敏感なようだ。
冷めた顔をして相方を待っていた後から来たおっさんも、急に盛り上がり出した。
わかる。
俺も一狩人として、初めて黒皇狼を見た時はそれはもう……まあ俺のことはいいか。
黒皇狼は誰もが知っているほど有名であり、また希少な魔物である。やはりクロズハイトでも扱いは似たようなものらしい。
「おお、これは確かに……」
「そこらの牙と比べて密度が違うな。かなり固い」
一応、物を見せて確認してもらう。
牙を渡してきたロダを疑う気持ちはない。
が、俺がこの目で黒皇狼から取ったところを見たわけではないので、「なんらかの事情で違う魔物の牙だった」という可能性もなくはないのだ。
あと、さすがにこれは入国の際に取られた「メガネ」とは物が違う。
もし取り上げようとしたら、何があろうと何をしようと取り返すつもりだ。
「扱ったことあるか?」
「いや、加工済みを見たことがあるだけだ。削った経験があるのは親方くらいじゃねえか?」
鍛冶師二人はそんな会話を交わして、牙を返してくれた。
よかった。
返してくれなかったら、有無を言わさずボコボコにするところだったから。
仲間を呼ばれたり武器を持たせたりする前に、ボッコボコにするしかないと思っていたから。
「カツミ、店に連れてってやれよ。俺はこっちの準備をしておく」
「そうだな。客だしな。じゃああと頼むわ」
そんなやり取りを経て、カツミと呼ばれた先に来た鍛冶師が、俺に向き直る。
「――その牙な、たぶん俺の親父が加工できるからよ。今から案内するよ」
親父……おとうさんか。二代でやってるのか。
「作業中にすみませんが、お願いします」
「はは、構わねえよ。まだ始めてねえし、嬢ちゃんはちゃんとした客だしな」
鍛冶師カツミに案内され、距離はあるが隣にある建物に向かう。血や獣の臭いが土地や建造物に染みつくから、作業場や生活圏は離しているのだろう。
そこは普通の店のようで、鉄っぽい金属プレートに彫り込まれた金槌模様の看板が掛かっていた。
「おふくろ、親父いるか?」
ドアを開けた先には、ごちゃごちゃといろんな物が所狭しと転がっていた。
パッと見る限りでは、巨大な鉄だか何だかの原石に、鍋だのクワだのもあり、剣や槍やモーニングスターや、鎧まである。
人が歩ける場所だけ、獣道のように石畳が露出している。
その奥に、カウンターに座る老いた女性が一人。
「呼ばれて出ていったよ。きっと工房だね」
「あっちか。じゃあ嬢ちゃん、少しここで……」
待ってろ、とでも言いたかったんだろうが、カツミはしばし考え込んで言い直した。
「持ち込んでる物が物だもんな。紛失したら責任が取れねえ。一緒に来てくれ」
店には入らず、今度は工房へ向かう。
――道中に聞いたところ、カツミの父親は凄腕の鍛冶師だが、かなり仕事と相手を選ぶそうだ。
黒皇狼の素材ならきっと加工してくれるだろうが、ここで大事なのは「本当に黒皇狼の素材かどうか」である。
しつこいようだが、俺は直接黒皇狼から抜いた牙を渡されたわけではない。
ロダを疑う気はないが、ロダだって知らないところで偽物を掴まされていたり、すり替えが行われていたりするかもしれない。
というわけで、直接見せて判断してもらう必要があるわけだ。
普通ならカツミやお店の受付をしていたおばあさんを通すのだが、黒皇狼の素材は大変貴重である。
たとえ一時的にでも預かるのは嫌だ、というのがカツミの判断である。
まあ、事件が多い場所だからね。
誰かにすられたり、奪われたりして失くしたら、シャレにならないよね。俺だって紛失なんてしたらすごく困るから。
だから、俺ごと連れて行って直接素材を見せろ、と。そういうことである。
「まあ偏屈で頑固なジジイだけど、腕は確かだからよ」
ああ、職人気質なんだね。
次に案内されたのは大きな石造りの建物で、まさに工房という体である。鍛冶場街にいくつもある鍛冶場の内の一つって感じだ。
まだ今日は火を入れていないようで、金属を叩く音も、金属を溶かす熱も感じられない。
その代わりに、男同士の怒鳴り声が聞こえてきた。
……うん、どうやら取り込み中みたいだね。
「まったく。親父、また客と揉めてんのか」
どうやら本当に偏屈な人らしい。気難しい人だったりもするのかな。嫌だなぁ。どうせ接するなら穏やかな人がいいのになぁ。
…………
あれ? なんか声に聞き覚えがあるような……?
「少し待て」というカツミの言葉に頷き、興味本位で開けっ放しの両開きドアから中を覗くと……
案の定というか予想通りというか、知っている顔があった。
――昨夜色々あった、栄光街のベッケンバーグである。
あの仕立てのいい貴族のような服に太った体型は間違えようもない。相変わらず野心溢れる顔してるなぁ。あと護衛が二人いる。
「金なら後から払うって言ってるだろうが!」
「うちは即金即決でしかやんねえって知ってんだろうがこの野郎! 例外はねえんだよ!」
そして、場違いな格好のベッケンバーグと言い合っているのは、カツミと同じ作務衣を着た、綺麗に白髪になった小柄なおじいさんである。
「だから! 担保を出すと言っているだろうが! 宝石でも権利書でもいい! 屋敷でも構わん! とにかく今は持ち合わせがないんだ! 金なら数日で作れる!」
「何度も言わせんな成金野郎! 即金即決が俺の流儀なんだよ! 金を払わねえ奴とは仕事はしねえ! 叩き出すぞこの野郎!」
なんというか……おっさんとおじいさんが最大声量で言い合っている。なんだかすごい光景だ。というか二人の覇気がすごい。二人とも朝からみなぎってるなぁ。
「ベッケンバーグさんよぉ! あんたはいつだって俺の流儀に合わせて現金で払っていただろうが! 今度もそうしろっていってるだけだろうが!」
「う……盗られたんだよ! 金を!」
あ、昨日のゼットのアレか。
こんなところでベッケンバーグが何を揉めているかはわからないが、昨夜のアレの影響が間違いなく出ているわけだ。
「そりゃぁご愁傷様だな! だがそれはてめぇの都合だこの野郎! 例外は認めねえ! 何があろうと俺と仕事したけりゃ即金で払え!」
「なんだと!? この俺を本気を怒らせる気か、タツナミ!? てめえ一人を消すなんて簡単なんだぜ!?」
ん? タツナミ? あのおじいさんが?
「あぁ? 誰に向かって言ってんだ小僧! こちとらくだらねえ脅し文句ならてめぇが生まれる前から聞き飽きてんだよ! 出直しやがれこの野郎!」
そういえばアディーロばあさんからタツナミという人に手紙を預かっていたな、とぼんやり考えていたら……向こうの揉め事が一段落したようだ。
「クソ! 絶対許さねえからな、タツナ――あ」
あ。
ベッケンバーグと目が合っちゃった。




