158.メガネ君、鍛冶場で馬を見る
つまりだ。
「ここでは『狩人』の役割が違うんだね」
セリエの説明を聞いて、俺はそう結論を出した。
俺が学んだ狩人とは、魔物以外の動物を狩る仕事のことである。
正確に言うと、人の生活に必要な動植物を狩ることである。
もっとも、狩り場には魔物が付き物なので、無視することはできないが。
なので、「食べられる魔物」を狩ることも狩人の仕事の領分に含む、と、俺は師匠に教えられた。
あと魔物関係は、害獣駆除の役目もあるので、やはり無視はできない。
で、この街で言うところの「狩人」とは、いわゆる普通の冒険者の役割になるらしい。
「そういう認識でいいと思います。エイル君は普通の動物も狩っていましたが、この街の狩人は、基本的に魔物を狩るのがお仕事になっているそうです」
冒険者と言うなら、魔物討伐のほか護衛や採取なども仕事に含むが。
この街で言うところの「狩人」とは、ストレートに「魔物を狩る者」という意味になるそうだ。
つまりサッシュは、クロズハイトに着いて早々魔物狩りの狩人になったと。
そういうことらしい。
なんというか、ここには冒険者ギルドがないんだろうね。
だからそれに代わる役割を担っていた人たちが、後に「狩人」と呼ばれるようになったとか、そんな話なんだと思う。
「まあ納得はできるよね」
「そうですね。噂になるくらいですから、この街にいる狩人と比べて腕がいい方なんでしょうね。サッシュ君、強かったですし」
そう、サッシュは強いからね。
その辺の魔物なら単独で普通に狩れるだろう。
中距離から不意打ちの一突きで急所を突ければ、それで終わるからね。厳しい訓練を経た今のサッシュなら、それくらいは簡単にやれるだろう。
やっぱり「即迅足の素養」は偉大だ。
もっとも、今は「素養」なしでもかなり強いと思うけど。
「で、なんでサッシュは狩人に?」
「そこまでは……本人に会ったわけではないので」
そうか。まあそうだね。
サッシュは初対面には心を開かないタイプだし、簡単には周囲に漏らさないか。噂になりようがない。
「ただ、狩人たちは武具の手入れの関係から、鍛冶場街周辺に住んでいる人が多いみたいです。
鍛冶場街の方でも、彼らを支援する向きがあるらしく、あの辺り一帯は狩人のテリトリーになっているとか」
……なるほど。
「鍛冶場街は戦力を抱えていると」
「やっぱりそう思います?」
「当然。というか結構露骨だと思う」
鍛冶場街は、そうやって狩人を抱えることで自衛しているのだ。
もちろん食料や毛皮といったものを街に回すことで、立場も成立させている。
アディーロばあさんやベッケンバーグは、自分たちのテリトリーを守るために手を尽くしているようだが。
恐らく鍛冶場街は、特に誰かが表立って自治を行っているわけではないだろう。
鍛冶仕事は別としても、食料などの調達に鍛冶場街は必要。
だから潰すことはできない。
それに狩人が多くいるので、騒ぎを起こせばすぐに対処される。
あと自分たちの相互関係で無駄なく利益を循環できるだろうから、よそのテリトリーへの進出なんかも考えていないのだろう。
つまり周囲から見て、脅威にもなっていない。
鍛冶場街が鍛冶場街として機能している限り、よっぽどのバカじゃなければ、そこで何かをしようとは思わないだろう。
そのまま置いておいた方が利が多いから。
というか、とにかく敵に回したくないだろうし。
そういえば、夜間調査でも、あの辺には人がまったくいなかったもんな。
栄光街なんかでは門番が立っている屋敷もあったのに。
きっと、見張りだのなんだのが必要ない、そういう場所なんだと思う。
――何はともあれ、都合はよかったかな。
ちょっと寄り道はしてしまったが、これから鍛冶場街まで行くところだ。
もしかしたらそっちでサッシュのことも何かわかるかもしれない。
「話は少し戻りますが、サッシュ君のことも、鍛冶場街で聞き込みすればもう少し詳しくわかると思いますよ。
もしかしたら本人が鍛冶場街に住んでいる、ということもあるかも」
はい。今同じことを考えてました。
まあセリエの話で、彼は無事に活動していると知ってしまったので、わざわざ探す理由もない気がするけど。
リッセじゃないけど、ベッケンバーグの「全員死んだ」という嘘を否定するには、やはり全員の安否を確認するしかないから。
たとえどれだけ可能性が低かろうが、それを確かめるまでは、可能性は残るのだ。
気にならないわけがない。
どんなに「ありえない」と思っていても、俺だって気にはなっていた。
セリエと会ってしまったのは誤算だが、これで一応全員の無事が確認できた。
今はそれでいい。
「ところで、エイル君はこれからどうするんですか?」
ん?
「どうって、もう行くけど」
何をあたりまえのことを、と思いつつ答えたが……そう言えばそうだった。
「こちらに合流しませんか? フロちゃんも喜ぶと思いますが」
そう、その選択肢が普通にあった。
俺の中には最初からないのだが、セリエから見たらそれがあるのだ。
だから彼女は、すでにフロランタンと合流している。
確かに、合流した方が色々と都合はいい。
周りは結構敵だらけだし、事件も多いみたいだし。信用できる人が傍にいるというのはすごく魅力的だ。
でも、俺はソリチカの課題がある。
接触はしてもいいけど、合流は禁止だ。
それに加えて、「どうして課題が課せられたか」も理解しているので、俺には最初から合流の意思はない。
「君が誰かと出会ったように、俺も誰かと出会ったから。だからきっと、別々のままの方がいいと思う」
この街には、何人かの支配者がいる。
俺がアディーロばあさんと出会ったように、セリエやフロランタンも誰かと出会っていることだろう。
事実のみで言えばリッセも出会っていたし、きっとサッシュも出会っているはずだ。
支配者との出会い、そして出会ってからの経験。
クロズハイトに放り込まれた理由は、きっとそれだから。
「出会い……か。言われてみれば貴重な出会いなのかもしれませんね」
セリエたちが誰と出会ったのかは、いずれ聞くことにしよう。
「一応教えておくけど、できれば今度はブラインの塔で会おう」
何かあった時のために、俺が今どこにいるかをセリエに伝え、連絡が取れるようにしてから孤児院を後にした。
――ゼット関係の諸々も気にはなったが、結局詳しくは聞かなかった。
セリエがいるなら大丈夫だろう。
フロランタンだけだったら心配だったけど、あの二人ならなんとでもなるはずだ。もしかしたらリッセも合流するかもしれないし。
こちらの揉め事には、俺はもう、呼ばれなければ関わらないことにする。
正直、ゼットにはもう会いたくないしね。
貧民街から離れ、改めて鍛冶場街へとやってきた。
そこかしこで上がる金属を焼く煙と、金属を叩く音。
かすかに地に染みついた血の臭いが、アルバト村の師匠の家の臭いに似ていて少し懐かしい。
ここのどこかで、魔物の解体もしているのだろう。
鍛冶場街と言うだけあって、たくさんの鍛冶屋があるようだ。
人がいない夜に見るのとは大違いで、なかなか活気がある。
そして、やはりというか想像していた通りというか、武装している屈強な人たちが多い。
彼らがこの街で言うところの狩人なのだろう。
なんとなく。
本当になんとなく、あるいは何気なく、もしかしたら無意識に。
郷愁に駆られたのかなんなのか、かすかに鼻につく血の臭いを辿って、ふらふらと大きい家畜小屋のような建物に吸い込まれるようにして入ろうとして。
驚いた。
見たことがないほど巨大な黒毛の馬が、横倒れになって死んでいた。
血の臭いを強く感じるのは、今血抜きをしているからだろう。
いや、本当に大きい。
立ち上がれば、余裕で大人五人くらいが背に乗れるのではなかろうか。
何せ横倒しであっても、俺の身長と同じくらいの厚みがあるのだ。立ち上がった姿なら見上げるほどの巨躯であることは間違いない。
それと、額だ。
巨体に見合うほどの、ねじれている大きな一本角が生えている。
普通の馬ではなく、魔物なのだろう。
……あ、そうか。
これが話に聞いていた壊王馬という魔物なのか。
ここクロズハイトの周辺に住んでいる馬の魔物で、この街の主な食肉となっているらしい。
言わば、狩人が狙うメジャーな獲物、というわけだ。
先日セヴィアローお嬢様に連れて行ってもらった焼き肉屋で、「これはなんの肉か」と聞いた時に、この壊王馬の名前が出た。
臭みも脂身も少なく、熟成させれば美しい赤身肉として、煮てよし焼いてよし部位によっては半生でもうまいと、かなり人気がある。
まあ、確かにおいしかったしね。
「――すげぇだろ」
お。
近くに誰かがいるのはわかっていたが、その人は俺が興味津々で馬を見ていると、怒鳴って追い払うことなく穏やかに声を掛けてきた。
四十くらい、作務衣のような作業服を着たおっさんである。……身体の絞られ方や鍛え方からして、たぶん鍛冶師だろう。
「狩人界隈では、ここ数年で見た馬の中で一番大きく狂暴ってことで、女王と呼ばれていた馬だ。これでメスなんだぜ?
こいつに踏まれたり、ぶつかられたりして死んだ奴は、数え切れねえ」
あ、全部の壊王馬がこのサイズなわけではないのか。これが特別大きな個体だったんだね。
「何度狩ろうとしても、いつも失敗してな。とにかく強かったし、速かった。
最近では、もう手を出そうって奴がいなかったんだ。
――だが見ろよ。ついにやったんだぜ」
うん。確かにすごい。
黒皇狼よりは小さいかもしれないが、角のせいで威圧感はこっちの方が上かもしれない。
「ま、やったのはよそ者だけどな」
…………
「もしかして青髪ですか?」
「お、やっぱり嬢ちゃんも噂を聞いて、一目に見に来たクチか?」
あ、そうですか。
……うん。サッシュならやれるかな。あいつ強いから。




