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157.メガネ君、シスターのお誘いを断る





 一度言ったことを、もう一度念を押すように言っておく。


「――初めまして(・・・・・)


 わかるだろ。察してくれ。


「あ……はい。はじめまして……」


 動揺が残るセリエだが、俺の言葉の意図を察してはくれたようだ。


 女装しているのは、エイルという存在を隠すためだ。

 だから、エイルの存在を知っている者に対して隠す理由は、あまりない。だって元々知っているんだから。


 俺としても、どうしても隠し通したいわけではない。

 ソリチカの課題があるからバレたくはないけど、課題が最優先じゃないから。


 セリエは最初から気づいたので、認めてもよかった。

 ここにキーピックがいなければ普通に認めたと思うが、女装の意味から知り合いだのなんだのと疑問の糸は続くのだ。


 だから、色々面倒になりそうだからここでは認めない。


「何? 知り合い?」


「いえ、知っている方にとてもよく似ていたので。驚きました」


 しげしげと俺を見ながら、セリエはキーピックの質問にそう答えた。


「で……こちらの方は? キーピックさんのお知り合いですか?」


「名前はエル。娼館街に住んでるんだって。ここに来たのは、あの罠に引っかかったから」


 キーピックの言葉に「噂の真偽を確かめに来ました」と俺は補足した。「あの罠」のことを正確に掴んでいるかどうかわからないから。


 だって、「あの罠」って、さっきの素人に囲まれたやつでしょ?

 あれは罠と言うには……って感じだよ。むしろ罠じゃないと判断したから引っかかったというか。


 だから素人を多数起用したずさんな罠しかない、とも思えないのだ。

 もう少し色々な仕込みがありそうな気がする。


「エル、……くん、さん?」


 やめろ。やめろセリエ。動揺が口から出てる。バレてるのはわかったから落ち着け。


「この金髪はセリエ。“メシのセリエ”だ」


 え? メシの?


「――あ、そうだ。キーピックさん、調味料を買ってきたので食事にしましょう。皆を集めてもらえますか?」


「お、食うか!? 任せろ!」


 キーピックは見事な身のこなしで鉄格子の門を駆けあがると、一瞬で孤児院内に侵入した。


「――おーいメシだー! メシが帰ってきたぞー!」


「「わー!」」


 報せを告げるキーピックは孤児院に突っ走り、庭先で遊んでいたフロランタンと子供たちもわーとそれに続いた。うーん、フロランタンもここの子供みたいだったな。


 …………


「俺は肉の人と呼ばれたけど、セリエはメシと呼ばれるんだ」


「ちなみにフロちゃんは昨夜から“赤目の悪魔”と呼ばれています」


 そうか……昨日はそんなに暴れたんだ。





 セリエと二人きりになったので、遠慮なく情報交換してみる。


「ああ、エイル君らしいですね」


 まず俺のこと。


 いろんな意味を含めて、エイルとして活動すると後々面倒になりそうだから「エル」という架空の女性として動いている、という話をすると、セリエはすんなり納得した。


 あとソリチカから出された課題があるけど、これは言わなくていいことだ。


「正直、見ただけでエイル君だとは確信を持てなかったのですが……スカートが大変よくお似合いで」


「あんまり嬉しくないけどありがとう」


 知り合いに会っても「確信が持てない」くらいの完成度じゃないと、さすがに表を歩く度胸はない。「あいつ女装して歩いてるぜー」なんて指さされたら、それこそ目立つから。


「セリエの方は? ここに住んでるの?」


「ええ。少々縁があって、わたしは孤児院の方でお世話になっていました。まあお察しの通り、居候として食料調達と食事関係を請け負っています」


 そうだね。“メシのセリエ”だからね。


「あとフロちゃんも、貧民街のどこかでお世話になって……いや、お世話していた(・・・・)ようです。

 近場の森で魔物を狩り、食料として不遇な子供たちや老人、女性に振る舞っていました。


 その噂を聞いてわたしから接触し、最近は彼女も孤児院に詰めるようになりました」


 ふうん……セリエとフロランタンは合流したわけか。


「それにしても、エイル君とここで会うとは思いませんでした。


 サッシュ君とリッセの噂はそれとなく聞いていましたが、エイル君の噂だけはほとんど耳に入りませんでしたから。

 拾えた情報も、恐らくこの街に来た時のもの、くらいでしょうか。それ以降の話はまったく聞いてません。


 まあ、事情がわかってしまえば、耳に入るはずもないですね。エイル君はいなくなっていたのだから」


 そういうことです。

 付け加えると、噂が出回るような派手な行動を取っていないというのもあるけどね。


 それに娼館街から出るのもあんまりなかったから。夜間調査を除いてね。


「俺は昨日、リッセに会ったよ。たぶんもうすぐこの辺に来るんじゃないかな」


「昨日ですか?」


「色々あってね。詳細はリッセと話せばわかると思う。――あ、俺の安否は伝えてもいいけど、俺の現状については秘密にしておいてね」


 昨夜の段階で、リッセは、この無法の国クロズハイトに来た仲間は全員死んだと騙されていた。

 それが本当かどうか確かめたいと言っていた。

 だから確かめるために、噂や情報を拾い上げて、きっとここまでやってくる。


 今はゼット関係の噂が故意に流布されているようだし、確実に彼女の耳に入るだろう。

 その話の中に「忌子」というキーワードが出れば、確かめずにはいられないと思う。


 必ず一度はここに来るはずだ。

 その後、リッセが確かめた後の動向は、わからないが。


 ここに合流するのか、それとも別の活動をするのか。

 可能性は低そうだけど、娼館街に来ることも、あったりするのかな。


 でもまあそれはともかく。


 どれだけ情報を拾っても、俺の安否だけは確かめづらいんだよね。

 普通の街や国ならともかく、このクロズハイトでは、きっとすぐに俺に辿り着くことはできないと思う。住民の警戒心が強いから。


 でも、俺だってリッセに無用な心配をさせたいわけではない。心労を掛けたいわけではない。

 俺は健在で死んでない、ということだけは、なんとか伝えておきたい。


 ここでセリエに会えたのと、正体が一発でバレたのはむしろプラスだと考えるべきだろう。


「なんとなく噂で無事だって聞いたとか、そんなんでいいから」


「それはいいですが……本当にリッセが来るんですか?」


 これも、俺と会ったのと同じく、セリエには結構意外だったようだ。


「たぶん来るよ。詳しくは本人に聞いて」


 果たして「これこれこうでみんな死んだと騙されてた」と、本人が言うかどうかはわからないけど。

 でも俺から話すようなことではないだろう。


 ……いや、リッセは話すかな。


 ベッケンバーグへの注意喚起になるから、リッセなら話すだろう。ほかの人があいつに騙されないように。


 あいつ真面目だから。

 自分の恥や失敗談よりは、仲間を優先するだろう。


「ちなみに聞くけど、サッシュはどうなってるの?」


 メンバーの心配はあんまりしてないけど。

 でも、こうなるとサッシュの動向だけが何一つわからないんだよね。果たしてあのチンピラは今何をしているんだろう。


「サッシュ君は狩人になっていますよ」


 え……?





「――セリエ。どうしたの?」


 よりによってサッシュが狩人になっているなんて意外でしかない事実を聞かされ、詳細を聞こうとしたら――孤児院の中からシスターが出てきて、まっすぐ門の前……俺たちの近くまでやってきた。


 黒い修道服にベールをかぶり、緑色の瞳が優しげに微笑んでいる。


 たぶん歳は俺たちと同じくらいだと思う。細身で、身長も同じくらい。格好のせいかちょっと年齢がわかりづらいな……大人びている気もすれば、幼い気もするし。


 あと、何にしろかなりの美人だ。

 髪の毛はベールで覆われて出ていないが、眉の色からして恐らく金髪かな。きっと髪が長くても短くても変わらず美人だろう。


「あ、いえ、ここで初めて会いました。『あの件』に関して事情を知りたいということで、少し話をしていました」


 でかしたセリエ。

 そうだよ、俺たちは初対面同士だよ。ちゃんと誤魔化してくれてありがとう。


「娼館街からの使いでやってきたエルと言います」


「これはこれはご丁寧に。私はハイドラです」


 ハイドラか。セリエも地味ではあるが貴族然として場違いに見えるが、この人もここにいるのが場違いに見えるなぁ。


 まあ、それはともかくだ。


「ここは教会なんですか?」


 それっぽい感じはあるけど、教会ではないだろう。なんでシスターがいるんだ。


「ここは歴とした孤児院ですよ。この街には教会がないので、こちらでお世話になっています」


 ああ、そう。


「見た感じ教会っぽいですからね」


「うーん……まあ、そうですね。外観よりは中身が大事という感は否めないですが、雰囲気はそれっぽいですね」


 ……すみません。適当に話を振ったらちょっと苦笑いさせてしまった。


「お話が続くなら、中にいらしたら? 一緒に朝食をどうぞ」


 ああ、はい。……本当にここにいるのが場違いにしか思えない人だな。ちょっとこの人の背景が気になるぞ。


 でも、聞かないけど。


「せっかくですが、朝食は済ませてきましたので。それに貴重な食料を他人に分けるべきではないでしょう」


「他人ですか? 娼館街からのお客様でしょう?」


 ……ああ、使いって言ったからね。本当は誰からの使いでもないのに。……神職にある人に嘘を吐くのは、ちょっとためらいがあるな。


 まあ、それでも嘘は吐きますけど。


「用事自体はもう済みましたから。あと二、三聞けば私は行きますので」


 ハイドラのお誘いを断り、彼女が建物に戻るのを見届ける。


「寄って行ってもいいんじゃないですか?」


「フロランタンに直接会ったらバレる……とは思わないけど、あんまり知り合いが増えると面倒事も増えそうだから」


 それに、気になることはまだまだあるけど、本当にあと二、三聞けば最低限の用事は済むし。

 あと俺がいる時にリッセが来ると、また面倒そうだし。


「それよりサッシュのことだけど。狩人って?」


「あ、わたしも噂で聞いただけなのですが、実は――」


 セリエは、サッシュに関しての噂を話し出す。






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