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156.メガネ君、バレる





 事情はわからないが、待ち伏せされていたらしい。


 てっきりここでも、警戒心を持った貧民街の住人に見張られているだけだと思っていたのに。

 まさか仕掛けてくるとは思わなかった。


 力の強そうなおっさんや若者が中心となっているが、力の強そうな女性も混じっている。

 手には木の棒だったりナイフだったりで武装し、しかし格好はここの住人らしく粗末である。


 本当に予想外だった。

 だって気配とか丸出しだったから。


 ここに来るまでに至るところで見張られていたのと同じ現象だと思っていた。

 まあ、ややこの辺だけ人が多いなとは思ったけど。


 というか、この人たちはたぶん、ただの貧民街の住人だよな。戦い慣れているとか、そういう人たちじゃないだろう。

 だから気配を隠すとか隠さないとかそういう意識さえないのだ。


 この人たちは、荒事にはほとんど無縁だったような素人だろうから。


 あのヘンタイにしてやられた夜とは、またちょっと状況が違う。


 あの夜は、囲んできた人たちから「本気でやってやる」という剣呑な意欲と雰囲気があったけど、この人たちはそういうのがまるでない。


 ただ逃がさないように警戒し、拘束するだけが目的、って感じだ。


 いや、なんなら、こうして囲んで逃げ場を封じるのが目的なのだろう。

 本気で何かしら害を与えようとしているなら、そういう敵意や悪意は、きっと事前に感じただろうから。


 ――つまり、囲んでいる人たちは素人で、たとえ囲まれたところで逃げるのは簡単だ、と。


 ならば、ここで取る選択は一つだろう。


「孤児院に用があるのですが」


 俺は両手を上げて、無抵抗の意を示した。


 いつでも逃げられるなら、やはり波風を立てずに情報を収集するのが得策だ。


 ――まあ、あの夜と同じように、拘束されてしまったわけだけど。


 おいおい。

 あの夜と同じく、こっちも問答無用かよ。





「おい。おまえはどこの汚らしいメスブタだ」


 と、ベルトで両手両足を縛られて跪かされたところで、一人の少女が露骨に偉そうに胸を張って輪を割って入ってきた。


 おお、反り返りがすごい。

 堂々たる態度が行き過ぎて面白いことになっている。


 ……ん? この帽子の少女、昨日見たな。


「所用があって孤児院を訪ねようとしていましたが、何か問題でも?」


 とりあえず、まだ害は与えられていないので、様子を見ることにする。


「しょぉよおぉ~? どぉぉぉんなあぁ~?」


 あ、こいつなんかムカつくな。あえて憎たらしい言動だな。……まあ会話が成立するなら許容範囲か。姉ほどは憎たらしくない。姉の憎たらしさに比べればかわいいもんだ。


「例の噂の真偽を確かめに、娼館街から来ました。ちなみに言うと、私は昨夜あなたと会っていますけど」


「え?」


 あ、素の顔になった。やるなら徹底しろよ。


「昨夜? ……そういえば、わたしよりひんそーなその胸には見覚えがあるような……?」


 ひんそーな胸。あ、はい。そもそもパッドですけど。


「同類ですね」


「お、おまえよりはあるけどね! わたしの方が! 着痩せするタイプだし!」


 胸どころか全体的に小さいと思うけどね。まあそれはどうでもいいか。


「昨夜、私もゼットさんと一緒にいましたけど。あなたがゼットさんを連れてすぐに出ていったあのレストランに、私もいましたけど」


「ああ、あそこに。そりゃ見覚えがあるか……」


 俺としては「メガネ」ほど目立つ物が他にあったとは思えないんだが。

 胸なんて特に見る必要がないと……あ、本人がすごく気にしてるから、ついついほかの人と比べちゃうのか。


「娼館街からってことはあのババアの仲間?」


 あのババアってのは、アディーロばあさんのことだよな?


「昨夜はアディーロ支配人の護衛として、あそこにいました。あなたは私に覚えがないかもしれませんが、ゼットさんは覚えているはずですよ」


 昨日の今日だし、ゼットも忘れてはいないだろう。

 ちょっと因縁が生まれちゃったから、ゼットはいずれ会いに来そうだし。俺は絶対に会いたくないけど。


「なんだ、ゼットの知ってる奴か。で、何しに来たって?」


「あの噂のことを調べるために。こちらに加害者が身を寄せていると聞きまして、情報収集に来ました」


 まあ、噂がデマだってのはもう判明しているので、フロランタンの無事な顔だけ見て黙って帰るつもりだったけど。


 こうなってしまった以上、それっぽい嘘はついておく。


「ふーん」


 帽子の少女は、つばの下で影を落とした瞳でじっと俺を見つめると、俺の肩を抑えつけているおっさん二人に言った。


「――こいつは無関係だから離してやって」


「――いいのか? 全部嘘ついてるかもしれんぞ」


 あ、おっさんそれ半分正解。「昨夜のこと」以外は嘘ですから。


「――わたしよりひんそーな胸の女に悪い奴はいない」


 ……すごい偏見だ。理由がわからない。


 いや、それより、ごめんね胸パッドで。これは自前じゃないんだ。そもそも女でもないんだ。





 俺の拘束が解かれ、囲んでいた素人たちもぞろぞろと、己の控え場所に戻っていった。どうも誰かを捉えようとしているようだが。


「わたしは“鍵穴のキーピック”、よろしく」


 胸に向かって自己紹介するな。……いや、ごめんね。これも嘘胸で。


「私はエルと言います。今は娼館街でアディーロ支配人のお世話になっています」


「エルか。よろしく」


 どこによろしくしてるんだ。胸に触るなよ。……そんなに自分より小さい胸が嬉しいのか。


「……それで、あれはなんの騒ぎなんですか? いきなり拘束されましたが」


 ペタペタと胸をまさぐるキーピックに聞いてみた。――ちなみに激しく動いてもズレないよう、結構しっかり固定してあるのだ。なので激しく揉みしだかれない限りバレはしないだろう。


 ……バレたところで、彼女の場合はその先に絶望しかない気がするけど。ごめんね、君より小さな胸の女じゃなくて。根本的に違う存在で。


「簡単に言うと、ゼットの名前を使って悪いことしてる奴らを捕まえようって話」


 あ、ほんとに簡単に話した。すごくわかりやすい。


 そうか。

 俺がまったく知らないところでも何やら事件が起こっていたのか。

 まあむしろ、事件しかないような国って気もするが。


 ……なるほど、おぼろげながら全容が見えてきたな。


 その「ゼットの名前を使って悪いことをしている奴ら」が、きっとフロランタンと揉めたのだろう。

 そしてフロランタンは、その揉め事の元凶であるゼットを強襲した、と。


 簡単にまとめると、これが昨日、あのレストランからゼットが引き上げ、「半殺しにされて街を追い出された」という噂が広げられた事件の大筋だろう。


「どうも見たことない顔だったみたいでね。だから知らない顔を見つけたらとりあえず捕まえろって感じで動いてるよ」


 ああ、だからのこのこやってきた「見たことない顔」である俺も、とりあえず捕まえてみたと。


「素人を使うのは危ないんじゃないですか?」


「まともに戦えそうなのは昨日ボッコボコにやられちゃったんだよ。

 それにこの街全体で動くには、まだわからないことが多すぎるんだって。


 今は、一番再来しそうなこの辺で張り込むくらいでいいだろうって言ってた。

 噂であぶり出すとか調査を進めるとか、ここじゃないところに力を入れてるみたい」


 ふうん……


「ちなみに、ゼットさんをやっつけた人物が孤児院にいると聞いてきたのですが」


「いるよ? 会ってみる?」


 …………


 ソリチカからの課題を考えると会わない方がいいんだろうけど、でもやっぱり、無事な顔だけは見ておきたいな。せっかく来たんだし。


「ではお願いします」


 パッと見てさっと帰ろう。





「いてててて髪ひっぱるなて――われども何しとるんじゃい!」


 いた。


 やや距離があっても目立つ灰色の髪に、どこの地方なのかわからないひどい訛りの言葉。

 あれは間違いなくフロランタンだ。


 子供たちにわーわー言われながらまとわりつかれ、怒ったフロランタンはおもむろに何人か両手に抱えると、すごいスピードでぐるぐる振り回す。それが楽しいようで、子供たちはキャッキャ言いながら余計まとわりつく。


 ……へえ。いいな。


「もう少しひどい環境を想像していましたが」


 貧民街の路上で寝ていた子供を見ているので、ここも劣悪な環境だと思っていたが、そんなことはなかった。


 立派な石造りの建物は教会のようで、立派な塀や鉄格子のような門もある。

 見た感じでは貧民街の孤児院というより、普通の孤児院や教会である。


 門は閉じているが、鉄格子の向こうには庭があり、十数人の子供たちとフロランタンが戯れている姿があった。


 ちゃんと見るといろんな綻びがあるのかもしれないが、とにかく。


 元気そうな子供たちと、ゼットと戦ったはずであるフロランタンの無事な姿に、ほっとした。


「今はね。変にクソみたいな両親がいるより、よっぽどいい場所だと思うよ」


 ……色々と複雑そうな話だし、この話題はもういいか。


「――キーピックさん」


 二人並んで、なんとなく場違いに見える平和な庭先を見ていると。


 背後から、聞き馴染みの(・・・・・・)ある声(・・・)が掛かった。


「あ、セリエ。調味料買えた?」


 ……ああ、やっぱりセリエの声か。こんなところで遭遇するとはなぁ。





 振り返りたくないが、振り返らない方が不自然である。


 密かに意を決し、俺は振り返った。


「初めまして」


 そこには、聞き覚えもあれば見覚えもあるし、なんなら顔馴染みでさえある金髪メガネの少女がいた。


 やはりあのセリエである。

 そうか。フロランタンと合流していたのか。


「あ、はい。はじめま……………………ん?」


 …………


「…………え? え? あなた……えっ?」


 うん。

 セリエは気づくと思った。






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