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154.メガネ君、鍛冶場街へ行く





「あ……」


 気づいたのは朝になってからだった。


 アディーロばあさんとベッケンバーグの晩餐と、ゼットの襲来から明けた翌日のこと。

 予期せぬリッセとの再会や、特にゼットへの対応に、心身共に疲れ果てていた俺は、娼館街の屋敷に戻るとすぐに寝てしまった。


 そして、朝起きて思い出した。


 ――ゼットに投げたナイフをレストランに忘れてきた、と。 


 ゼットと戦った時、俺は持っていたナイフを奴に投げつけたのだ。

 完全に虚を突いたつもりだったけど、ゼットは楽々対応していたっけ。投げられたナイフをキャッチして投げ返してきたもんな。


 それを「メガネ」で回避したあと、ナイフはそのまま行方不明である。

 きっとあのレストランに転がっているはずだ。

 もう片付けられてるかな?


 護衛として丸腰はどうかということで持って行った物だ。

 一番身に馴染んでいる弓を除く武器……と言えば、残るは解体用ナイフだけだったし。


 それを隠し持っていたわけだが。

 見事に紛失してしまった。


 あのナイフは自前の物である。

 暗殺者の村で、頭がツルッとした鍛冶場のおっさんに譲ってもらったものだ。特に造りが優れていたり意匠が凝っていたりするような良い物ではない、ごく普通のナイフだった。


 でも、弓矢に始まりナイフまで失くした以上、俺は本当に丸腰になってしまった。


 さすがにこの状態はまずい。

 あのナイフ自体に未練はあまりないが、俺の体術は弱い。丸腰ではアディーロばあさんの護衛に障る。


 やっぱりナイフくらいは持っておかないとまずいよなぁ。

 でも、今更取りに行くのもなぁ。

 昨日の今日で事件現場に戻るのは、よくなさそうな気がするなぁ。


 なんか、行っても無事ナイフが返ってくるとは思えない上に、揉め事に巻き込まれそうな気がする。

 目に塩かけた恨みで、ベッケンバーグも俺にいい印象ないだろうし。あの店ってベッケンバーグ側の場所だろうしね。


 さすがに諦めた方がいいかもな。

 何より、この街で失せ物を探すには、よっぽど良い物か、逆に誰が見てもゴミみたいな物しか、取り返せない気がするから。


 しかも追うのが普通のナイフだからね。

 流れて流れて追跡さえ困難だろう。目立つ物では決してないから。


 となると、だ。


 俺はベッドサイドの荷物袋から、可愛い邪神像 (新)をよけて奥底にしまっておいた物を掴み出す。


 黒皇狼(オブシディアンウルフ)の牙である。


 貰ったはいいが、暗殺者の村での加工は断られたし、売るには貴重過ぎるということで、結局文字通りお荷物になっていた代物だ。


 この街には、立派な鍛冶場区画があった。

 対価さえ払えば、これをナイフに加工してくれるだろう。


 あれだけ立派な施設があるのだ。

 ほかはわからないが、仕事に関しては真面目にやってくれるだろう。


 道具や施設は職人の鏡だからね。

 それらを見れば、どれだけ真面目にやっているかわかるから。


 …………


 まっとうな街ならそう考えられるけど、ここではそうも言えないか。

 ここは無法の国クロズハイトだから。





「ん? ナイフを作ってもらいたい?」


 というわけで、朝食の席で、アディーロばあさんに話してみた。


 「ナイフをなくしたので新しいのが欲しい。素材はあるから作ってもらおうと思っている」と。


 アディーロばあさんが外出しないなら、基本俺の仕事はない。

 何もなければ今日もセヴィアローお嬢様の見回りに付き合うところだが、こうして予定ができたので、今日はなしだ。


 一応本日の外出予定を確認してから、話してみた。


「ナイフくらい用意してやるよ。最上級の物をね」


 ニヤリとしながら言ったばあさんに、俺は即座に首を横に振った。


「借りを作りたくないので遠慮します」


 あんまり借りを作り過ぎたら、この屋敷に……というかアディーロばあさんに縛られそうだから。恩だの義理だのでね。そうしたらきっと動きづらくなる。


 もちろん、ばあさんはそれを織り込んでの提案だろう。

 打算なき善意なんて、この人にはなさそうだから。

 わかりやすくていいけどね。


「そうかい。まあ好きにするといい。――そうだ。セヴィ、あの話をエルにしてやりな」


 特に発言するタイミングもなかったようで、黙って食事を続けていたセヴィアローお嬢様がスープにくぐらせるスプーンを止めた。


「昨日の晩、ゼットが半殺しにされてこの街を逃げ出したらしい」


 …………


 はあ!? あのゼットが!?


「……ほう。この情報を聞いても微動だにせず、か。なかなかの胆力だな」


 いや。

 いやいや。

 すごい驚いてますけど。表には出てないだけで。


「なんでそんなことに?」


 昨晩、俺が対峙したゼットは、夢見が悪くなりそうなくらい強かった。


 なにせ、「メガネ」をフルに使って全力を出してようやく一瞬だけ上回れる、という大惨事だった。


 あいつが本気になったら、俺なんて足元にも及ばないだろう。

 正直、二度と会いたくないくらいだ。


 で?

 そのゼットが、半殺しにされて、この街から逃げたの?


 信じがたいとしか言いようがない。


「なんでも、新参者の忌子に手ひどくやられたとかいう話だ」


 新参者の忌子……

 というと……まあ、間違いなく、フロランタンだろうな。


 …………


 ああ、そうか。

 確かにフロランタンなら可能かも。


 彼女の場合、一度捕まえたらもう終わりだから。手でも足でも掴んで握り潰したら、その時点で勝負がつくから。


 ゼットのように素手で戦うような奴には、滅法強いと思う。

 対素手という括りがあり、なんの予備知識もなく普通にやりあえば、彼女は誰にも負けないだろう。


「もしや知り合いか? 同じブラインの塔の客だとか、そういう関係か?」


「さあ、ちょっとわからないですね」


 関係者だと知られると面倒そうなので、さらっと誤魔化しておく。


「そうか。まあいい。


 ――とにかくあのゼットを退ける者もいるようだし、ゼット不在で街も多少ざわつくだろう。娼館街を離れるなら気を付けろよ」


 街がざわつく、か。

 具体的にどういうことになるのかはわからないけど、警戒はしておこう。そうじゃなくても警戒心が必要な街だしね。


「なんなら鍛冶屋まで付き合ってもいいが」


「本当ですか?」


 一人で歩くとすごい絡まれるから、できればこの街に詳しい人に同行してもらえるとありがたいんだよね。


「だが、男女が二人きりで出歩くとなると……うむ、それは自他ともに認めるデートということになる。そういうことでいいか?」


「あ、一人で行くので結構です」





 朝食を済ませて部屋に戻り、着替える。

 これから鍛冶場街まで行ってみるつもりだ。


 せっかくなので、女装した姿で行くことにした。


 化粧も憶えたし、「アディーロの屋敷のメイド」ということでここらでは多少顔が売れている。俺のまま動くよりはよっぽど動きやすいだろう。


 それに、昨晩のリッセのように、不意に知り合いに出会ってしまうパターンも、なくはないみたいだし。

 ばったり出会ったところで俺のままの姿ではごまかしようがないので、その辺の警戒も兼ねて、女装姿で行くことに決めた。


 ちなみに、フロランタンは貧民街辺りを中心に活動しているらしい。ゼットがやられた現場である。

 行く予定もないが、より一層そっちには近づかないようにしよう。


 まあ、様子見はしたいけどね。

 どんな生活してるか、とか確かめておきたい。

 リッセもセリエもサッシュも心配はしてないけど、フロランタンだけはちょっと心配だしね。


 ……いや、一番心配いらないかな。ゼット倒してるみたいだし。


「大変お似合いです」


「あんまり嬉しくないけど、ありがとう」


 俺の専属になっているメイドの彼に、女性ものの普段着を借りてみた。

 日中、例の漆黒のドレスはさすがに着られないからね。夜でも大して着たくもないけど。


 なんの変哲もないワンピースを貸してもらい、それを着た。

 別に女性ものの服にこだわりなんてないので、これでいいだろう。


 準備を終えて玄関まで行くと、執事であるダイナウッドが待っていた。


「――支配人からだ。この手紙をタツナミという鍛冶師に渡せ、と」


 ダイナウッドは俺を見るなり、一通の手紙を差し出す。あ、封蝋に印が押してある。アディーロばあさんのかな? こういうの初めて見たな。


「貴様の紹介状でもあるそうだ。それを見せれば会わせてくれるだろう。必ず本人に渡せよ」


 あ、俺の紹介状も兼ねてるのか。


「わかった。渡しておくよ」


 手紙を受け取り、俺は鍛冶場街へと向かう。






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