153.交差する夜 4
153.交差する夜 4
「『素養封じ』か……噂には聞いたことがあるけど、どんなものなんだい? そして効果はどれほどのものなのかな?」
少なくとも「この街にそれがある」という話を、この街で生まれ育ったコードは聞いたことがない。
ゼットも、離れたところで聞き耳を立てているキーピックも初耳だ。
英雄や勇者といったおとぎ話の有名人と並び立つほど有名である「素養封じ」は、誰もが一度は耳にしたことがある。
しかし、実際に見たことがある、という者は知らない。
人は誰もが「素養」を持つ。
そんな世界で、「素養を封じる」などという「恐ろしい素養」があるという話は、誰もが看過できるものではない。
実際あるかどうかはさておき、一度聞いたら嫌でも頭に残る類の言葉である。だから皆、名前くらいは聞いたことがあるのだ。
「――これです」
金髪の少女は、ポケットから小さな木箱を出した。
まさか。
それを口にした当人が、今ここに持っているとは思わなかった。
「この中にあるようですが、どうもカギが掛かっていて――えっ」
しゅばっと効果音が聞こえそうな速度で詰め寄ったキーピックが、少女の腕にしがみつく。
そしてその先の手にある木箱にキスするような近さで、それを見つめる。
「カギだ。カギだ」
…………
カギだカギだとうわ言のように囁きながら、帽子をかぶった少女は木箱を凝視している。
その姿に誰もが戸惑っていた。
特にしがみつかれている金髪の少女は、振りほどいていいのかそのままでいいのか、迷いさえ生じている。
「あー……その子は鍵開けがすごく好きでね。よかったら彼女に開けさせてあげてくれないかな?」
「そういうことなら……と言いたいところですが、あえてこのままで置いておく方がいいかもしれません。触らない方が無難かも」
その言葉でコードは察した。
「素養封じ」は本物なのか、と。
そして、この木箱の中にある状態であれば、それは発動しない、と。
「細かな条件や、どのくらいの効果があるのかはわかりませんが、どうやら『放出』を止めるようです。
箱が空いている状態だと、わたしの魔法は使えなくなりました。でも箱が閉まっていれば、触れていても使用できます」
と、金髪の少女は条件や効果を割り出している。
これが「開いていた時」は、忌子の怪力もかなり抑制されたものの、完全に無効化はできていなかったようだ。本人からも証言があったので間違いないだろう。
つまり、「身体から出る形の素養」は完全に封じられるのではないか、と推測している。
彼女が魔法陣を描いて身に付けている物に関しては、「最初からそこにあったもの」だからか、無効化はされなかった。
が、「効果を放出する」ことはできなかった。
魔法陣はあって使用もできるが効果が発生しない、という結果だった。
「箱は魔法陣が敷かれ、中身を封じている痕跡があります。恐らくこれ自体が封印の役目も担っているのかと。
そして、一度開くと、今度はカギを掛けるまで、効果が持続してしまうかもしれない。
どうしても開けたいなら、素直にカギを探した方がいいでしょう……………………あの、ごめんなさい」
キーピックがさも絶望を垣間見たような顔で見てきたので、謝っておいた。
「つーか使用された状況と、誰が使ったのかが気になるぜぇ」
ゼットの言い分はもっともだった。
「あとすっかりそっちの話になってるが、こっちの話がまだ終わってねぇんだけどなぁ!? 相変わらずいてぇんだけどなぁ!?」
確かにすっかりこっちの話になっていたが、ゼットはまだ気が済んでいないようだ。すっかり終わった気にもなっていた。というか忘れていた。まあ痛い本人は忘れられるものではないだろうが。
「ごちゃごちゃうっさいのう。今大事な話をしとるんじゃ。黙って聞けや」
「おい! 今回に関しちゃ俺は被害者で、てめぇは加害者だぞ!」
ゼットに関しては「日頃の行いのせいだろ」と言ってしまえば済むような気もするが、まあ一応ゼットの言う通りである。
「言わんとわからんか?」
「はぁ!?」
「――われがケツ持ちせんかったからじゃろうが!!」
忌子の怒りがぶり返した。
「ええか!? われはこの辺一帯を支配しとるんじゃろが! シノギ取っとるんじゃろうが! だったらしっかりケツ持ちして弱いもん守ったらんかい!
われがしっかりしとったらうちらが動く理由もなかったんじゃい!
子供を飢えさせるな! 大人でも弱いもんは守ったれ!
器のちっさい奴が力なんぞ持ったらいかんのじゃ!
器の大きい奴がちっさくまとまるのも結局歪むだけなんじゃ!
力があるなら嫌でも器を大きいせんかい! いつまでもチンピラの三下でいられると思うな! われの義務じゃ! 力のあるもんはそれだけで責任と義務があるんじゃい! ボケェ!」
…………
「言ってることわかった?」
「いえさっぱり」
「君、彼女の友人なんだよね?」
「友人でもすべてを知るわけではないですから」
忌子の彼女は、独自の世界に生きているようだ。
「まあ、とにかくだ」
ゼットと忌子のことは、置いておこう。
もうコードにはよくわからない。
ゼットもよく理解できなかったのか、なんだか黙り込んでしまったし。
「その『素養封じ』、結局君はどうするつもりだい?」
こんなところで「素養封じ」なんて恐ろしいものを見せられたが、金髪の少女がそれを見せたことには、何かの意味と意図があると思う。
そうじゃなければ、言わなくていいことだからだ。
こっちは疑ってもいなかったのだ、黙って秘匿していていい情報である。
「はっきり言えば、処分に困っていますね。
まさか元の持ち主に返すわけにもいきませんし、大っぴらにしていいものでもないし、ましてや無責任に売り飛ばして消息不明に……なんてことになったら大惨事の予感しかありませんし。
そしてきっと、『素養封じ』なんて代物がこうして存在すること自体、『これを作った人ないし関わった人』は、広めてほしくないはず。
言ってしまえば、これは『素養封じを持つ者がどこかにいる』という証拠ですからね。求める人も多く、また『素養封じ』が邪魔と感じる者も多い。
どう判断しても、厄介事の種ですよね。欲しい人がいるならあげてもいいですが」
コードもまるっきり同意見である。「ほしいほしい」とまだしがみついているキーピックは無視するとして。
「とりあえずカギと正確な情報がほしいね」
「それがあれば有効利用できますね」
「そうだね。でも……正直ちょっと、僕らには手に余るかな」
未だ目の前にある木箱に、興味を惹かれないわけではないが。
――これは、ない方がいいかもしれない。
子供の頃から大小さまざまな危険に巻き込まれてきたコードには、「素養封じ」は利益を生む物ではなく、災難を呼び寄せる物にしか思えない。
それもわずかな不安ではなく、かなり大きな危険信号だ。
これには触れない方がいいと、勘が告げている。
「人知れず処分したいなら協力してもいいよ。僕らはこの街のことならだいたいわかるから」
それに。
この話は、無関係そうに思えて、実はそうではない。
すっかり話が逸れているが、彼女らがここにいる理由は「ゼットの仲間を称した誰かが彼女らの命を狙ったから」である。
そしてその流れから、「素養封じ」なんて厄介の芽が出ていることを知らされた。
つまり、この「素養封じ」に「ゼットをよく知る者」が絡んでいる可能性が非常に高いということだ。
よく知る者どころか、近しい者であるかもしれない。
今後彼女らや「素養封じ」に関わっていくべきかどうかはわからないが、この件に関しては調査を始めるべきだとコードは判断する。
「本当ですか? わたしや彼女は新参者な上に、周囲にしっかり顔が割れてしまって、あまり調査ができなくて……」
そりゃそうだろう。
新入りが何かを探り出せば、この街の住人の誰もが警戒する。
平和ではないクロズハイトでは、まず新入りは信用されないものだから。腕が立つなら尚更だ。
「大丈夫。調査は僕らで進めるから」
多くの者が生まれた時からこの街暮らしであり、知り合いも顔見知りも敵も味方も多いゼット一味である。
情報収集なんて簡単なことだ。
こうして、即席の協力体制が結ばれたのだった。
そしてその頃。
「――一番乗り、おめでとう」
青髪の青年は、無事ブラインの塔に到着していた。