145.メガネ君、再び衝撃の真実に動揺する
リッセは強い。
俺たちのメンツの中でも、一番安定して強いのが彼女だ。
俺やセリエは、こういう近接戦闘自体に向いていないので省くが。
サッシュもフロランタンも充分強いが、あの二人は状況次第でそこそこ大きく強さが上下に振れる。
その点、リッセはどんな状況でも安定して強い。
「――フッ!」
小さく鋭く息を吐き、剣を振るう。
剣閃は速く、しかし体幹は乱さず。
呼吸も体幹も乱れないから、同じ速度で次の動作に繋がる。
それが続く。
何度も何度も。
――異常なのはゼットの方だ。
ニヤニヤ笑いながら、リッセの攻撃を全部避けている。
もしかしたら剣を振るう速度よりも早く動いて。
あの動きからして、いつでも攻撃に転じることができるだろう。
それこそ、リッセの攻撃なんて、ゼットにとっては遊んでいる程度の意識で避けられるものなのかもしれない。
見れば見るほど恐ろしいヘンタイである。
…………
で、俺はどうしたらいいやら。
まず、リッセの動機である。
ゼットを殺したいという動機である。
あの……なんというか……
怒りの矛先が間違っているというか、そもそも本当は怒る理由がないんじゃないかという根本的な疑問がね。あるわけですよ。
そもそも俺がここに生きている時点で、すでに彼女が認識している怒りは、矛盾しているわけだから。
だって、リッセの認識では、リッセ以外の四人が死んでいるってことになってるんでしょ?
俺たちの仇を討つって動機で、今ゼットを殺す気で襲ってるわけでしょ?
……見た目もヘンタイだし、態度も悪いし、口調も好戦的にしか思えないし、強いて誤解を解く気さえなさそうだし、ゼットが襲われるのも仕方ない部分はある。
でも、ゼットから見たリッセは、「完全に八つ当たりで自分を殺しに来てる女」ってことだよね?
さすがにひどすぎないか。
この無法の国で、あんまり道徳とか道理とか道義とか説く気はないけどさ。
でもこれは、本当にあんまりな理由で行われている殺人未遂なんだよね。
だって動機が怪しいから。
動機が嘘っぽいから。
きっと騙されているか勘違いしている怒りだから。
果たしてこの誤解を解かないまま、真実を知らないまま、ゼットと戦闘を続けていいのだろうか。
別に動機がなくてもゼットを殺したいっていうなら、止めないけどさ。
リッセがどうしてもそうしたいって言うなら、手伝ってもいいとさえ思う。
護衛の身としても、俺個人としても、ゼットの味方をする気はさらさらないから。
……でも、あとのことを考えるとなぁ。
あとになって「誤解で人を殺してしまった」と知ったリッセが、気にしないかどうかだ。
心に傷を負うような結果にならないかどうかだ。
まあ、その……友達とは言い難いけど、それなりの顔見知りとしては、傷つく姿を見たいとは思わないからね。
――参戦する前に、確かめとこうかな。
「あのー。ちょっといいですかー。ゼットさーん。そこの上半身裸の人ー」
ひゅんひゅん言ってる死の剣をひょいひょい躱すゼットに、俺は声を掛けてみた。
「あぁ? お楽しみの最中に間の抜けた声の掛け方すんじゃねぇぞぉ」
あ、不機嫌そうにこっち見た。避けながら。おいおいそれも怖いな。ニヤニヤしてろよ。
「そこをなんとか。ちょっと聞きたいことがありまして」
「……さすがによぉ、そういう状況じゃなくねぇかぁ?」
「そうですか? 見た感じちょっとお話ししつつ甘い物をつまんで優雅なティータイムを楽しみながらの戦闘でも余裕っぽいですけど?」
「あぁ? ……ハハッハハッ! 全然言ってる意味がわかんねぇけどてめぇも結構おもしれぇなぁ。いいぜぇ、言ってみろよぉ?」
まあ、あんまりな光景である。
自分の全力を余裕で回避し続けられているリッセが、すごい悔しそうに追い回しているのもわかる。
全力で襲っている相手が、襲われながら平然とおしゃべり始めたら、そりゃ悔しいだろう。
が、現実は無情だ。
やはりゼットはまだまだ余裕そうである。
――まあでも安心してほしい。
ゼットの返答とリッセの意思次第では、俺も参戦するから。
どの道ゼットをどうにかしないと、アディーロばあさんの護衛も覚束ないし、帰れないからね。
「率直に聞きますけど、最近人を四、五人くらいサクッと殺しました?」
「殺しかぁ? 最近はねぇし、そもそも殺し自体あんまりやんねぇからよぉ。だって殺しちまったら終わりだろぉ? 楽しみが減るからなぁ」
あ、すごくあっさりとリッセの動機が消えた。
「嘘だ!!」
いや、リッセ、たぶんゼットは嘘を吐いてないよ。
ゼットはヘンタイで充分怪しいけど、やると決めたらごちゃごちゃ言わずに力でねじ伏せるタイプだろう。
それよりは、ベッケンバーグの方がよっぽど人を騙しそうだ。
第一ついさっき、アディーロばあさんを騙してゼットをおびき寄せるエサにしたくらいだし。
「そこの短絡的そうなバカ女。殺す殺さないより先に、ちゃんと確認した方がいいと思いますよ」
「うるさい!」
「死んだと思っていた仲間が生きてるかもしれないって可能性の方が大事でしょ? 本当に確認しなくていいんですか? ゼットさんを殺すより大切なことだと思いますけどね」
「……」
リッセの動きが、止まった。
「――ベッケンバーグさん! こいつが私の仲間を殺したんでしょ!?」
ようやく俺の言葉が届いたようだ。
ああそう。
やっぱりこの太っちょのおっさんに騙されてた感じか。
「おいおい。俺を疑うのか? ――ほれ」
と、逃げることもできず、所在なさげにテーブルに着いたままだったベッケンバーグは、懐からメガネを出した。
……あ、「俺のメガネ」だ。門番に取られた奴だ。
忘れていたわけじゃないが、「メガネ」を奪った門番たちは早々に換金したようで、どこぞのお店の店主に渡っていたようだ。
「接続して視て」も、いつも薄暗いどこかの店内しか見えず、動きがなかったのだ。
だからそのまま放置していた。
いつでも追跡もできるから今はいいか、と。
どういった経緯からか、現在はベッケンバーグに回っていたらしい。
まあ、普通に「掘り出し物が手に入った」なんて理由で購入したのかもしれないね。
「こいつはおまえの仲間の持ちもんだったんだろ? ゼットが殺した死体から発見したもんだって俺は聞いてるぜ」
――ん?
今まで「視え」なかった、ベッケンバーグの「素養」が「視え」……「扇動者」だと!?
まさか……嘘だろ!?
まさかこの場に二人も「唯一種」がいるなんて……!
「扇動者」。
詳しくはわからなかったが、俺が調べたところによると、散り散りに点在していた部族や集落を集めた、後に大帝国を築く初代皇帝が持っていた「素養」らしい。
扇動する者――大衆の心を掴み、動かす者、という認識で近いらしいが、正確にどういうものかはわかっていない。
恐らく、ちゃんと知るのは持っている者のみだ。
この「扇動者」は「唯一種」と言われる、極めて「珍しい素養」である。
いや、珍しいとかそういう次元ではないかもしれない。
それこそ、勇者だの傭兵王だの、おとぎ話に出てくる英雄が持っているとされた伝説のような、庶民の感覚で言えば眉唾もいいところの話だ。
それを持っていた初代皇帝は、国を作るという偉業を成し遂げたのだ。充分「伝説級の素養」である。
――その「唯一種」と言われる「素養」を、ベッケンバーグは持っているようだ。
そして――
「チッ。あいっ変わらず胸糞わりぃ目付きだぜぇ」
俺がゼットを「視て」、まずいと思った三つ目の理由。
伝説と言われる「唯一種の素養」を、ゼットも持っているからだ。
――「魔鋼喰い」。
金属を食らう者、だ。
改めて、ソリチカが俺に課題を出した理由が、わかった気がした。




