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140.メガネ君、初仕事を前に





 ヘンタイマスクに遭遇してから一夜が明け、翌日。


 今日もセヴィアローの見回りにタイランと付き合いつつ、昨夜のことを考えていた。


 まず考えるべきことは、ヘンタイが俺に何をしたか、か。


 屋根の上で遭遇したあの時、ヘンタイは上段蹴りを放つと同時に、「何か」を放り投げた。


 たとえばそれがナイフだったりしたら、俺も必死で避けたと思う。

 つまり瞬間的に「危険ではない」と判断してしまった結果、普通に避けずに当たったのだ。


 無理して避ければ体勢が崩れるからね。

 そんな状態で追い打ちを掛けられたら、余計危ないから。


 改めて思えば、「何らかの意図があって放った物」である。

 危険に見えようが見えまいが、当たるべきではなかったのだ。必死に避ければよかったと今は思う。


 まあ、あの一瞬で、そこまで考えることはできなかったが……これが俺の弱点でもあるんだよな。


 まあ、それは今は置いておくとして。


 放り投げた物が当たった時の、あの大きな衝撃。

 身体が後方に飛ばされるくらいだ。それなりの威力はあった。


 なのに、衝撃自体のダメージはほとんどなかった。多少肺とあばら骨が軋んだくらいだが、後に残らない程度のものである。


 やはり威力を抑えた「最大衝撃(フルインパクト)」だろうか。


 あの時投げられた「何か」は、結局なんだったんだろう。

 一瞬緑色に光った気がするんだが……


 わかっていることだけで無理やり繋げるなら、小石に「最大衝撃(フルインパクト)」を吹き込んだものを当てた、か?


 じゃあ一瞬光ったあれはなんなんだって話だ。

 それともあの光は、俺の見間違いだろうか。


 ……これ以上考えても答えが出そうにないので、次に行くか。





「――今日の昼はどうする? エルの歓迎も兼ねて、名物でも食べに行くか」


「あ、お構いなあふっ」


 隣にいるタイランに脇腹を突かれた。いつもの険しい顔で見下ろされている。あ、大人しく受け入れろと。わかりましたー。


「タイランはアレ好きだからな。おまえは行きたいのか?」


 頷く大男。……ああ、なるほど。「遠慮するな」的なアレじゃなくて、自分が食べたいからおまえ我慢して付き合えと。そういう意味合いのアレだったんですね。


 ……いや、理由としてはどっちもあるのかもしれないな。


 タイランからは微塵も、悪意や害意は感じないから。


「じゃあお任せします――ああ手は握らないでくださいね」


「つれないな。手くらいいいだろう」


「ダメです。おさわりは禁止です」


 あんな下着とは思えない下着を履かせて喜んでいる人にはなんと思われてもいい。あと少しでも隙を見せたら一気に迫って来そうで怖いし。


 ――それよりだ。


 次は、あのヘンタイはなぜ俺を身代わりにしたか、だ。


 あの状況なら、普通に逃げれば逃げ切れたと思う。

 少なくとも俺と遭遇するまでは、大っぴらに泥棒行為が公表されてはいなかったようだから。


 きっと場所柄だろう。

 俺とヘンタイが遭遇したのは、商業区……それも店が並ぶ界隈だった。


 こんな国なので、泥棒自体が多いのだろう。

 普通に道端で追いはぎのような泥酔強盗とかやってたからね。何人か。


 あの一帯は、誰かが騒げば、家人や護衛が一瞬で飛んでくる仕様になっているのだろう。

 商業区はそうやって、商人同士で支え合って防犯対策を取っているんだと思う。


 笛の音が響くまでは寝ていて、騒ぎが起こったと知るや、寝ていた男たちはすっ飛んできたのだ。

 実際、笛が鳴るまでは、人なんてほとんどいなかったのだから。


 なんというか……慣れているんだろうね。

 騒ぎから駆け付けるまでの行動が、本当に早かったから。逞しいなぁ、この国の商人。


 ……で、あのヘンタイの行動だ。


 あのヘンタイが俺を身代わりにしたのは、俺を警戒したからだろう。


 少し騒げばあの速度でいろんな人が出てくるし、何より俺の行動が読めなかったんだと思う。

 実際俺も、相手の行動がまったく読めなかったから。


 もし無視して去ろうとしても、俺が追いかけてくる可能性がある。


 俺だってあんなヘンタイと会った直後に、何事もなくお別れして、まっすぐ屋敷に戻ろうなんて考えられなかったはずだ。


 だって怪しいだろ。

 どう見ても。


 鏡を見て俺自身でさえ俺を怪しいと思ったし、俺より怪しい恰好をしているあのヘンタイなんてもっと怪しいだろ。


 別れたふりしてこっそり付いてくるかもしれないし、そもそもあんな時間にあんな格好で何をしているのか、果たしてこのまま見逃していいのかもわからない。


 だから、お互い見た目が怪しすぎて、次の行動が読めなかったのだ。


 ならば、自分が安全に逃れるために、怪しい俺を身代わりに置いていった……と考えると、納得する気はないが理解はできる。


 俺だって逆の立場ならどうしていたかわからない。


 あのヘンタイを身代わりにして……は、さすがにしてないか。

 人様に恨まれるようなことは率先してしたくはないし。恨まれて粘着質に付きまとわれても迷惑だし。


 でも、たぶん選択肢には入れると思う。

 自分の身を優先するなら、身代わりを置くのは悪くない手だと思うから。


 ただ、恨みを買うことは覚悟しないとね。


 俺は若干恨んでいるぞ。

 ぜひお礼はしてやりたいね。





「え、これが名物?」


「ああ。エルは最近この街に来たんだよな? ならよその村や街から来たわけだ。


 ――そっちと比べるとひどいだろう? 原始的で品も技も感じないだろう?」


 いや……なんというか。


「結構馴染み深くて驚きました」


「なんだ。経験あるのか」


 セヴィアローが連れてきてくれた無法の国名物は、娼館街から商業区へ移動した先の屋台……と言っていいのか、青空の下にある建物の中にない店だった。


 でも客入りはよさそうだ。

 広場に無造作に置いてあるテーブルは十を超え、半数が埋まっているのだ。


 ここら一帯に広がっている匂いも、集客に一役買っているのだろう。

 正直たまらない。

 音もいいんだよなぁ。

 

 粗末な丸太の椅子がテーブルを囲むように置いてあるだけの、店というよりキャンプ地の食事風景である。


 だが、俺には馴染み深い。

 あの暗殺者の村では、よくやっていたやつである。


 テーブルは石積のかまどで、中は空洞で赤く焼けた石が二つ三つ入っている。これは魔核を利用した火である。


 そして上部は、目の細かい金網が乗っている。


 ――そう、ただ単純に肉だの食材だのを目の前で焼いて食べるだけの、原始的と言えば原始的で文明の品も技も感じない、シンプルなものだ。


 でも、俺は知っている。


「意外と奥が深いんですよね。これ」


 肉の切り方で食感が変わるし、下味を付けているかどうかで味に差も出てくる。

 その辺は間違いなく技術である。


 村にいた時、村の人たちに色々教えてもらったんだよね。肉の焼き方とか食べ方を。フロランタンが肉好きだったから色々試したっけ。まあ俺も負けないくらい好きだけど。


「なんだ知っているのか。つまらん」


 いや。


 むしろどれだけ違うのか、どれだけこの国の独自性が活きているのか、興味津々だ。

 この辺でよく調達できる肉が何肉なのかさえ気になるし。


 適当に注文し、昼間っから酒を飲みだしたセヴィアローは放っておくとして。


 昨日のことは、まだまだ考えることがある。


 ――あのヘンタイは、いったい何を盗んだんだろう?


 十中八九、泥棒の正体はあいつだろう。

 もし違うなら、逆に俺を泥棒と判断して行動したかもしれないのだ。


 率先して身代わりを立てようとした時点で、自白しているようなものだ。


 自分が犯人でもない犯罪の身代わりなんて、さすがに立てないだろうし。「怪しい」という理由だけでは。

 だから、これは確定と考えていいと思う。


 問題は盗んだ物だよな。


 あの辺で遭遇したってことは、恐らくは商業区のどこかの家から盗んだのだろう。

 

 気になるのは、貴族っぽい格好の男から聞いた「アレだけ」って言葉だ。


 正確には、「重要なのがわかってて盗んだんだろうが。じゃなければアレだけを盗むか」と、こんな感じのことを怒り狂って言っていた。


 アレだけ。


 つまり金銭的なアレコレには手を付けず、一番価値のある物だけを盗んだ……か。

 あるいは、あのヘンタイにとって一番重要な物だけを盗んだ、とか。

 そんな感じになるのかな。


 貴族っぽい格好の男は「命懸け」とも言っていた。


 あの言葉から察するに、自分の大切なものを取られた……という感じは見受けられなかった。


 商業区で起こったことを加味して考えるなら……権力者に頼まれて仕入れた何かを取られた、とか、どうだろうか


 この線なら、頼まれて仕入れたのに盗まれるという失態に、権力者たちが怒る可能性も――


「…………」


 ――おいタイラン。その肉は俺が焼いていた肉だ。肉に関しては許さない。それを口に入れたら酒ビンで殴るからな。


 俺が睨んだら、すごい勢いで食べていたタイランは動きを止め、俺の肉を網に戻した。よし。許す。


 もしかしたら殺気まで出ていたかもしれない。

 でも仕方ない。


 だって俺の肉に手を出そうとしたのだから。


「ほう? 何事にもこだわりはなさそうなくせに、食べ物には怒るのか」


 セヴィアローお嬢様が興味深そうに見ているが、無視して俺も食う。


 ――正確には「食べ物」ではなく「肉」だけどね。





 とりあえずだ。


 昨日の夜に関して考えられるのは、これくらいだろう。

 考えたところで答えがわからないから、あんまり考えすぎる必要もないかな。


「……なんですか」


 肉を焼いたり野菜を焼いたりパンを焼いたりする昼食を終え、娼館街へ戻る途中で、セヴィアローに露骨に匂いを嗅がれた。なんかやだな。


「ははは。見事に焼肉臭くなったな」


 ああそう。

 まあ仕方ないだろう。脂が焼ける匂いも煙もすごかったからね。


「お嬢様も同じ匂いですよ」


 まあ、たぶん一番匂いが付いているのは、タイランだと思うが。大男だけにすごい煙浴びながら食ってたもんな。ここにも無類の肉好きがいたわけだ。


「ダイナに風呂を用意させる。夕食までに入っておけよ。それと服も着替えろ」


 ……あ、そうか。匂いか。


「そういえば、支配人は今日の夕食、外で食べると言っていましたね」


 実質、俺の護衛の仕事は、今夜から始まる予定である。


「今朝ババアも言っていた通り、外食は『人と会う約束がある』という意味になる。身だしなみには気を付けろよ。


 ――まあ私が言わなくても、ダイナ辺りがうるさく言うだろうがな」


 だろうね。

 頼もしい限りだ。


 屋敷に戻ったら、ダイナウッドに外食時の注意とか聞いておこうっと。






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