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136.メガネ君、異論は認めないメガネを開発する





 安直な気がする。


 まあ、アレだ。

 パッと思いついたというか、目に留まったのだから仕方ない。


 これでもいいはずなのだ。

 ただ、安直だなぁと思うだけで。


「……あの、本当に着るんですか?」


「うん。変装するならこれが一番手っ取り早いと思うから」


 ぎこちない食事が終わり、アディーロばあさんに「今日は予定はないから自由にしていい」と指示を受け、一旦部屋に戻ってきた。


 途中にいた、昼食へ行く時に会ったメイドの彼に再び遭遇し、丁度よかったとばかりに部屋に招いたところである。


 ――予備のメイド服を持参させて。


 そして今、ベッドの上にふわりと広げた、そのブツがあるわけだが……


 アディーロばあさんの予定次第では、外出はある。

 その際は俺も護衛として同行することになる。


 これは確定事項だ。


 問題は、アディーロばあさんに同行することで、俺も目立つこと。


 ならば「俺が俺じゃなくなればいい」わけだ。

 そうすればいくらでもごまかせる。

 簡単な話である。


 というわけで、まず変装を思いつき、なんだったら性別までごまかしてしまえとばかりに、こうしてメイド服を持ってきてもらった。


 まあ……見ているだけでは始まらないし、とりあえず着てみるか。


「あ、お手伝いしますね」


「ああ、ありがとう」


 服を脱ぎだしたことで本気だと受け取ったのか、メイドの彼に手伝ってもらいメイド服に袖を通す。


 サイズは大丈夫だな。

 彼の方が俺より少し背が高いが、袖や裾の長さは許容範囲内だろう。動きづらくもきつくもなく、問題なく着れるようだ。


「どう?」


「大変お似合いです」


「本音は?」


「似合ってますよ。本当に。すぐにここで働けると思います」


 そうですか。あんまり嬉しくないけどどうも。


「でもこれで働くとセヴィアローさんにいやらしい目で見られるんでしょ?」


「気にしなければ大丈夫です」


 あ、そう。気にしないのは苦手じゃないから、俺でも大丈夫かもしれない。やらないけど。絶対やらないけど。


 ……まあ、でも、服を変えただけじゃ大して変わらないかな。顔や頭回りもどうにかしないと。


 「メガネ」を外すのは論外だから、それ以外で考えないとな。


「カツラ的な物とかある?」


「ありますよ。長い髪の方がいいとお嬢様がおっしゃる時もありますので」


 ……やっぱり彼の発言は闇を感じるな。そしてセヴィアローお嬢様の欲望も丸出しだな。


「じゃあそれも借りたいな。あとは……化粧?」


 うっすらしてるよな。メイドの彼。


「僕からはオススメするもしないもありませんが、やるなら徹底的にやった方がいいですよ。中途半端な変装なんて意味がないと思います」


 まったくもってその通りだ。

 となると、なんとか化粧も覚えるかな。


「……あの、こういう、女装みたいなのに抵抗はないんですか……?」


「これくらいなら別に」


 スカートの違和感を気にしつつ、俺は思い出していた。


 ――狩場では、人間の臭いを消したりごまかしたりするために、身体に泥を塗ったり糞を塗ったり、剥いだばかりの毛皮をかぶったりもした。


 あれらに比べれば、女装くらいなんでもない。


 異臭で気分が悪くなることもないし、人間だとバレたら襲われるって心配もない。安全ってすばらしい。


「君の言う通りだよ。やるなら徹底的にやらないとね。カツラ、化粧、ほかには?」


「え、えっと……胸パットとか?」


「入れよう。不自然なくらいデカいの入れよう」


「あと、背をごまかすヒールの高い靴?」


「履こう。デカい人になろう」


「それと……女性らしい仕草とか?」


「覚えよう。クネクネしていこう」


「クネクネは違うと思うんですけど……ほかには、下着とか?」


「履こう。縞々の履こう。……あ、待って」


 勢い込んで言ってしまったが、そこはちょっと待ってほしい。


「今君の下着はどうなってるの? 女性もの?」


「……見ます? 説明が難しいので見た方が早いですけど……」


 …………


 メイドの彼の気まずい顔が、答えを物語っている。


 だが俺は、本当に率直に、どんな下着を履いているのかまったく予想ができないのだ。


 先に言った縞々だって、偶然「夜明けの黒鳥」で見かけたアインリーセが履いていたのをうっすら憶えていただけの話だ。あれが王都の下着か、と。


 俺の村は田舎だから、下着なんて男女ともに、大して変わらないデザインのものばかりだったと思う。

 少なくとも俺はそれしか知らない。


 ホルンの下着なのか俺の下着なのか見分けがつかないくらい、代わり映えのないものだったから。


 娼館街に来た時に見た、包丁の女性やらカツアゲ男女の女性やらも、こう、色が違ったりキュッと角度が違うくらいで、村で見たものと大差はなかったと思う。


 まあしっかり見たわけじゃないから、細部は違うかもしれないけど。


 あ、でも、母親が「勝負の時は……」とか、村で結婚した新婚の女性になんだかんだ言っていたのを聞いた覚えがなくもない。


 まったく意味はわからないが。

 なんかと戦うのかな、とぼんやり思った記憶がある。


「……一応見せてくれる? ごめんね、無理させて」


 メイドの彼は、明らかに気が進んでいない。

 というか単純に恥ずかしいんだと思う。


 でも俺は、やっぱり、一応確認はしておきたかった。


 はたしてこの無法の国の娼館街では、どんな下着が流行っているのかと。


「……わかりました……じゃあ、見てください……」


 そして彼は、恥ずかしそうな顔をして、ゆっくりスカートをたくし上げた――





 ――人の業。人の闇。人の欲望。


 まさか滞在初日に、こんなにもまざまざと見せつけられるなんて、思いもよらなかった。


 無法の国クロズハイド。


 ここは、想像以上に罪深い。





「……あのさ、それは、下着として機能してるの?」


「僕にもわかりません。ただ、時々お嬢様にスカートを捲られますので」


 …………


「お嬢様は喜びますので。僕はそれでいいです」


 彼の闇は、俺の想像より深く黒いかもしれない。


「……知らない方がよかったかも。セヴィアローさんを見る目が確実に変わったよ」


 頭ではわかっていた逆ハーレムが、恐ろしいほどリアルに、痛ましいほど冷酷に、非常に生々しく感じられてしまったよ。


「――でも、お嬢様はまともな方だと思いますよ。少なくともこの街では、充分良識のある方です」


 そうですか……俺もそうであってほしいと切実に思います。


 …………


 それにしても、穴が開いてて色々丸出しとか、どういうことなんだ……もう下着じゃないと思うんだが……


「あ、それで、下着は」


「普通のでいいです。俺の感覚では、それは下着じゃないです」


 理解に苦しむ大変なものを見てしまったが……まあ、気にしないでおこう。


 ――なお、後日あの下着が非常に高価であることを知り、納得いかないと心底思うことになる。





「――アーシュ。いるか?」


 下着ショックでなぜだか落ち込んでしまった俺と、何とも言えない顔をしているメイドの彼との間に、救いのような声が割り込んできた。


 控えめなノックに渋い声。執事のダイナウッドだ。


「どうぞ」


 許可を出すと、彼はドアを開けた。


「小僧。うちの使用人を連れ込んだと聞い……何をしている」


 メイド服を着ている俺を見て、入ってくるなり険しかったダイナウッドの顔が更に険しくなる。


「変装の準備だよ。彼には手伝ってもらっていただけ」


「変装だと? なんのために?」


「顔が割れない方が護衛はやりやすいし、動きやすい。情報収集もしやすい。少なくとも俺はね。これも仕事の一環だと思ってるんだけど」


 個人的にもそれが助かる、という一文は付け加えないけど。でも理由だって全部本当だしね。


「…………」


 声にならない小さな呻き声を漏らすダイナウッドだが、不承不承納得したようだ。


「それで変装のつもりか。やるなら徹底的にやれ。そうじゃないと意味がないぞ」


 メイドの彼と同じことを言いつつ、なぜかその後の変装も手伝ってくれた。





 そして、完成した。


 ダイナウッドが持ってきてくれた大きな鏡でチェックしつつ、似合うカツラを選んだり化粧をしたりと四苦八苦し、なんとか夕方には完成した。


「……うん。これなら大丈夫かな」


 目立つのはやはり「メガネ」だが、これだけは外せないので仕方ない。


 しかし他は完全に、俺ではなくなっていた。


 似た色の長いカツラを装着すると、印象ががらりと変わった。


 こんなにも変わるのかと驚いたのは、化粧である。

 なんか、目の形が完全に別物になった気がするんだけど……化粧ってすごいんだな。


 この二つだけでも充分だが、更に靴底が厚いけど自然に見える底上げの靴を履いて、身長をやや高くした。

 ほんの少ししか変化はないはずだが、結構高くなった気がする。


 胸も控えめに入れてみた。

 可能な限り詰め込んでみようと大きいのを入れようとしたが、「不自然」と言われたのでこれで落ち着いた。「超でっっけえ」と言われるほど大きい方が夢がある気がするんだけど。

 まあ、不評なら仕方ない。


 下着は、自前だ。

 さすがに闇の中までは行きたくない。


「あとは仕草とかですけど……でも元々そう荒くないので、必要ないかもしれませんね」


「そうだな。仕草や女性らしさは、一朝一夕では身につくものではないからな」


 メイドの彼とダイナウッドのお墨付きを貰い、とりあえずはこれでいいことにした。俺も自分で別人みたいに見えるし、完成度は高いと思う。


「――フン。余計な時間を食った。じき夕食だからな」


 お、なんだ急に。


 急に我に返ったダイナウッドは、持ち込んできた道具類を手早く片付け、メイドの彼を伴い部屋を出ていった。


「化粧道具と鏡は貸しておいてやる。精々化粧の練習をするんだな」


 ドアが閉まり際にそんなことを言われた。


「ありがとう。世話になった」


 聞こえたかどうかはわからないが、一応言っておいた。





 ……さてと。


 部屋の近くに誰もいないことを気配で確認し、改めて鏡の前に立つ。


 昨夜アレを見てから、ずっと想像していた「メガネ」の可能性。


 今までは「視る」ことや「素養」に注視していたが、まだ踏み込んでいない可能性があることを見せつけられた。


 ――「ゴーグル」。


 形の違う「メガネ」。


 デザインが違う「メガネ」。


 つまり――「この形状(・・・・)じゃなくても(・・・・・・)メガネ(・・・)」なんだよな?





 「メガネ」を生み出す。


 顔を覆い。


 頭を覆い。


 首まで覆う。


 そんな「囚人が付けるというマスク」のような「メガネ」も、「メガネ」の特徴を押さえれば、「メガネ」ってことでいいんだよな?


 異論は認めない。

 だってできたから。


 目のところにはちゃんと「レンズ」がある。

 もっとも黒く色を付けて、外から顔や目は見えないようにした。


 顔や頭を覆う「革のような蔓」は、なんの革なのかはわからないが柔軟性があってピッタリとフィットしている。


 動くことに支障はないし、しゃべるのも阻害しない。

 口や鼻までがっちり塞いでいるが、普通に息はできるようだ。


 鏡に映る俺は、見た感じ「黒い革袋で頭を覆った明らかにヤバイ奴」だ。メイド服なのもそれに拍車をかけて危険度が増している気がする。


 だが、ここまでやれば、絶対に俺だとは、誰にもわからないだろう。





 この新しい「メガネ」があれば、多少は派手に動いても、俺だと連想する者はいないだろう。


 ……逆の意味で目立ちそうではあるけど。


 ……ヘンタイだもんな、確実に……見れば見るほど……


 ……黒い革袋をかぶって目のとこ金属っぽい何かが付いてる的な感じだもんな……


 ……俺なら夜中に見かけたら問答無用で逃げる怪しさだもんな……


 …………


 もうちょっとデザインがんばってみようかな……






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― 新着の感想 ―
神展開きた!!
[良い点] 顔が良い主人公は女装する宿命なんだ [一言] 想像力次第で目出し帽いけるなら、謎の素材で出来たマーベルな全身外骨格っぽいスーツいけそう。 メガネ部分的に鋭利にもできるなら暗器にもなるし鏃を…
[一言] アクセル(期待感、ワクワク)とブレーキ(イライラ、ストレス)を目一杯同時に踏みながらドライブしているような読書感 メガネ拡張はアクセルだな、期待するぞ
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