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135.メガネ君、ワイズの言葉を思い出す





「――エル様、昼食の準備ができました」


 渋い声が、思考の海から意識を引き上げた。


 意外と長く考えていたかもしれない。


 クロズハイドには早朝に到着して、今が昼か。

 少し寝たけど、あんまり長く寝てはいなかったはずだから。


 ベッドから起き上がると、ドアを開けた。


「普通に接していいよ」


 険しい顔のダイナウッドに迎えられるなり、そう言っておいた。


「黙って付いてこい」


 はいはい。……ああそうだ。


「部屋で食べるとかは?」


「支配人の護衛だろう。特に指示がないなら、あの方と一緒に食事だ」


 そうか。

 一人で食べる方が気が楽なんだけど。


 でも確かに、食事中ってどんな人でも多少の隙が生まれるもんな。


 「アディーロばあさんが誰かに命を狙われている」という意識を持つなら、食べ物に毒が入っているケースは、むしろよくある気がするし。


 一応護衛だしな。俺。


「あの人、この屋敷でも誰かに狙われているの?」


 長い廊下、前を歩くダイナウッドに聞いてみる。


 今の俺は何も知らないのだ。

 この無法の国のことも、娼館街のことも。


 どの程度期待されての護衛依頼なのかはわからないが、確認は必要だ。知らなければいけないことは知っておかねば。


「今のところはおまえが一番怪しい。他はそれなりに長い使用人しかいない」


 ……なるほど。


「ダイナウッドさん」


「呼び捨てでいい」


「じゃあダイナさん。あなたは俺のことをちゃんと見てて」


「は?」


 予想外の言葉だったのか、彼は立ち止まって俺を振り返る。


「今何か起これば俺が疑われるってことでしょ? それはすごく嫌だから。いろんな人を敵に回すだろうし、たぶんこの国にもいられなくなる。それは困る」


「――俺を試すか」


「いや、本心」


 何かしらの揺さぶりを掛けていると思われたようだ。まったくもって本心です。


「どうだか。見張りを立てることでアリバイを確立し、その上で何かやるかもな? 俺をマヌケに仕立てるつもりか」


「まあ、そう思っててくれてもいいけど」


「なんだと」


「真相はどうあれ、あなたができるのは俺を見張ることだけだから。それとも支配人の意向を無視して俺に仕掛けてみる? 追い出したりする? それはしないでしょ?」


「……チッ。小賢しい」


 狩人だからね。

 最低限頭を回さないと、命も危ないし貰いも少ないんだよ。


 姉くらい突き抜けられたら、逆になんとでもなるんだろうけど。でもあれは一種の天才だからね。凡人の俺はこんなもんだ。


「いいか小僧。これはだけは言っておくが――」


「――あ、ちょっといい?」


「――はい?」


 ちょうど通りすがった使用人……メイド服を来た同い年くらいの少年に声を掛けてみた。ダイナウッドが「聞け!」と言っているが、ちょっと待ってほしい。


「その格好は君の趣味なの? それともこの屋敷の規則みたいなの?」


「え、えっと……一応、規則の方ですね」


 明らかに怒っている俺の横のダイナウッドに戸惑いながら、メイドの彼は答えてくれた。


「お嬢様の命令です。こっちの方が似合うから、と……」


 そうか……これはやはりセヴィアローの趣味なのか。


 まあ確かに、彼は一見少女のように顔立ちがいい。メイド服がすごく似合っているから。


 …………


「あの人、欲望丸出しだね。君も大変だ」


 ここまでに割れた話をまとめると、一言で言えば、セヴィアローの趣味によって構成された使用人の逆ハーレムってやつでしょ。彼も。たぶんダイナウッドも。


「あ、あはは……」


 困ったように笑うメイドの彼。……否定しない辺りに若干の闇を感じるな……


 さすがは娼館街の支配人の屋敷と言うべきなのか、年甲斐もなく若い子を侍らせて恥ずかしくな……やめとこう。この辺の思考がうっかり口から出たら、俺の首が飛ぶ。


「――で、何?」


 メイドの彼が「失礼します」と行ってしまったあとに、改めてダイナウッドに向き直る。


「……もういい。あまりお嬢様の趣味に口を出すなよ。死ぬぞ」


 …………


 ダイナウッドから俺を心配する節の言葉が出る辺り、うっかり失言でわりと本気で首が飛ぶかもしれない。


 気を付けよう。ほんと気を付けよう。うっかりで死にたくない。




 

 大きな食堂へ案内された。

 おぉ……すごく豪華。シャンデリアとかある。テーブルも長いし、真っ白なテーブルクロスが眩しい。


 ここは本当にあの無法の国なのか、と疑いたくなる光景だ。


「エル、ここに座りなさい」


 お? ……あ、エルは俺か。まだ慣れないな。


 アディーロばあさんの指示で、長テーブルの奥に座る彼女の、角を挟んだ左側に座る。

 正面には趣味が丸出しのセヴィアローが座り、その後ろに彼女の護衛であるタイランが立っている。


「失礼します」


 ダイナウッドが引いてくれた椅子に、一瞬「なんだこいつ」と思ったが、そのまま座る。


 師匠から高級レストランでの振る舞いを自慢交じりに聞いておいてよかった。

 そうそう、椅子を引いてくれる邪魔な人がいるとか言っていたもんな。


 若干戸惑ったが表には出てないだろう。


「すごく豪華ですね」


 一応雇われの身なので、あまりうまくはないが丁寧な言葉を心掛ける。


 口調や言葉遣いで仕事がダメになったりケンカになったり交渉に失敗したりするから気を付けろ、と教わった。


 苦手だし下手だから不格好なんだよね。あまり使いたくはないけど。


「最低限は慣れておきな。外食する時の練習だよ」


 なるほど。やはりこれも仕事の一環か。


 ……あ。


 ふっと思い出したが、ハイディーガの地下訓練室に、こういうテーブルがあったよな。あれはテーブルマナーを憶えるためのものだったのかも。


「――エル。ナイフとスプーンは外側から使うんだ」


 正面のセヴィアローが、表には出てないはずだが色々戸惑っている俺に、食器を使って見せてくれる。


 育ちの差が如実に現れてるな。

 ぎこちない俺に比べて、アディーロばあさんもセヴィアローも慣れたものである。


 優雅に見えるほどに食べるのが上手い。

 食べ方に上手い下手がある、なんてはじめて意識した。


「…………」


 はじめて触れるテーブルマナーを意識し始めてから、なぜだかあの時の言葉を思い出してしまった。


 ――暗殺は、非常に繊細でデリケート。

 ――ただ一つの仕事に対し、百も千も手段があり、自分に合った正しいものを選び決行する、か。


 俺が暗殺者育成学校に誘われた時の、リーヴァント家で聞いたワイズの言葉だ。


 もし俺がテーブルマナーを知っていれば、これも暗殺の手段に使えるわけだ。


 パッと考えただけで、誰がどの食器、スプーンにフォーク、ナイフ、ワイングラスを使うか、どの順番で使うか、それが決まっているのなら。


 それなら、いくらでも暗殺は可能なんじゃないか、と。ふと思ってしまった。


 どこで毒を仕込めるのか、どこで仕込めば確実に標的の口に入れられるのか。

 タイミングはどうだ。

 もっとも自分が疑われない演出をしつつ、確実に殺すには。


 あまり考えたくもないことだが、しかし、気持ちとは裏腹に、怒涛のように「暗殺できる可能性」が見えてくる。


 まるで森にいる時のように。

 いつ獲物が出てきても動けるように構えているあの時のように。


 …………


 まあ、やりませんけどね。暗殺なんて。


 でもこういう思考を逆に考えれば、「誰かが仕掛けてくる」のも、予想が付くようになるかもしれない。


 一応俺は護衛だし、アディーロばあさんと一緒に外に行くこともあるみたいなので、考えておいて損はないだろう。


 …………


 あ、あれ? ちょっと待てよ?





 アディーロばあさんと一緒に外に出るってことは、娼館街の支配者の傍に俺がいる、という構図になるんだよな?


 つまり、目立つ?

 その状態でいろんな人に会うことになったり、もしかしたらほかの支配者とも会うこともある?


 顔がバレる?


 それだけならまだしも、同じように支配者にスカウトされたリッセたちと、どこかで会う可能性も出てくる?


 しかも、もしサッシュやフロランタンと現場で会った時、偽名を使っている俺の名前を普通に呼ぶことも?

 最悪なことに、名前のみに関わらず誰かにペラペラしゃべることも?


 …………


 まずいぞ。

 このままの流れで動いていると、俺の個人情報がどんどん流出しそうだ。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 順調にありとあらゆる殺しの可能性が考えられるようになってて何より [一言] 変装か覆面か
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