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134.メガネ君、悪態を吐かれつつ狭い部屋に案内される






「――今日から私の護衛だ。挨拶しな」


「エルです。よろしくお願いします」


 おばあさんとの話が着くと、再び執務室にはおねえさんと大男、声が渋い青年が呼び出された。


 もう面通しは終わっているが、改めて挨拶を、ということになる。


 なお、俺は偽名を名乗ることにした。

 あまり奇抜だと俺が反応できない気がして、そこそこ近い「エル」という名前にした。


 俺のことは何一つ知られたくないという意識もあるが、課題のこともある。


 もし何かの拍子で俺の名前が広まった場合、ほかの連中が探して訪ねてくるかもしれない。

 俺は合流を禁止されているので、できるだけ避けたいのだ。


 あと、やっぱり本題として、本来の目的として、俺の情報を一つも漏らしたくないからだ。


 一度は自分をごまかしてみたものの、やっぱりこれが本音である。


「まず、私の娘のセヴィアロー。私の次に偉いと憶えておけばいい。まあ、あんたは私直属の護衛だから、私以外の命令は聞かなくていいが」


 まず、おねえさんがセヴィアロー。おばあさんの娘で、おばあさんの次に権力があると。


 波打つ濃い茶色の長髪に、灰色の瞳を持つ、長身の女性だ。

 恐らく三十は超えていると思うけど、正確なところはわからない。


 目の色がおばあさんと同じだな。鋭い目元はそっくりだ。


「あの大男はタイラン。セヴィ直属の護衛だ。セヴィのいるところには寝室以外常に一緒だ」


 俺を捕まえた大男は、タイラン。縦にも大きいし、横も大きい。と言っても肥えているのではなく、鍛え上げられた筋肉で肥大しているようだ。


 短い金髪は刈り上げで、鳶色の瞳がはまった気難しそうな顔はなかなか厳つい。年齢は……セヴィアローより少し上くらいだと思う。


「それと、この屋敷の雑事全ての責任者……わかりやすく言うと執事だね。ダイナウッドだ」


 声の渋い青年は、ダイナウッド。執事か。そういえば、使用人服だけどほかの使用人服より上等な気がする。


 淡い色の金髪で、髪型は左右アンバランスで左の前髪だけ長いという独特のものだ。

 奇抜に見えるものの、顔がいいせいか非常によく似合っている。


 頭の良さそうな青い瞳がじっと俺を見ている。

 歳はたぶん二十半ばくらいだ。長身で細身で、やっぱりカッコイイ。


 ……というか、なんかすごく品があるなぁ。俺みたいな田舎者とは根本的に生まれが違うのかもしれない。


「エル」


 と、おばあさんが俺を見る。ん? なんだ? ……あ、俺のことか。


 「なんでしょう?」と返すと、彼女は言った。


「私がこの娼館街を仕切っているアディーロだ。あんたは支配人と呼べばいい」


 はあ、なるほど。


「じゃあ支配人、これからよろしくお願いします」


「ああ、任された。不自由だけはさせないから好きに過ごしな」


 ――こうして、俺の娼館生活が始まったのだった。





「こちらのお部屋をお使いください」


 ダイナウッドの案内で、一つの部屋に連れていかれた。


「……豪華すぎない?」


 部屋は広いし、ベッドは大きいし、棚だの机だのテーブルだのも立派な物だし。更には絨毯まで敷いてある。

 これは完全に客室だ。


「エル様に不自由をさせるな、と仰せつかっておりますので」


 ……様付けか。偽名自体もまだ慣れないけど、敬称が付くのも慣れないなぁ。


「あの、普通に話してもらっていいんだけど」


「本当にそれをお望みなら」


「じゃあ望むということで」


「――何が狙いだ小僧」


 いきなり凄まれました。おい。ここまで態度が急変するのか。


 ……まあ、面白いからいいか。


 あんまりすんなり全面的に受け入れられるのも、俺の居心地が悪い。


「部屋変えてくれない? もう少し庶民寄りの方が落ち着くんだけど」


「フン……いいか小僧。俺はおまえを信じていない。おまえからは嘘の臭いがするからな」


 ああ、はい。偽名使ってるしね。


「常に見張っているからな――付いてこい」


 あ、でも、案内はしてくれると。


「ダイナウッドさん」


「あ?」


「これからよろしくね」


「うるさい黙れ死ね」


 うーん。これから楽しくなりそうだ。





 ――部屋を変えてもらい、恐らくは使用人用の部屋であろうベッドがあるだけの狭い部屋に連れて来られた。


 掃除も行き届いているし、ベッドも軋まない。俺にはこれで充分だ。狭いけど。


 荷物を置き、ベッドに腰掛ける。


「……ふう」


 ようやくちょっと落ち着いたかな。


 ドラゴンでの移動から何から、昨日の夜から色々な出来事が一気に起こって息つく暇もなかった。


 そもそも昨夜は一睡もできていないのだ。

 ここまでは気を張っていたせいであまり感じていなかったが、こうして落ち着くと、疲れが押し寄せてくる。


 ……少し横になるか。昼には誰かが起こしに来るだろう。





 誰かが来る前に起きてしまった。


 慣れない環境のせいか、あまりよく眠れなかったのだ。

 でも、少しは疲れが取れたかな。


 短い休憩を経て、幾分頭がすっきりした。


 「メガネ」を掛けて「生命吸収」をセットし、更なる回復を計りつつ、天井を眺めながら考え事にふける。


 ――まず、この「ブラインの塔を探せ」という課題について。


 俺には課題の意味がわかった。

 だからこそ、俺に追加の課題を出したことも納得できた。 


 つまり、この街には俺たちの事情を知っている連中がいて、俺たちはおのずとそこへ導かれる仕組みになっていたのだ。


 ここに連れて来られる暗殺者候補生たちは、全員とにかく腕が立つ。


 腕が立つ奴は目立つ。ここは揉め事の宝庫だしね。

 腕っぷしで解決すれば、一発で噂になるだろう。


 噂が流れれば、すぐに事情を知る者……何人かいるのだろう権力者たちの耳に入り、スカウトされる。


 そして、その時に、権力者に言われるわけだ。


 「ブラインの塔のことを知りたければ、自分に従え」と。


 ――で、だ。


 その流れがほぼ確定しているからこそ、俺には課題が追加されたのだ。


 ソリチカは俺の性格をよくわかっている。


 俺は揉めないし、力の誇示もしないと思ったのだろう。

 だから支配者と接触する可能性が極めて低い。


 更に言うと、俺は支配者経由じゃなくてもブラインの塔を探し当てることを確信していた。


 それに関しては、確かに、最初から探す方法に当たりは付いていた。

 たぶん探そうと思えばすぐ見つけられると思う。


 三つ目の課題「最後にブラインの塔に来い」があるので、急ぐ理由がないから探さないけど。


 ここで大事なのは、逆に言うと「ソリチカは俺たちに支配者と会わせたかった」という意志が浮き彫りになることだ。


 で、実際会ってみてどうだったか?


 恐らくは――今までの人生で逢ったことがない、貴重かつ希少な「素養」で権力を確立している者がいる、ということを知らせるためだ。


 アディーロばあさんの「素養」も謎のままだし、きっとほかの支配者たちの「素養」も、想像もつかないような恐ろしいものを備えていることだろう。


 この無法の国クロズハイトには法がない。

 だから、誰もが己の力のみでのし上がるしかない。


 だからこそ、今権力を握っている連中は何かしらの力を持っている、と考えられるわけだ。


 ――ほかの支配者にも、ぜひ会ってみたいものだ。




 話を戻すが、もし「ブラインの塔のことを知りたければ、自分に従え」と取引を持ちかけられたら。


 そこからどうするかは、各々の判断次第だ。


 まあよっぽどのバカか腕に自信がなければ、頷くしかないとは思うけど。

 選択肢があるようで、肯定一択しか選べないからね。


 だって断ったら、目の前にいる権力者が敵になるのだから。

 何事もなく解放なんてされないだろう。


 アディーロばあさんが言っていた通りだ。

 「よそに渡すくらいなら始末する」ってのは、結構な本音だったんだと思う。


 そしてあの言葉から察するに、支配者同士は敵対していたりするのかもしれない。


 戦力の確保は、そのまま権力の中に加えられたりもするのかもしれない。


 …………


 まあ、それより気になるのは、「権力者たちは本当にブラインの塔のことを教える気があるのか?」って点だけど。


 俺たちを配下に加え、使えるだけこき使って情報は出さない、というパターンが臭い気がするんだけどなぁ。


 だって情報を渡せば、俺たちがそこにいる理由はなくなるのだから。

 ずっと戦力として置いておきたいなら、情報を渡せないだろう。


 ……あ、そうか。


 サッシュやフロランタンの顔を思い浮かべて、杞憂だと理解する。





 ――あいつらならそのうち暴れて力ずくで吐かせるよな、と。


 ――自分がどれだけ危険な状況でも、関係ないとばかりに暴れるだろうな、と。


 暴れたら見に行こう。きっと痛快だ。





 

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