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131.メガネ君、七回目のカツアゲの最中に





 えーと……ここかな?


 露店商に聞いた通りにやってきて、それっぽい看板が出ているのを見つけた。


 看板には、かかとの高い靴を履いた女性の足の絵が描かれている。

 たぶんこれだろう。


 看板の先は、狭い大通りから更に狭く日当たりの悪い、暗い細道に続いている。


 うん、いかがわしさが漂ってくるような入り口だ。


「――おい坊主。金貸してくれよ」


 しっかしカツアゲ多いな。


 俺は振り返り、同年代くらいの四人の少年たちに向き合う。


「ここじゃ邪魔になる。向こうの路地で話そう」


「――はぁ? いい度胸してんじゃねえか。ボッコボコにしてやるよ」


 ……………


 実は、ここに着くまでに、もうすでにカツアゲ六回目なんだけどさ。


 なんで彼らは俺が大人しく付いていくと信じて、全員先に行くんだろうね。


 行くわけないだろ。

 なぜ数の有利を活かさない。

 まず逃がさないよう囲んで移動が鉄則だろう。


 まあ、必要以上に揉めずに済むんだから、ありがたいと言えばありがたいけど。……ありがたいわけないか。迷惑だって。


 全員が背を向けた瞬間、俺は娼館へ向かう路地に滑り込んでいた。





 追われると面倒なので、しばらく走って移動する。


 そして、急に開けた道に出た。


「……ああ、なるほど」


 ここから先は、道沿いにずらーっと夜の店が並んでいるようだ。


 高級店らしき大店もあれば、小さな看板しか出ていない店もある。


 で、なんかこう……道を歩く気だるげな男と女の姿がある。雰囲気が一般人とは違うので、ここらの店の従業員なのだろうと思うが。


 ……俺はいまいちよくわからないが、誰も彼も色気があるというか、化粧っけがあるというか。


 とにかく、表の道を歩く一般人にはない魅力があるようなないような、うまく言えないがそんな夜の雰囲気をまとった人たちばかりである。


 それにしてもこの辺は静かだな。

 人はいるけど、大通りのような活気はまったくない――


「――ちょ、危ないって!」


「――うるさい殺す!」


 お、活気のある……いや殺気のある声。


 少し先の店から、恐らくは自分の衣類だろう服を抱えて、前を隠しながら転げるように表に出てきた裸の男と。

 それを追って出てきた、包丁を持って出てきた下着姿の女が、揉めているようだ。


 あれは……まさか。


 師匠が「まったく死ぬかと思ったぜ。女ってのは怖いぜぇ」と、言葉とは裏腹に満更でもなさそうに結局はモテの自慢話をしていた、修羅場というやつでは? ちなみにもちろん自慢話は無視したけど。


「金のない奴は二度と来るな!」


 ケツ丸出しで逃げていく男に、包丁を振り上げて怒鳴る女。


「――ケッ! 死ね!」


 もう見えなくなったケツに悪態を吐き、包丁を持った女は足音荒く店に戻っていった。


 そして一応は注目したものの、特に何事もなかったように動き出す人たち。


 なんか……ああいうのは、ここでは日常の光景なのかもしれない。

 特に珍しくもない出来事で。


 俺は充分びっくりしたけどね。表には出てないかもしれないけど。


 ……にしてもほんと、


「――た、助けてぇ! 助けてぇ!!」


 洗礼の多い街だ。





 さすがは無法の国と言うべきなのか、単純にケチな小悪党が多いだけなのか。


 それとも俺が絡みやすいように見えるのか。


 悲鳴を上げて走ってくる、これまた下着姿の女が、一目散に俺に向かって走ってきた。


「お、お願い! 助けて! 助けて!」


 おお、迫真。泣いてる。……水でも目に挿したかな。


「待てよ!」


 と、今度は腕っぷしの強そうな、大きな男が走ってきた。


 ああ、今度はそういう形のアレですか。

 ストレートに来ればいいのに。「金よこせ」って。その方が早いんだけど。


 そもそもを言えば、話の流れに無理があるだろう。


 よりによって、なんで俺みたいな小柄な小僧に助けを求めるんだ。

 俺が腕っぷし強そうに見えるのか。


 そう見えないから大通りで絡まれまくったのに。

 周りにも、俺よりはよっぽど強そうな男女もいるのに。俺より強そうな男も、女もいるのに。なんで俺に来るんだよ。不自然だろ。


「おいガキ! その女渡せ! ぶっ殺してやる!」


 「その女」とやらは、俺にすがるようにして来た後、今は俺を盾にするように背後にいる。


 完全に巻き込まれた形になっているが、俺の選択は迷いようがない。


「はいはいどうぞ。がんばって」


 そして、だ。


 俺はこのあと、男がどう絡んでくるか興味津々ですよ?


 きっと俺が「女を守る」だのなんだのという行動を取り。対立した上で、色々巻き上げようという腹だったのだろう。


 でも俺はすっと、なんの抵抗も躊躇もなく、普通に身を引いた。むしろ関わる理由がないとばかりに。


「えっ。……な、なんで!? 助けてくれないの!?」


 女が狼狽えている。

 そんなに予想外だったかな? そうでもないと思うけど。


「俺が彼に勝てそうに見えるの? だとしたらあなたは頭が悪いどころか目も悪いよ? ああそんなことより早く大通りに出て助けを求めた方がいいんじゃない? なんでここで立ち止まってるの? 早くいけばいいんじゃない? なんで行かないの?」


「えっ、えっ」


 興味津々で色々質問してみたが、女はすごく狼狽えるばかりで何も答えられない。


「あなたも。なんで棒立ちなの? 早くこの人捕まえたら? ほら、俺が捕まえておくから。今なら簡単に捕まえられるよ。ほら。早く回収して巣に帰れば? ぶっ殺すんでしょ? なんならここで殺せばいいんじゃない? やらないの? なんなら手伝おうか? あれ? 口先だけなの?」


 と、男の方にも興味津々で色々質問してみる。


 男女グルでゆすりたかりをやる以上、こういうケースもあるはずだ。

 その場合どうするか、すごく興味がある。


 さすがに治安のいいナスティアラ王国では、こういうレアなカツアゲには巻き込まれづらいだろうからね。

 だからこそ、すごく気になるのだ。

 こんなの一生に一度、あるかどうかわからないし。しっかり経験しておきたい。


 表に出ているかはわからないが、俺は非常にワクワクしながら次の展開を待っていると――


「――う、うるせえな! 女を守ろうともしねえクソ野郎は許せねぇんだよ!」


 えぇ……何その雑な逆ギレ。


 がっかりだよ。

 まさかここでそんなありえない失速をするなんて。


 姉の方がまだ理不尽なくせに説得力を有するパワーあるキレ方するよ。


「半裸の女を追っかけまわしてぶっ殺すなんて言う男がそれを言っても。本当に説得力がないよ?」


「う、うるせぇうるせぇ! うるせぇ!!」


 お、来るか?


「――うるさいのはおまえだ!」


 腕っぷしだけは強そうな男が拳を振り上げた瞬間、頭をブン殴るような大声が割り込んだ。





「そこの小僧は最初からわかってんだよ! 失敗したネタをいつまでもダラダラやるんじゃない! みっともない!」


 どうも最初から見ていたらしい。


 三十代であろうおば……おねえさんが、やたら迫力のある眼光を光らせてやってくる。

 そして彼女の後ろには、このゆすり男より更に大柄で腕っぷしの強そうな大男が付いていた。


 ……ああ、あれは強いな。すごく強い。


 でも、おねえさんの方が、もっと強いみたいだ。


 大男の方の数字は「37」、おねえさんが「22」。

 片方だけならどうにかなるかもしれないが、両方いたら俺に勝ち目はないと思う。


 あと、どちらも「素養」がわからない。

 発動していないんだと思うが。


 更に言うと、脅威的なのは、二人は武器らしい物を持っていないことだ。

 見た感じほぼ丸腰なんだけど。


 強いて言うなら、おねえさんが持つ金属の棒……タバコを吸うパイプくらいだな。


「おい。言ったよな? ここらでやるなと」


「で、でもよ――」


「こっちはその言い訳と同じ理屈で、おまえらをたたき出しても構わないんだが」


 鋭い眼光に見据えられ、男は完全に委縮してしまっている。


 うん。怖いね。

 俺も逃げたい。


「行け」


 ヘビに睨まれたカエルのように動けなくなっていた男と女は、許しの一言を受けて大慌てで走り去った。


 俺も一緒に走り去った。





「おまえは待て」


 無理だった。


 まるで俺の行動を予期していたかのように、大男に捕まった。







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