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130.メガネ君、無法の国クロズハイトに踏み込む





 街へと歩きながら、ソリチカに出された三つの課題について考える。

 まず、これを消化してから、己の行動を考えなければならない。


 無法の国への対応や、現地での振る舞いは、実際に見て感じてからじゃないと、なんとも言えない。


 無法というだけに多少は荒いのだろうけれど、しかし秩序はあるはずだ。


 人が集まる場所には、必ず秩序は生まれる。

 そうじゃなければ人は去るだけだから。


 集落においては、最低限のルールは自然と生まれるのだ。


 ……まあ、その辺の推測も、街に着いてからだな。


 とにかく今は課題についてだ。


 ――一、弓の使用禁止。


 これはそのままの意味でいいだろう。


 そもそもを言えば、街中で弓を引く、という想像が意外とできない。人も多いだろうし、障害物も多いだろうし、路地裏なりなんなり逃げ道も多いはず。


 弓は、中距離から遠距離への攻撃に優れる。


 近距離も一応カバーはできるが、その場合は相手が単独あるいは複数が、狙える位置にいることが大前提だ。


 そして恐らく、街中で弓が必要になる出来事があるとすれば、人が相手で中距離から近距離戦に限られるだろう。


 連射の速度に難がある。

 矢を避ける、弾く相手もいる。

 逸れた矢が無関係な人に当たる可能性もある。


 連射に関してはそのままだ。

 やはり剣などの刃物と比べれば、攻撃への行程がはるかに多い。どうしても何かを振り回すよりは遅くなる。おまけに攻撃は直線のみ。読まれやすいことこの上ない。

 ついでに言うと、矢というものが尽きれば攻撃手段がなくなる。矢は有限だから。


 矢を避ける、弾く相手に関してもそのままだ。

 避けられた時点で、相手はもう俺への攻撃に入っているか、逃げているだろう。弾く場合も似たようなものだ。ついでに言うと矢が……これはさっき考えたな。


 流れ玉に関してもやはりそのままだ。

 どんな状況で弓を引くかにもよるだろうけど、一度撃った矢は止めることはおろか、曲げることもできない。事故であっても無関係な人に当てるなんて、あってはならない。


 ……うーん。やっぱり街中で弓を引く状況が、あんまり見えないな。


 それよりは、俺なら普通に逃げた方が良さそうだ。

 どうしても誰かを襲う必要や戦う必要があるなら、いったん引いてから、隙を見て不意打ちでも仕掛けた方がいいだろう。


 卑怯かな?

 でも死んだら終わりだからね。


 俺はまだ終わりたくない。

 だからこれでいい。


 ――二、お友達との合流禁止。


 これに関しては、俺は元々そうするつもりだったから、別に問題はない。


 強いて言うならフロランタンが心配なくらいだ。

 街の様子を見て、まずいと思えば、探していたかもしれない。


 というか、まずいと判断したら探すつもりだ。

 ソリチカの課題よりも命の方が大事だから。


 リッセ、サッシュ、セリエは大丈夫だろう。心配してない。


 元々ブラインの塔に来る許可が下りた以上、教官役から見て、全員心配がいらない域には達しているのだ。

 無法の国で生き抜けるだけの強さはある、と。そう判断されたのだ。


 村にいる時、彼らと散々やった魔物退治で、それぞれの実力はよく知っている。


 フロランタンだって単純に強い。

 本当にシンプルに強い。

 その点に関しての心配はない。


 ただ、肉に釣られて罠に掛かる可能性はあるかな、と……俺と同じ肉好きなだけに、肉に関する心配は拭えないところがある。


 俺だって、もし自分で調達できなければ、色々と……あ、そういえば弓がない。


 ……え?


 ……そういえば、俺は今、狩りが、できない?


 もしかして、今は自分で肉を調達できない?


 …………


 由々しき事態が、すでに起こっていた、だと……!?


 ……これに関してはあとで考えよう。


 弓に代わる武器を持つか、あるいは登録した「素養」でどうにかするか……方法はいくつかある。

 一番得意なものを封じられたくらいで焦るな、俺。


 狩りは常に冷静に、だ。


 ――三、五人の中で一番最後にブラインの塔に来ること。


 …………


 うん。

 これが一番厄介だよな。





 寄せ集め、という言葉が相応しいだろう。


 所々が崩れて、あまり意味をなさない街を囲む石積みの壁は、どこからでも出入りができそうである。


 誰がいつ作ったのかは知らないが、年季を感じる街と外を隔てる壁は、万全であればなかなかのものだと思う。見上げるほど高いみたいだから。

 しかし、崩れたところで直す者はいないらしい。


 その崩れている壁から伺える街の様子は、統一感のない建物だ。


 高さがあったり、低かったり。

 木造だったり、石造りだったり。

 そんな建物がひしめいているようだ。


 外壁はボロボロだけど、でも一応街へ入る正門らしきものが幾つかあるようだ。


 開けっ放しだし門番などもいないが、街から続く街道らしき道が、どこかの彼方へ繋がっている。

 もしかしたら、よその国や街との交流があるのかもしれない。

 ここら一帯は未開拓地、だと思うんだけど……その辺を考えるのもあとでいいか。


 崩れている壁から入ってもいいが、まずは正攻法で入ってみようかな。


 というわけで、街道らしき道に添って、開けっ放しの出入り口から街に踏み込んでみた。


 道は、狭かった。


 左右にひしめく建物に圧迫されるように、街道らしき道は馬車が二台ぎりぎりすれ違えるほどの幅しかしない。


 そして、人もそれなりにいるが、……意外と普通の人たちのように見える。まあ、王都と比べれば、多少身なりが粗末な人が多いかな。


「……ん?」


 街に踏み込むなり、いくつかの視線を感じていた。


 その視線の主たち……漏れなくみすぼらしい五人のおっさんたちが、俺に歩み寄ってきた。


「坊主、ここ初めてだろ?」


 一応愛想笑いのようなものを浮かべて、一人が話しかけてきた。……甘いなぁ。下心くらいちゃんと隠そうよ。


「俺たちは門番だ。入るには入国料が必要なんだ。だがどうせここに流れてくる奴は金なんざ持ってねえだろ。金目の物でいいぜ」


 あ、はい。カツアゲですね。門番が街の中にいちゃ仕事になんないだろ。


「――俺が持ってる金目の物なんて、これしかないけど」


 と、俺は掛けている「メガネ」を外し、差し出す。


「メガネ? どれ……」


 五人のおっさんが、たった一つの「メガネ」を覗き込む様は、ちょっと面白い。そんなに興味津々か。頭を寄せあって凝視して。……ちょっと照れるんだけど。それ、「俺の素養」なんですよ?


「あ、やっぱりほかのを出すよ。大事な物だから返して」


 ちょっと急かすようにつつくと、面白いように狼狽えて即答した。


「――いぃいやこれでいい!」


 本当にわかりやすいなぁ。隠せ。下心を。もう少しうまく騙してくれ。見え見えすぎて笑いそうになる。


「返せって言ってるんだけど」


「はっはっはっ! もう遅ぇよバーカ!」


 おっさんたちは悪態を吐きながら、どこぞへ走り去った。うーん、躊躇のない見事な逃げ足。


「…………」


 おっさんたちが去った方から視線を前に戻すと、通行人たちが憐れむような視線を俺に向けていた。まあよく見えないけど。雰囲気は感じる。


 彼らからすれば、街に着くなり金目の物を巻き上げられたかわいそうな小僧に、俺は見えているのだろう。


 ――俺は背負い袋から新しい「メガネ」を出して掛けた。ちなみに袋から出したように見せて生み出したものだ。


 さて、夜になったら「あのメガネ」に接続して、彼らの行動を「視て」みることにしよう。


 役に立たないようなら「メガネを消せ」ばいいし、面白いものが「視え」たらしばらくそのまま残せばいい。


 ソリチカとの訓練で、できることが判明したのだ。

 まあ薄々できるだろうって思っていたことが明確になっただけだが。


 「俺のメガネ」は「全ての俺のメガネ」と繋がっているから。


 「全ての俺のメガネ」が映したものを、「俺のメガネ」で「視る」ことができるのだ。


 ただ使い道がなかったんだよなぁ。

 「視る」となれば、城に配った分かセリエが持っている分くらいになる。


 セリエはともかく城はまずい。

 「視て」はいけない重要なことは知りたくないので、接続する機会がなかった。


 あと、遠隔で「消す」こともできるようだ。


 まあ「俺が憶えているメガネ」に限られるが。ちゃんと「記憶しているメガネ」じゃないと、指定することができない。


 要するに、城に配った分は消せないってことだ。あの頃は何も考えずに「生み出した」ものだから、「ちゃんと記憶」はしていないのだ。


 これからは、どこか見えないところに番号でも振ろうかと思っているくらいだが、そもそも「メガネ」を誰かに渡す機会がない。


 こんな時でもなければ、使い道に困るよね。


 まあとにかく、今は情報が欲しい。

 無理なく撒ける種なら撒いておけばいい。


 ……よし、行くか。





 すれ違う人たちが、微妙に視線を向けているのがわかる。

 やはり見慣れない新顔ということで、注目しているのだろうか。うーん、どうも視線を向けられるのは好きになれないなぁ。


 ……それにしても、結構人が多いな。


 それに、無法の国というには、普通の人が多い気がする。雰囲気はややピリピリしているが、穏やかだ。……穏やかでもないか。いきなりカツアゲされたし。


 お店なんかも普通に――おっと。


「お、失礼」


 露骨に向かってきた青年を、あえてよけずにそのままぶつかってみた。青年は小走りで去っていった。早業だなぁ。


「……おい坊主。スられたぞ」


 ちょうど目の前にいた、雑貨屋らしき露店のやたら凄味のあるおっさんが、ぼんやり青年の背中を目で追う俺に言った。


 その顔は、やはり憐れみを含んでいる。


「あ、そうなんだ。全然気づかなった」


「はあ。間抜けな坊主だな」


 そうだね。マヌケだね。あの人。


 ……あの人が俺の腰に釣っていた皮袋、サイフじゃなくて『臭気袋』なんだよね。例の熊除け草の臭いやつなんだよね。


 開けたら異常に臭い粉が入ってるだけなのに。

 もし扱いを誤ってまともに身体に付着したら、何日かは完全に取れないと思うけど。


 まあ、でも、勝手に持っていくほど欲しいみたいだったから、いいか。


「おまえ新顔だろ? 行く当てあるのか?」


 お?


「面倒見てくれるの?」


「間抜けはいらん。足引っ張られるのも迷惑だ」


 ああ、そうですか。でも俺も同感だよ。このおっさんは知らないけど、俺は足手まといを連れて動けるほど強くもないし器量もないしね。


「娼館にでも行ったらどうだ? おまえの顔なら売れるだろ」


 おっと。


 親切なのかけなされているのか微妙な線の発言だな。……一応親切なんだろうな。顔が笑ってないし、バカにもしてないから。


 どうも俺はよっぽどの間抜けに見えているらしい。……まあその方が楽だからいいか。


「その娼館ってどこ?」


「このまままっすぐ行けば看板が出ている。そこを曲がればすぐだ」


 そうか。


 ……そこで働くつもりはないけど、しかし、拠点は必要なんだよな。この街で夜を過ごすよりは、きっと街の外で野宿の方が楽だろうし。


 だってこの短時間で、すでにカツアゲとスリに遭ってるもんな。

 一晩で何回絡まれるかわかったもんじゃない。


 行く当てもないのだ。その娼館とやらの様子を見に行ってみようかな。せっかく教えてくれたんだし。一応の善意だと信じて。


「……ん? なんか臭くないか?」


「そう?」


 どうやら彼は扱いを誤ったようだ。

 地面にぶちまけたか、自分にぶちまけたか。


 まあ、スッたのも自己責任なんだから、扱いも自己責任でお願いしますね。


 ――なんだかんだ無法の国の洗礼を受けつつ、俺は教えられた娼館の方へと向かうことにした。







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