125.メガネ君、新しいメガネに出会う
危惧していたサッシュの揉め事や、可愛い邪神像絡みのトラブルもなく、無事に約束していた昼時を迎えることができた。
サッシュの槍に関しては、目ぼしいものがなかったので見送る運びとなった。
平凡な中古の槍なら何本もあったが、「どうせ買うなら」とサッシュ本人が厳選した結果である。
どうも良物や業物という目線ではなく、とにかく頑丈で長く使える物が欲しいみたいだ。
俺から言わせると、武具はどうしても寿命があるので、頑丈さ優先で選ぶのはどうかとは思うのだが。
それよりは自分に合った物を選びたい。
でもそれは、あくまでも俺の意見である。
リッセは新しい剣を買っていた。
まあ彼女の場合は、まだ使い捨てのなまくらで充分らしい。長く使える、長く使いたいような良物には出会えなかったから。
その後、甘いものを食べに行くと言っていたセリエ、フロランタン、ソリチカと合流し、甘いものを食べてきた。
焼き菓子を出す喫茶店で、季節の果実のパイ包みにお茶である。
「――おう、構わんぞ! 忌子じゃけぇ出てけぇ言うたら大人しく出てったるわ! うちの目ぇ見て言うてみぃや!」
小じゃれたお店だからか、フロランタンを見て店員が嫌な顔をした。
が、そのフロランタンが勝気に笑いながら堂々と言い放つと、意外とすんなり通してくれた。
そうか。
今更まったく意識していなかったが、フロランタンは悪魔の生まれ変わりと言われている忌子だったな、と。
久しぶりにその事実を思い出した。
まあ、どうでもいいことだ。
ちょっと内から溢れる想像力が邪神像を生むだけの普通の女の子だと、俺たちは知っている。それでいいだろう。……いや、まあ、ちょっと普通ではない気もするけど。
でも、少なくとも、俺の姉の方がよっぽど忌子より忌子っぽいからね。アレと比べればフロランタンなんてどう見ても普通方面寄りだよね。
「――肉の人。うちのことは気にせんでええ」
え? いや、肉の人って言うな。
「――こういうのは生まれた時からじゃけぇもう慣れた。傷つく心ものうなったわ。じゃけぇ心配そうに見るな。照れるじゃろ」
え? いや、確かに見てたけど、全然心配なんて……むしろやっぱり姉の方が忌子っぽいなぁと改めて…………あ、はい。誰も損しないならその誤解でもいいですけど。
というか、あんなに堂々と啖呵きれる人を、心配する必要はないと思うんだよね。
――とまあ、そんなことがあったりなかったりしつつ、大した事件も起こらず、昼には宿に戻ったのだった。
軽く昼食を取り、また徒歩で旅を開始するが。
「――着いたぞ」
陽が傾き、彼方が赤くなって来た頃に、先導の“霧馬”が立ち止まった。
ここは、かなり高い崖である。
眼下には広大な森が広がっているが、落ちれば間違いなく死ぬだろう。
まさかここを降りる、なんて言わないだろうな?
絶対に無理だ。
全員のロープを結わいても下まで足りないだろう。ゴツゴツした岩が露出した足場などはあるが、あれを伝って降りるのも困難だろう。
「ソリチカ、呼んでくれ」
「うん」
“霧馬”の言葉にソリチカは頷き――光り出した。
「何してんだ?」
全員の疑問を代弁するように、サッシュが“霧馬”を見る。
――ちなみに俺には「視え」ている。
「人を呼んでいる。すぐに来るからこのまま待て」
――いつもソリチカの傍を漂っている、魚のような精霊が、眼下の森に飛んでいく姿を。恐らく誰かに伝言を飛ばしたのだろう。
それからしばしの間、無言で待つ俺たちの目の前の空に、黒い点が現れる。
それは徐々に形を変え、鳥のように見え。
「うお……!」
「まさかドラゴン!?」
そう、近づくにつれてはっきり見えてきたシルエットは、紛れもなく天空の支配者――ドラゴンであった。
「――久しぶりだな、“霧馬”」
ばさりと最後に大きく翼を羽ばたかせ、黒に近い灰色のドラゴンは静かに俺たちの前に舞い降りた。
そして、そのドラゴンにまたがる男も、ひらりと地に降りる。
「竜人族か!?」
え、あれが竜人族? ……確かにそれっぽい特徴はあるけど。
竜人族とは、ドラゴンと人間の子だの、ドラゴンそのものの末裔だのと言われる、ドラゴンの特徴を持つ人間のことである。獣人みたいなものだと思えばいい。
何ヵ月も旅をしなければならないような遠い地に住む、この辺ではまったく見かけない人種である。
だから俺達のようなこの地方の人間は、「本当にいるのかどうか」ってくらい、真偽があやふやなのだ。
本当にいた、真実だった、と。そういう驚きがある。
彼の場合は、両腕と両足がドラゴンっぽい。
顔などは人間の肌なのに、恐らく邪魔だからだろう袖や裾が短い服をまとい、剥き出しの手や足は、緑色の鱗の肌にカギ爪が生えている。
人間っぽいけど人間じゃない。
それが俺がはじめて見た龍人族への、飾らない感想だった。
だが、それよりだ。
俺はそれより、何より、彼の顔にある「モノ」の方が気になる。
「それはメガネ?」
思わず聞いてしまった。
初対面の人に自分から声を掛けるなんて、滅多にないのに。
しかし躊躇さえなかった。
彼が顔に掛けている「モノ」に関して、とてもじゃないが我慢ができなかったから。
「ん? いや、これは『ゴーグル』っていう目を保護……おいおいそれなんだよ!」
「ゴーグル」という俺の知らない頑丈そうなメガネを掛けている竜人族の男が、俺を見るなり歩み寄ってきた。
それから目を離せないまま固まっている俺の頭を、鱗に覆われた両手で挟むように掴んだ。
ぼんやり濁った「ゴーグル」のレンズ越しに、瞳孔が縦に……爬虫類のようになっている青い瞳と、がっつり目が合う。
「なんだこの透明度!? どんな虫から取れる膜で作ったんだ!?」
それが俺と「ゴーグル」の出会いだった。
正直、生で間近で見るドラゴンや竜人族より、「ゴーグル」との出会いの方が衝撃的だった。