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120.メガネ君、決断する

6/19日、修正しました。





「――行ったぞエイル!」


 わかっている。


 さっきから俺が登っている木さえ、小さく揺れるほどの振動が、音より先に伝わっている。


 地を踏み鳴らす無数の足音が、地響きとなって近づいてくる。

 どうやらサッシュたちは、こちらに追い込むことに成功したようだ。


「――セリエ! 発動!」


 無数の足音を引き連れるようにして先導してくるリッセが、俺の向かいの木の上で待機しているセリエに合図を送る。


「はい! ――『発動』!」


 上から見ているとよくわかる。


 セリエの力の籠った声に呼応し、不可視の魔力で地面に描かれていた魔法陣が、淡く発光し始める。


 それとほぼ同じだった。


 間一髪というタイミングで、リッセが魔法陣の範囲から走り抜ける。

 と同時に、森の奥から灰色の何かが飛び出してきた。


 ――魔灰猪グレイボアの群れだ。


 春に増え、夏にエサを求めて森を渡る魔物である。

 夏と秋に食い溜めをして、栄養を蓄えて冬を超える準備をするのだ。なので夏の終わり頃が一番活発である。

 食欲旺盛で、雑食だが、主にキノコや植物をよく食べているようだ。魔物や動物を襲うことはあまりない。人間は普通に襲うけど。


 厄介なのが、常にだいたい十頭前後ほどの群れで行動すること。

 一頭の強さは普通のイノシシより固いくらいだが、十頭ともなると簡単には手を出せなくなる。

 そして秋に入る頃には、魔灰猪の子供も充分に大きくなっているので、脅威度は増すことになる。


 更に言うと、それは俺が知っている魔灰猪の話で、この山の魔灰猪は個体として非常に強いようだ。

 この山に住む以上、強くないと生き残れなかったのだろうと思う。


 俺の知っているそれより、一回り大きい。

 何せ俺の背丈くらいあるのだ。

 それに、下顎から力を誇示するように突き出た牙も立派なものだ。俺の村では特大サイズに換算されるが、この山では通常サイズである。恐ろしい話だ。


 一群れいれば、鉄兜アイアンヘッドさえどうにかしてしまうほどだというから、決して侮れない相手である。


 基本的にまっすぐ体当たりしかしないが、そこそこの速度を出してあの重量にあの数が突っ込んでくるのだ。人にとっては脅威でしかない。


 リッセを追って、次々に魔灰猪が森から飛び込んでくる。


 五頭、六頭、七頭。


 足止めの効果がある『粘着』の魔法陣で、暴走する魔灰猪の足は鈍るが、それでも止まらない。


「フロランタン! やって!」


 そこで、フロランタンの出番だ。


「――おっしゃあ!!」


  ドン!


 リッセの合図に答え、隠れていた怪力のフロランタンが動き、魔灰猪の地響きよりも重い「蓋」をした。


 脇にどけていた、自身より重い巨大な丸太を抱え、リッセを追う魔灰猪の出口(・・)を塞いだのだ。


 見上げるほど高い丸太を前に、魔灰猪が、今度こそ立ち止まる。


 八頭、九頭、十頭、十一頭。


 次々とやってくる後続の魔灰猪も、ぶつかったり立ち止まったりして、そこに留まる。


 それはそうだろう。


 ここは檻だから。

 彼らを追い込み、逃がさず、また不利な状況に叩き込むための檻だから。


 ――ここだ。


「攻撃開始!」


 俺は合図を出した。


 番えて構えていた弓を引くと同時に、一度は檻を駆け抜けたリッセが、丸太を超えて飛び込んだ。


 光る剣を、手前の魔灰猪の首に上から突き立てるのと同時に。

 発光を抑えた『闇狩り』を付加した俺の矢が、リッセが狙った隣の魔灰猪の頭を貫いた。


「――一匹たりとも逃がすなよ!」


 数舜の間を置いて、追い込んできたサッシュが後方から襲い掛かる。


 逃げる獲物を追っていたはずの魔灰猪は、あっという間に形勢が変わったことにパニックになっていた。


 頭上、前、そして後ろから。


 三方から攻撃を仕掛けられた魔灰猪は、しかしひしめくように詰められた狭い檻の中では、得意の走りが発揮できない。走れたところで助走も付けられない。


 狩りは、あっという間に終わった。





「うまくいったな」


 まったくだ。


 というか、やっぱりサッシュの汎用性だろう。

 いいなぁ、『即迅足ファストブーツ』。使い道が多い。


 まあ、もちろん登録はしてあるので俺も使えるが。でも思いのほか制御が難しく、まだまだ狩りには使えない。


「これが罠の効果か。すごいもんだ」


 事前に、丸太などを使って森の中に「=」の形に作っておいたこの地形は、檻あるいは袋小路になる罠である。


 足の早いサッシュと、いざという時に接近戦が強いリッセの二人が、罠に魔灰猪の群れを連れてくる。


 そしてフロランタンが蓋をし「コ」の形にすることで、檻あるいは袋小路は完成した。


 最初から置いておくと、飛び越える可能性があった。

 魔灰猪の脚力は普通のイノシシとは比べ物にならない。それくらいは平気でする。勢いに乗ってさえいれば木すら駆け上ることもあるのだ。


 セリエの魔法陣で動きを鈍らせ、突然目の前を塞ぐ。

 これで、より高い確率で、魔灰猪の足止めができる。


 ……と、考えたんだけど。


 うん、うまくいったようだ。

 誰一人怪我もしていないし、魔灰猪の討ち漏らしもない。これ以上の戦果を望むと罰が当たるだろう。


「エイル。サッシュ」


 と、リッセが剣を拭いながら、挑発的な笑みを浮かべる。


「四頭」


 それに対し、サッシュがチンピラのような好戦的な笑みを浮かべる。


「五匹」


「えっ、うそ……!?」


「見てこい。そして槍の傷跡を数えてこい」


 うん。本当だよね。サッシュは五頭仕留めた。


 でもまあリッセと違って彼は後ろから仕掛けたからね。一頭くらいは不意打ちで仕留められたんじゃないかな。


「俺は二頭だよ。俺の負けだね」


 そう応えたら、二人に睨まれた。


「てめえまた本気出さなかったな?」


「俺なりに本気だったけど」


 心外だったので言い返したら、今度はリッセに言われた。


「その『自分なり』ってのが嫌なんだけど。誰から見ても全力に見えるやつを出してっていつも言ってるのに」


「そう言われても」


 血気盛んで周りを見てない前衛が二人もいるんだ。代わりに見てないと危なっかしいだろ。誤射もあるかもしれないし。


「いやあ、実力実力。二人にはかなわないよ。アハハ」


「おまえ絶対俺らのことバカにしてんだろ」


「それと無表情やめて笑いなさいよ」


 注文の多い連中だなぁ。いつも出せる本気は出してるっての。


 それに、今回はガラにもなく、狩りのまとめ役なんて任されたんだ。


 攻撃に夢中で状況を見ていませんでした、なんて失態は犯せない。それで誰かが怪我したり死んだりしたら俺のせいなんだから。……ああ、ダメだ。俺が人の責任まで負うとかプレッシャーがすごい。俺こういうのやっぱりダメっぽい。


 師匠はよく、弟子おれなんて足手まとい連れて狩場に行けたもんだ。人を育てるって大変だよ。


「――おうエイル、もう呼んでええんか?」


 あ、そうだ。遊んでる場合じゃない。


「うん、呼んで。俺たちは早く撤収しよう」


 フロランタンに頼んで一頭だけ確保し、俺たちは仕留めた魔灰猪をそのまま残して、暗殺者の村へ足を向けるのだった。





 魔灰猪の討伐は、必要以上に山や森を荒らされないための、いわば害獣駆除になる。

 ハイディーガでは毎年夏になると、主だった冒険者たちがこれをこなすのだ。


 魔灰猪は数が多い。

 一度の出産で十頭前後を生む。


 もし討伐する数が少なかったら、ほかの魔物や動物のエサがなくなり、魔物がエサを求めて山から出てきてしまうこともあるそうだ。


 つまり、ある程度は狩っておかないと生態系が傾いて危険、という扱いになっている。


 というわけで、ハイディーガの冒険者ギルドにいるロダから討伐の依頼が来て、俺たちが出張ることになった。


 ハイディーガ側から見ると山の向こう側付近に出没情報があった、ということで、そこまで行ける冒険者たちが少なかったのだ。


 まあハイディーガから見れば山の向こう側にある暗殺者の村から見れば、すぐ目の前のことだが。


 あとは、ロダと一緒にあの檻の近くに待機しているはずの冒険者たちに、仕事が終わったことを告げる合図の狼煙を上げれば終わりだ。必要な分は彼らが持って帰るし、森に返したりするだろう。


 ちなみに魔灰猪の肉は、非常に固いがうまい。煮崩れるほどコトコト煮込んだスープは絶品だ。


 フロランタンが運んでいる一頭は、村の全員で分けることになる。俺たちだけじゃ食べきれないしね。


「エイル君。例のあれ、決まりましたか?」


 最近では当たり前になってきた五人での帰り道、セリエに聞かれた。


 何が、とは、言うまでもない。


 今回の魔灰猪討伐は、ブラインの塔へ行けるどうかを問う試験だったから。

 これまでにこなしてきた魔物討伐とは、ちょっと難易度が違った。


 現地で即席に作戦を立てて狩る、という方法を取るわけにもいかず、今回は入念な準備と罠を使用した。

 その罠を提示した俺が、まさかの現場リーダーを任されるとは思わなかったが。


 うん、俺はつくづく誰かを仕切ったりする立場は似合わないんだな、と思い知ったね。


 もうすぐ夏が終わる。

 訓練に「素養」の試行、そして魔物の討伐。


 いろんなことをこなしていたら、本当にあっという間に夏が終わっていた。


 そして、思いのほか楽しかった。


 いつも一人で、いても師匠と狩りをしてきた俺には、同年代の仲間と一緒に狩りをする、という経験はとても新鮮でいい刺激になったし、楽しかった。


 それに、勉強になった。


 他人の戦う姿を見るのは、非常に勉強になる。

 成功も失敗も、確実に俺の糧となっている。

 

 そして、これは暗殺者の技術ではなく、戦い方の技術である。

 学べば学んだ分だけ、いくらでも狩りに活きるだろう。


 ブラインの塔へ行けば、更に多くの者がいて、もっと多種多様な戦う姿を見ることができる。

 いろんな狩りを、魔物を、見ることができる。


 ――こと最後まで決断に迷っていたが、本当はもうとっくに、答えは出ていたのかもしれない。





「え? 行かないとか許さねぇよ?」


「そうだね。それだけ強いのに行かないとかないよね。あと本気出さなかったし」


 前衛二人の目が怖い。

 なんだか……やっぱり行かなくていい気がしてきたかな。


「無理やりでも連れてくぞ。われがおらんなら、いったい誰がうちの肉の面倒を見るんじゃ」


 ……知りませんよ。自分で狩ったりしてくださいよ。


「いい眠り薬がありますよ。眠っている間に連れて行きましょう」


「「それだ」」 


 …………


 俺の誘拐計画が、俺の目の前で立てられています。

 逃げるなら今のうちかもしれない。






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