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119.メガネ君、大いに迷う





「――エイル!?」


「――エイル君!?」


「――肉の人!?」


 肉の人って言うな。


 ちょうど夕食の支度をしていたようで、例の部屋が狭い寮の前に、あの三人がいた。


 なぜだか上半身裸で、いくつもの青アザが鮮やかに残る引き締まった身体を晒している青髪のチンピラ・サッシュ。


 貴族の娘らしい気品がここではまったく浮いて見える、俺と同じメガネの暗殺者志望・セリエ。


 灰色の髪にギラギラしている赤い瞳を持つ忌子、俺を「肉の人」呼ばわりする一歳年下の裏社会のボスの娘・フロランタン。


 俺が村を去って一ヵ月ちょっと。

 まあ、それくらいでは特に変わらないようだ。


 ――いや、そんなことはないか。


 三人とも前より強くなっている。

 特にサッシュは、見違えるように強くなっている。あれはかなり――


「肉の人おおおぉぉぉぉぉ!!」


 肉の人って呼ぶな――ハッ!?


 なぜだか感極まったようで、フロランタンが一直線に走ってくる。

 そして俺に向かって飛んだ。


 まずい……これはまずい!


  すっ  びたーん


「ぎゃあああっ」


 それなりに速度が出て勢いがあったせいで、彼女はビターンと地面に倒れた。腹から倒れて強打である。うん、痛そうだ。 


「――なんで避けるんじゃい!! 受け止めんかい!! うぅ、顔こすった……」


 お、元気。すぐ立ち上がる辺り、怪我はなさそうだ。顔も大丈夫。すごく汚れているだけだ。


「ごめん。ちょっと速すぎて。反射的に」


 スッと避けてしまった。


 ……いや、本当は「避けないとまずい」と思ったからだけど。


 だって走ってくる途中で、彼女の「素養・怪鬼」が「視え」たから。発動したから。


 もしこのまま体当たりされたら、ズバーンと俺の胴体を貫通していくんじゃないかと、怖くなってしまったのだ。こんなところで死にたくない。こんなことで死にたくない。


 たぶん無意識に発動してしまったのだろう。「素養」のコントロールに難がある、という話だったから。


 ……そしてそれが原因で、あの呪いのアイテムが生まれたわけだし。


「あとカブトムシが潰されそうだったから」


 昼に捕まえたカブトムシは、上着にくっつけていた。


 ここは俺の住んでいる村じゃないので、捕まえても飼うことはできない。

 なんでも食べられるらしいが、さすがに俺は食べる気はないので、捕まえたところで逃がすだけの話だ。


 捕まえて興奮したので、もうそれでいいと。

 あとは自然に返そうと思っていた。


 だから上着にくっつけておいた。

 勝手にどこかに飛んでいけばいいと思って。


 しかしカブトムシはどこにも行かず、俺の上着にしがみついたままであった。非常にかわいい。カッコイイしかわいい。黒いしカッコイイしかわいい。特に角が黒くていい。


「ほう。大きいのう」


 あ、そうだ。


「避けたお詫びにこれをあげよう」


「ほう。うちにくれるんか」


 年下の面倒は見るものだ。

 年下が欲しがるなら、断腸の想いでカブトムシをあげるのも致し方ない――


「これは大きいのう――そぉぉぉい!!」


 ああっ! カブトムシがっ!


 俺の手からカブトムシを受け取ったフロランタンは、それを掛け声ととも力いっぱい空高く投げた。


 とんでもない勢いで飛んでいく黒いあいつ。

 今まで俺の服に必死でしがみついて、離れまいとくっついてきた黒いあいつ。

 黒いあいつが、とんでもない速さで遠ざかっていく。


 なんてことを。

 ただ投げるだけならまだしも、「素養」まで発動させて。なんてことを。


 カブトムシは遠い空まで投げられたあと、羽を開いてどこかの森に消えていった。達者でな……


「すまんのう、エイル。うちはクワガタ派じゃけぇ」


 なに、クワガタ派だと……!?


 確かにクワガタもカッコイイ。黒いし。平べったいフォルムも悪くないが、何よりロマンを感じるのが頭のハサミだ。あれは子供の憧れを一身に集めるにふさわしいアレだ。


 だが、クワガタは、クワガタ派は、俺の村で一番のバカである姉と、二番目のバカが所属していた罪深い派閥。

 俺とは決して相容れない連中と言わざるを得ない。


「君も遊び半分で、鼻クワガタやるの?」


「え? 何じゃと?」


「君も遊びで、クワガタのハサミで鼻を挟まれるの?」


「あ? な、なんじゃそれ……?」


「俺の姉が『度胸試しだ』とか言って考案して、クワガタに鼻を挟ませる遊びだよ。想像以上に痛かったせいか真っ先に号泣してたよ。しかもそれが流行ったから、一時期地獄の遊びが蔓延したよ」


「なんじゃそりゃ……正気とは思えん、狂気の沙汰じゃぁ……」


 フロランタンはガタガタ震えた。そうだろう。狂気の沙汰だろう。クワガタ派はそういう呪われた奴らなんだよ。君はまだ間に合うようだ。早くカブトムシ派に来るんだ。


「あの……あんたらバカなの?」


 リッセの声は聞こえないことにしておいた。





「おう、戻ったか。家族はどうだった?」


 上半身裸のサッシュと、セリエもやってきた。こちらは普通に歩いて。……フロランタンはなんでこんなに俺を歓迎……いや、理由はわかった。肉だな。肉が目当てなんだな。


 ちなみに「家族に呼ばれた」という理由で俺はこの村から離れた。どうやらまだ誤解はそのまま残っているようだ。

 せっかくなのでこのまま誤解させておこうと思う。


「つーか女連れで帰ってくるとはな。やるじゃねえか」


 何もやりません。


「どっちも暗殺者関係だよ」


「どっちも? 一人しかいねえけど」


 え? ……あ、ソリチカがいない。いつの間にか別行動になっていたようだ。村に入るまでは一緒だったはずだけど。


 そして一人しかいないリッセは……セリエと見つめ合っていた。


「――まさかここで会うとは思わなかったわ」


「――わたしもです」


 あの二人は、どうやら知り合いのようだ。

 しかも見る限りでは、あまり友好的ではなさそうだ。


 まあ、たぶん同郷とか、昔暗殺者の訓練を一緒にやっていたとか、そんな過去でもあるのだろう。





 とりあえずリッセを紹介し、夕食である。


 俺がいなくなってから、寮の前には色々新しいものが増えている。


 顕著なのが、小さな小屋だが台所付きでテーブルがある食事するスペース。前はもうちょっと狭かったはずだけど、増築したようだ。

 これなら雨が降っても問題なく、料理や食事ができるだろう。


 そのテーブルに、俺とリッセを含めた五人がいた。


「ああ、ブラインの塔な。話は聞いてるぜ」


 ここに戻ってきた理由を話すと、やはりこちらの三人にもブラインの塔の話題がすでに出ていたようだ。


 毎日槍の訓練でガッツンガッツンやられているというサッシュは、相変わらず裸のままでテーブルに着いている。なぜ裸なのかは面倒だから聞かないことにする。


「でもまだ先だって聞いてるぜ。これから夏だろ。行くのは夏が終わって秋頃からの話だってよ」


 そう、それは俺たちも聞いている。


「秋までに、ブラインの塔で活動するに足る能力を身に付けるのと、行くための最終試験があるって聞いてるよ」


「そう、それだ。俺もそう聞いてる。ちなみに俺は行くつもりだ」


 サッシュは行くのか。


 まあ、現時点でも伸びているのに、見る限りではまだまだ余裕で伸びそうだ。伸びしろが半端じゃない。

 今以上に学べる環境に行けば、もっともっと伸びるだろう。


「うちはまだ迷っとる」


 フロランタンは、まだ決めていないようだ。


「とにかく人生経験を積めぇ言われたわ。われは訓練じゃのうて人付き合いじゃ、って」


 ふうん……そうか。


 フロランタンは忌子という出生のせいか人嫌いの気があるから、その辺を危惧してかな。


「あとあんな像作ってたらダメぇ言われたわ。失礼な話じゃ。かわいいのに」


 ああ、そう。


「フロランタンは人生経験を積んだ方がいいと思うよ」


 あれを「かわいい」と言っていちゃダメだよ。

 どこの誰が言ったのか知らないけど、その言葉はきっと合っていると思うよ。


「肉の人までなんじゃい」


 肉の人って言うな。


「もちろんわたしも行きますよ」


 セリエは聞くまでもなくわかっていた。元々目標は暗殺者だって言っていたから。


 ……そうか。みんな行くのか。


「おまえも行くんだろ?」


 あたりまえのようにサッシュが聞いてきたが、俺は答えられなかった。


「――まだ迷ってるんだって」


 と、俺の代わりにリッセが答える。


 ――そう、俺はまだ迷っている。





 あの時ロダに問われて、俺は「まだ決められない」と答えた。答えてしまった。


 気持ちの上では、ここでのんびり訓練したいと思っている。

 だが本能は、ブラインの塔に行くべきだと告げている。


 ロダも言っていた通りだ。


 「エイルはブラインの塔に行った方が伸びる」と。俺も少しはそう思う。きっとそうなんだろう、と。


 だが、果たしてブラインの塔で学び、伸びるものは、俺にとって必要なものなのか?


 俺は暗殺者の技術が本当に欲しいのか?


 目下の目標であった「弓の火力不足」は、解決の目途が立っている。

 恐らくこの村で訓練していればいずれ身につくと思う。

 俺の目標はここで充分果たされる。


 しかし、迷っている。


 どちらを選んでも利はあり、得るものも多く、かけがえのない一年間になると確信している。


 理屈で考えた最善は、この村で訓練。

 しかし、いつも狩場で信じて従ってきた本能による最善は、ブラインの塔だ。


 こんなにも決断に迷うことは、俺の人生には一度もなかった。


 俺にとっての最善はどっちなんだろう。





 ロダは言った。


「――時間はまだある。結論が出ないなら大いに悩め。秋までに結論が出せればいい」


 そして、今後はハイディーガでも暗殺者の村でも、好きな方で過ごしていいと言われた。


 俺は、人が多い街は嫌なので、村に戻ることにした。

 知り合いもほぼいないし、未練はまったくなかったから。まあ、ゲルツの湯だけは名残惜しかったが。


 リッセは、同年代のライバルがいると聞いて、ブラインの塔へ行くまではこの村での訓練を選んだ。だから俺に付いてきた。


 まあ、とにかく。





 ――しばしの間、大いに悩もうと思う。


 ――きっと迷い悩むこの時間も、かけがえのない時間だと思うから。






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[一言] 手狭だしリッセは外で寝るのか、大変だな
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