11.メガネ君、ご指名を受ける
城からの使いも来ず、結局昨日今日と二日連続で狩りに出て、狩猟ギルドで獲った獲物を換金した。
もうすぐ陽が沈むという、半分だけ夜に染まっている空の下、その足で冒険者ギルドへ向かう。
今日は、ライラと待ち合わせの約束をしていた三日目で、もう夕方である。
姉が帰ってきていれば、今日会えるはずだが――
「まだ帰ってないんだ」
二日ぶりにライラとは会えたものの、肝心のホルンはまだ王都に戻っていないそうだ。
情報源である武器屋の老人は、確かに「最短でも三日後」と言っていた。
だから多少ゆっくりしたり、行った先で予定にない何かがあった場合は遅れるよ、という意味だ。
何事も、予定通りに行かないことなんて、よくあることだ。
城からの使いも来ないし、何日か予定がずれたところで何も支障はない。
「わかった。何日か待つことにするよ」
「あれ? もう行くの?」
ライラの声は聞こえないふりをして、俺はとっとと冒険者ギルドを出た。
冒険者ギルドには人が多かった。そしてにぎやかだった。
ライラと一緒にいた人たちや、酔っぱらい、心の狭い中堅止まりの面倒なベテラン冒険者などに絡まれる前に離脱するのは、当然の選択である。
もうすぐ夜というこの時間は、ちょうど仕事に出ていた冒険者たちが帰ってくる時間帯らしい。
ギルド内には人が多く、テーブルもカウンター席も完全に埋まっている。しかもライラは仲間と一緒にテーブルに着いていたようなので、長居できる状態ではない。
適当に夕食を買って、とっとと宿に戻ろう。
宿は食事も出ないし部屋は狭いしで、本当に寝るだけって感じだが、でも何気に風呂があることだけは嬉しいんだよな。早く帰ってひとっぷろだ。
ゆっくり一晩身体を休め、一昨日から昨日に続いて午前中は待機。
狩猟道具の手入れをしながら過ごし、誰も来ないことを確認して、午後から狩猟ギルドへ顔を出した。
「――あ、エ……エ、……えー……メガネ君。ご指名入ってるんだけど」
名前を呼ぼうとして諦めたようだ。
絶対に名前を憶えていない狩猟ギルドの受付嬢が、顔を出した俺に声を掛けてきたのだ。
今日もばっちりやる気がなさそうだ。若い女性のはずだが、若さも覇気もないだらけきった態度である。まさに安心のやる気のなさと言えるだろう。
今後もぜひ俺の名前を憶えないでほしい。
ちなみに俺の名前はアルバト村のエイルである。忘れていい。
「ご指名って?」
獲物の価格は変動する。
簡単に言うと、不足している獲物は高く売れ、有り余っている獲物は安くなる。
俺が狩猟ギルドに顔を出したのは、今日の獲物の価格を確認するためだ。あの森にも慣れてきたので、もう少し奥へ行ってもいいかもしれない。
狩りや戦闘と一緒で、お金を稼ぐには効率を考えなければいけない。……っていつか師匠が言ってたっけ。
俺としては、小さな労力で大きな獲物を狩る、ってたとえの方が分かりやすかったけど。
「最近、鳥を狩ってくれる若い狩人が来てるって話が広まっててね。ぜひその狩人に特定の獲物を狩ってくれるように頼めないか、って話」
ふうん。
「狩るだけでいいの?」
「もちろん。いつも通り持ってきてくれたらいいよ。メガネ君からしたら、一羽だけ普通に換金するより報酬がいいってだけだから」
はあ、なるほど。
「何を狩ればいいの?」
「アンクル鳥」
アンクル鳥。別名夜目鳥。夜行性の小さな鳥だ。肉はまずいので基本食用にはならないが、闇夜に紛れる羽が美しく、縁起物の飾り羽として需要がある。
「……夜か」
今は、どうなんだろう。
「メガネ」がない頃の俺は、視力のせいもあり、夜の狩猟は得意じゃなかった。
師匠と一緒に、大きめの獲物を追いかけたり追い込んだりはできたが、小さな鳥となると……ちょっと不安が残るなぁ。見たことはあるけど狙ったことは一度もないし。
果たしてこの「メガネ」は、夜の視界も鮮明にくっきりはっきりしてくれるだろうか?
……そうだな、試してみるのも悪くないか。
「狙ってみるよ。でも約束はできないよ」
「それでいいわ。ご指名だけど、結局納品の依頼だからね。アンクル鳥を持ってきてくれたらそれで充分」
そうか。じゃあ狙ってみようかな。
夜行性の鳥だから、夜まで待たないとな。今日はゆっくり狩場へ向かうことにしよう。
いつもは走る道のりを、今日は歩いてきた。
川が近い、森の近く。
森に明確な出入り口なんてないので、自分の狩場として定めた場所を中心に展開し、近くの地形などを調査してきた。
だから、ここが俺にとっての、森の狩猟場の入り口である。
地面だのなんだのを見る限り、この辺はまったく人が来ない場所だ。俺好みである。
ゆっくり来たので、陽が傾いてきている。
来る途中で採ってきた食べられる野草と川に生息する魚を調達し、自前の干し肉とパンで早めの夕食にした。肉もいいけど魚もうまい。
それから、狩場の調査する。
野鳥が好む木の実のある草木や、木に掘られた穴や巣をチェックして回る。この辺の情報も、ここ数日で自分の足で調べたことである。
アンクル鳥は、森の奥が生息地となっている。
外敵となる動物や魔物が少ない夜になると、エサを求めて活動するのだ。昆虫とか木の実とかが主食だったはず。
警戒心が強いので、あまり近づきすぎるとすぐに察知されるだろう。中距離くらいで狙えればいいんだが。
確かおびき寄せることもできるって、師匠が言っていた。
周囲の木々が射線上を塞がない、何気なく孤立している樹木の枝に木の実を引っかけたりというエサを撒き、また川の近くまで戻ってきた。
変わったことがなかったのは確認できた。今日も狙えそうな鳥もいるが、血の臭いで遠ざけてしまうかもしれないので、今は諦めよう。
あとは、夜を待つばかりだ。
結論から言うと、夜の方が顕著だった。
「やっぱり見えるんだ」
気がしただけかと思ったが、夜の方がよく見える。
木々が茂る森ってだけでも暗いのに、闇夜ともなればもっと暗い。明かりを持てば獲物に気づかれるので、夜目だけが頼りである。
師匠の夜目もすごかったが、それでも木々が少ない場所を選んでいた。わずかな星明かりでも欲しかったんだろう。
でも、俺は……うん。見えるね。
鬱蒼とした森は非常に暗く、目の前がうっすら見える程度である。たぶん夜に目が慣れた人の肉眼くらいは、見えていると思う。
問題は、そう、アレだ。
暗い森の中、生物だけが赤く光って見えるってことだ。
気配を感じる方にじっと目を凝らせば、木々や枝葉をすり抜けて見ることもできる。居場所も体勢も状況もはっきり見える。
まさか俺は関係なく、なんか今だけなんらかの事情で動物が赤く光るようになっているかと思って「メガネ」をはずすと見えなくなるので、やはり「メガネ」のせいなのだろう。
……あんまり頼りすぎるとよくないと思えるくらい、とんでもない能力だな。
これは画期的すぎる。
よくわからない「メガネの素養」が、この事象だけ取っても、大きな意味と価値を生むだろう。絶対誰にも秘密にしとこう。
それにしても、これっていわゆる「暗視」ってやつだよな。
…………
あ、そうだ。
そもそも俺は、「レンズの色を変える」ことはできることを知ってるんだよな。
そう、暗くして「夜」にすることができる。そして太陽を見ることができた。眩しかったけど。
じゃあ、逆は?
「たとえば『昼』にしたいと思えば――あ、なるのか」
レンズが発光している、というわけでもないみたいだが。
暗い視界が、うっすらしか見えなかった森の中が、そこそこはっきりと見えるようになった。
うーん。
この上なく便利。絶対秘密にしとこう。




