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116.メガネ君、飲まなきゃやってられない気分になる





 進化とはなんだ、と聞くまでもなく、ロダは語り出した。


「まず、成長と進化は違う。暗殺者おれたちはそう教わってきた。まあピンと来なければそれでもいいから聞いとけよ。――ところで一杯どうだ?」


「いや、それより話を続けてほしい」


「わかった。


 ここから先は返事はいらない。『確信を持たず曖昧なまま』ってのも、選びうる選択の一つだからな。

 『君の素養』について詳しく聞く気はない。


 世の中はっきりさせればいいことばかりじゃないからな。――ところで一杯どうだ?」


 そう前置きをしたロダに「いらない」と応えると、彼は語り出した。


「わかりやすく君の『メガネ』でたとえよう。


 俺から見てわかっている範囲では、それ自体が持つ『色々見える力』があるんだろう。その『色々見える力』ってのは、君が成長させた部分だ。


 だがそれは、『メガネの領分』を超えない部分だと俺は思っている」


 メガネの領分を超えない部分……


「進化は、想定あるいは想像の範疇を超えた、まったく違う使い方を開発することだ。


 君が『他者の素養』を使用できる、ってのは、間違いなく進化した部分だ。

 誰も『メガネ=他者の素養が使える』とは連想できないからな。


 そういう裏技的な使い方……それが『進化した素養』の姿だ。――一杯やるか?」


 裏技みたいな……か。


 丁重に勧められた酒を断り、少し考える。


 『素養』の成長と進化。

 想定や想像を超えた使い方。

 裏技。


「君がわからないとは思えないけどな。『君の素養』も進化したから色々できる(・・・・・)ようになった。違うか?


 一番最初にできたことと、今できること。


 その差が君の成長と進化の証だ」


 ぐいっと一杯飲み干し、これまた持ち込んだ煎り豆を食べて、もう一杯注ぐ。


「そもそも『素養』ってのは、一人一つで一生付き合うものだ。

 それはもはや、その人の個性とも言える。


 だから『自分の素養で何ができるのか』ってのを追求していくものなんだ。一生かけてな。そして成長と進化をさせていく。己の心身と同じように。


 ま、そういう意味で言えば、君なんてまだまだだ。


 『素養』を使い始めて何年だ? いや、何か月だ?


 まだ三ヵ月にも満たない、だよな?」


 …………


「俺の見立てじゃ、君はまだ『自分の素養』を一割も使いこなせていないぜ?


 そんな奴が『他者の素養』まで手を出し、いきなり使いこなそうなんて、気が早いなんてもんじゃない。昨日植えた種が翌日まだ芽が出ないって嘆くようなもんだぜ?


 焦るなよ。ゆっくり色々試していけばいいんだからよ」


 ……そうか。なるほど、その通りかもしれない。


 「メガネ」という「素養」を使うようになって、まだ半年も経っていない。まだまだいろんな可能性がある気がする。


 それこそロダの言う通り、今の俺は「メガネの力」を一割も引き出していないのかもしれない。


 師となって教えてくれたソリチカのおかげで、できることは格段に増えたけど。


 しかしむしろそれで、ようやくスタート地点に立てただけだったのかもしれない。


 進化、か。


 つまり――そういうことか。


「そのまま使うんじゃダメなんだね?」


 強弱なんかじゃない。

 そんな単純なところじゃない。


 もっと、もっと違う、根本的に違う発想を持ってこないといけないんだ。

 俺が「メガネ」の可能性をいくつか見出してきたように。


 それができてようやく成長し、進化する。思い通りの効果を引き出せる。


 「素養」が強いんじゃない。

 「その人が成長させ進化させた素養」が強いんだ。


 ただ「使う」のではなく、「自分のもの」にしていかないといけないんだ。


「それに加えて、基本的に『複製や模倣系の素養』は、オリジナルに比べて効果や威力が劣る。

 『誰かの素養を再現する素養』は、珍しいが過去に何人かいたしな。君も恐らくはそうだろうと思う。――ところで一杯飲むか?」


 らしいね。そしてその予想も当たっている。あといらないです。


 俺もソリチカと訓練している時、「そういう素養」があることを本で読んで知った。


 かなり珍しいし一般にはほとんど知られていないけど、同じように『他者の素養を使える素養』があるらしい。俺も本を読んで初めて知った。聞いたこともなかったから。


 そして、その『他者の素養を使える素養』で再現されたものは、再現元と比べると、非常に劣っている傾向にある、とか。


 だからお偉いさんに重宝されることもなく、それを使って華々しい活躍をして有名になることもなく、ただの「使い道に困る半端な素養」として、一応本に記される程度の認知度しかなかった。


 問題は、再現元と比べると劣る、という部分だ。


 俺も一応調べてみたし、簡単な実験もしてみた。


 常時発動の「命中補正」をセットし、利き腕じゃない手で石を投げて的に当てる、というものだ。

 この能力を持つ街の子供に小銭を握らせて、同じ条件でやってもらった。


 結果は、俺は十投中三発。

 子供は十投中八発を当てた。


 三発と八発。


 比較条件が対等ではないし、試行回数も少ない。

 なので、一概にこれが絶対正しい結果とは言い切れない。


 だが、「同じ能力」にしては差がありすぎるとは思った。


 やはり「メガネで再現した素養」は劣ると、俺も判断した。


「元々の効果が再現できず劣る以上、なんだかんだ成長させても、威力自体は上がらないかもしれない。

 だから、進化を目指す方が、君の望む結果には近づけるかもしれない」


 そうか。そうだね。そうかもしれない。


「正攻法じゃダメだ、と」


「それはわからん。それがわかるのは使用者である君だけだ」


 ……ごもっとも。





「どうだ? 答えは出たか?」


 ん? 答え……か。


「答えは、出てないよね。考える方向性は見えたけど」


「はは、そうか。まあそうだな。

 俺は君がどこまで何ができるのか詳しくはわからないから、具体的なことは言えないしな。


 で、一杯どうだ?」


「いらないです。……ところで、ずっと不思議だったんだけど」


 正直これを聞くことは自分の弱みを晒すようで嫌だったけど。


 でも、そろそろちゃんと聞いておくべきだろう。

 知るべきだろう。


 自分の、欠点を。


「俺ってわかりやすいかな? どうして俺の考えることがわかるの?」


 思えば、王都で招かれたリーヴァント家……あそこで笑われたのが、一番最初だったと思う。


 俺は、暗殺者このひとたちに、思考を読まれている。

 さっきだって「最大衝撃フルインパクト」のことを読まれたし。


 ずっと「勘がすごい人たち」くらいに思って深入りしないよう流してきたけど、こうまで当てられるんじゃ……逆に向こうじゃなくて俺に問題がある気がしてくる。


「ああ、それな。そういえば王都の屋敷に招待された時、ワイズを笑わせたって聞いているぜ? 彼の気持ちはよくわかる」


 ……そうだね。怖いおじいさんおばあさんに背後を取られて、笑われたね。


「はっきり言うなら、君はわかりづらい。非常にね。

 並大抵のことでは変わらない表情も、崩れない態度も、その若さで身に付けたとは思えないほど大したもんだ」


 だが、と言葉は続いた。


「――わかりやすいのは表情や感情じゃない、行動の方だ」


 行動……?


「君は合理的すぎるんだよ。答えや結果に一直線すぎる。


 火力が足りないことを悩んでいた。

 先の黒皇狼オブシディアンウルフ討伐で『最大衝撃フルインパクト』が使えるようになった。


 悩みを解決する目途が立ったから、すぐに試してモノにしようとした。

 でも思い通りの結果が出ず、悩んで、答えが出なくて、だから俺に相談した。


 どうだ?

 順序立てて考えると、君の行動には無駄がないと思わないか? 常に最善を選んでないか?」


 …………うん。そうだね。


「悪いかな?」


「いや。それはむしろ、君が優秀ゆえの弊害だろう。


 君は狩人だもんな。

 狩場に出れば、一瞬迷うだけでも獲物を逃がす。自分が危機に陥ったりもする。

 迷う時間も躊躇う時間も許されない空間だ。――酒は? いらない?


 狩り場で活動する。

 獲物を発見したら素早く行動する。

 獲物を逃がさないよう、迷いなく最善を選ぶ。


 そういう性分が身についているってことだ」


 うん……そう教えられたからね。


「さっきは弊害と言ったが……弊害って言い方もおかしいかもな。君は間違っていないからな。というかよりベストな正解を選び続けていると言える。


 ただ、俺たちからすれば、すごく読みやすいってだけだ。


 常に最善、常に最短を目指すことがわかっているんだからな」


 ……あ、なるほど。そういうことか。


「王都でワイズたちを笑わせた時な。


 あいつらは『君が脱走する可能性が一番高い行動』を考えていたんだよ。

 これは暗殺者おれたちの性分なんだ。


 獲物の行動を予想する、ってのがな。――ところで一杯やりたくなってきてないか?」


 しつこいな。酒が。……お察しの通りちょっとなってるよ。酒でも飲まないとちょっと恥ずかしくてやってられなくなってきたよ。


 ……俺の行動はわかりやすかったのか……ごまかせているようで全然ダメだったってことか……


「あの場の全員が……あ、セリエを除いてな、全員考えていたらしいぜ?


 『この場を逃れる一番可能性が高い方法は、セリエを人質に取ること』ってな。


 そして君は、全員が考えている結論を考えた。

 実行しようとしたかはわからないが、間違いなく『最善で選びうる選択肢』に入れた。だろ? 


 ――そして君はすごく似ているからな。思わず笑ってしまうほどに」


 ロダは本当に笑いながら、地味に傷ついている俺に言った。


「君に自覚があるかどうかはわからないが。


 君は、何か仕掛ける時、元々小さい呼吸と気配が極端に小さくなるんだ。


 攻撃を仕掛ける時が一番危険で気を付けなければならないと、知っている奴のやり方だよな。


 狩りで言えば、殺気を放ってしまう瞬間だな。獲物に感づかれやすい、一番気配が大きくなる瞬間だ。

 そして、それを抑え込もうとする行動が出ているわけだ。もはや条件反射でな。


 本当によく似ているんだよ。

 そのやり方は俺たちと同じだからな。


 だから笑ったんだよ。育成する前から暗殺者だーってな」


 …………それに、俺は、なんて言えばいいんだよ。


 なんかもう恥ずかしいんだけど。


 なんかもう……筒抜けか……色々隠しているつもりなのに見抜かれていたって……恥ずかしいなぁ……





「――で、最後に聞くけど。なんでずっとしつこく酒を勧めてたの?」


「酔ったら面白いって聞いているから。


 ――それで? 飲みたくなってきたんだろ? 今、飲まなきゃやってられない気持ちなんだろ? 遠慮せず言ってみろよ?」


 ……お察しの通りですよ!





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