115.メガネ君、悩む
「……わからない」
いったいなんなんだ。
何が違うんだ。
どれだけ試行を重ねても、違う結果が出ない。
いや、思い通りの結果が出ない。
強ければ強く、弱ければ弱くはなる。
その「強弱」は付けられるが、しかし……
――ここはハイディーガ寄りの、山に向かう間にある林の中である。
まだ魔物が戻ってきていない山の麓……までは行っていない、浅い場所だ。
先日の黒皇狼の影響で、まだ山の分布と生態系にかなりの乱れが出ている。
様子見も兼ねて継続した見張りを立てているらしいが、少しずつ魔物も戻ってきているらしい。一ヵ月もすれば元に戻るだろう、とロダが言っていた。
そんなある日、俺は訓練を午前中だけにして、午後には狩りに出ていた。
そして今、大岩の上に座り込んでいる俺の目の前には、五羽の野鳥が並んでいる。
一羽目は、細い首に矢が刺さっている。
二羽目は、胴体を貫くように矢が刺さっている。
三羽目は、すでに首を跳ねている。
四羽目は、首の骨が折れている。
五羽目は、これも首の骨が折れている。
狩りの成果としては申し分ない。
やはり「メガネ」の「体熱視」は非常に優れている。あんまり甘えて頼っていると、確実に腕が落ちると断言できるほどに。
しかし。
しかしだ。
「…………」
おかしい。
やはりどう考えてもおかしい。
今日は狩りがてら、先日登録した「素養」を試すためにやってきたのだ。
アインリーセから登録した「最大衝撃」。
これは、俺が抱えていた「弓の火力不足」という問題を解決する「素養」だと確信していた。
だから早めに使用し、使い込み、実戦にどう組み込んでいくか考えようと思っていた。
……の、だが。
――思ったより、威力が出ない。
俺は見た。見ていた。はっきり見たのだ。
あの巨大な黒皇狼の足を、戦闘態勢で踏ん張っている状態の黒皇狼の足を、弓の衝撃で弾き飛ばした光景を。
あれだけの重量を弾き飛ばせるのであれば、たとえ急所を外しても、大きなイノシシさえ一撃で仕留められると思う。
少なくとも、軽く小さな鳥なら、当たらずとも衝撃だけで狩れるだろう。
それなのに、予想に反して、発生している衝撃が弱い。
細い木に撃ち込んでも折れはしない、表皮が吹き飛ぶ程度である。
何度やってもその程度である。
もしかして生き物には効果が上がるのかと思い、野鳥を狙ってみたのだが。
衝撃が当たった部分の骨は折れているが、このくらいなら木の棒で殴ったのとほぼ変わらない。
首にかすめるように矢を撃っても、首の骨が折れただけである。
間違いなく衝撃が発生していることは証明できたが、恐らく木に撃ったものと、威力は変わっていないだろう。
そう、衝撃が出ているのは間違いないのだ。
それなりの打撃音はするし、俺の魔力も確かに消耗しているから。
でも、威力が弱い。
いくら魔力をつぎ込んで「最大衝撃」に費やしても、あまりにも衝撃が弱い。
「…………うーん」
確かに、「メガネ」にセットする「素養」は、効果が落ちる。
この「最大衝撃」で言えば、俺が使えばアインリーセの半分くらいしか威力は出ないだろう。
言ってしまえば劣化複製、できることは多いが得意とは言えない器用貧乏である。
それが「メガネ」の特性なのだ。
それでも他の「素養」に劣っているとは思わないが。
しかし、果たして効果が落ちるだけで、こんなにも違うのだろうか?
黒皇狼を撃った「最大衝撃」の半分の効果が、この程度の威力なのか?
…………
「……よし、行くか」
少し考えたものの、覚悟を決めた。
決めてしまえば行動は早い。
鳥をまとめて縛り肩に背負う。そして一目散にハイディーガへ走り出した。
もうあと一年ないが、それでも今は、頼れる師匠たちがいる。一人で考え込んで足踏みしている時間が惜しい。
今ならまだ、頼ってもいいはずだ。
――「メガネの特性」を知られるのは嫌だが、あいにく一人は確実に知っている人がいるのだ。もう知られているなら隠す理由もない。
ただ、タイミング的に、今は借りを作りたくないな……とは思うが。
遅ればせながら午後の訓練に参加した後。
ザントにロダを呼んでもらい、夜。
そこそこ夜も更けた頃、彼は俺たちの借りている家にやってきた。酒とおつまみ持参で。……酒か。しばらく見たくもなかったんだけどな。
リッセには早めに部屋に戻ってもらい、差し向かいに座り、「君も飲むか?」というお誘いを断り単刀直入に告げた。
――「今日試してみたけど、『ロダの素養』の効果が弱いんだけど」と。
ロダはすでに色々知っている。
だから今更「メガネの特性」を隠す必要はないかもしれない。
が、包み隠さず話すつもりもない。
「ほう? 俺の『指花の雷光』の効果が弱い、と?」
「うん」
頷くと、ロダは露骨にニヤニヤし出した。
持ち込んだ酒をコップに注ぎ、ゆっくりと一口。
そして、言った。
「――『最大衝撃』か? あの時見たほどの威力が出なかった、それどころか思ったよりも威力が出なかった、か?」
…………
なんでわかるんだよ……本当にロダはすごいな。もしや顔に出てるのかな? 出てないと思うんだけどな。
「エイル。まず一つ言っておくぞ」
ニヤニヤしながら、ロダは人差し指を立てた。
「――『素養』ってのは進化する」
進化?




