113.あの夜の話 2
どこまで話しましたか?
そうそう。お酒を頼んだところからでしたね。
「――よし、俺が選んでやろう。最初だと果物で割ったやつがやっぱり飲みやすいな。まあ俺はいきなり死体酔飲まされたけどな」
少年の要望通り、グロックさんがお酒を選びました。
こうして彼の初めてのお酒が始まったのですが――
一言で言えば、最悪でしたわ。
アロロはなんなの?
あの熟れた肢体。
思わず揉みしだきたくなる無駄に大きな胸。
撫でれば納得の吸い付くような肌。
張りとツヤがありすぎるあまりビンタしたくなるお尻……
あれらはすべて飾りなのかしら? 観賞用なのかしら? バカなのかしら?
知っての通り、彼女は奥手です。
まあそもそもを言えば、はじめて付き合った男がなかなかアレだったせいで、恋愛事から距離を置くようになったらしいのですが。
でも、あるじゃない?
今回で言えば、年上としての経験とか余裕とか。
豊富ではない、乏しくはあっても、でも一応は恋愛経験もあるわけじゃない?
奥手で恋愛が下手とか、そういう問題じゃなかったわ。
もういっそ、ロビン殿が少年を口説く方がいくらか可能性があるんじゃないか。
そう思わせるほど、彼女の口説きは情けない。ひどい有様でしたわ。
「――つ、次はこのお酒がいいんじゃないかな!? いいと思うけど!?」
「――あなたは信用できない。姉が『遊べー』と言いながら走ってきたけど途中で転んで号泣したのを俺が泣かせたと疑った両親くらい信じられない」
少年に、いきなり強いお酒を飲ませようとしたせいで完全に警戒されたにも関わらず、それでも押しの一手を緩めないし。
「――あの狩場で、君の放った四本目の矢は、私の心臓を狙ったのかな?」
「――ちょっと何言ってるかわかんないですね。姉の方がまだわかること言いますね」
なにやら考えてきたのか知らないけど、味方してあげたいわたくしでさえ、わけのわからない遠回しすぎる口説き文句で口説こうするし。
「――ど、ど、ど、ど、どうお? おね、おねえさんと、遊ばないっ?」
「――挙動不審すぎるんですけど。あと腰を抱かないでください。大声を出しますよ」
こうなったら大人の魅力でヤルしかないとでも安易に考えたのか、露骨に密着しては嫌がられる始末でした。
まあでもあれにはわたくしも物申したいわ。
あんなにも無駄に大きな胸が、変形するほど押し付けられたにも関わらず、嫌悪感をあらわにできる彼は本当に男なのか、と。わずかながらに反感を持ちました。
……まあ、好みの問題などもありますので、それはともかく。
ひどかった。
本当にひどかった。
空回りがすぎるアロロの姿は、直視に堪えない滑稽さでした。
そこでわたくしは、見かねてサインを出したのです。
「――まあまあ。今は飲みましょう」
少年は、意外とグイグイ飲んでいました。どうやらお酒が気にいったようでした。
わたくしはひとまず、アロロの無様なアタックを中断させ、お酒で責める方へと切り替えました。
無様なアロロも、さすがにこのままでは無理だと判断したのでしょう。
彼女もお酒を飲み、また勧める責め方を始めたのです。
今思えば、彼はすでに完全に酔っぱらっていたのだとわかります。
変形するほど当てられた胸に良い反応がなかったのもそのせいでしょう。
ええ、男なんてチチの一つや二つで案外なんとでもなりますからね。なりますよね? あなた方の奥様を見れば顕著ですものね? え? また喉の調子がお悪く? 都合よく咳が出るのですね。
話を戻しますが。
でもあの時は、いつもの彼にしか見えなかったのです。
外見上はまったく変化がなかったから。
受け答えもちゃんとしていましたし。
路上で寝ているような酔っぱらいの姿とは、何一つ重なるものがありませんでした。
そんな少年は、わたくしやアロロに勧められるまま、静かに抵抗もなく盃を傾け続けたのでした――
話の続きは気になるが、昼休憩は終わりだ。
そろそろ出発の時間である。
「ここからが最大の佳境で、ロビン殿が登場するのですが」
「気にはなるが、ここまでだ」
ルハインツの指示のもとキャンプを片付け、一行は出立した。
晴天の下、果てのない街道を四頭の馬が駆ける。
「――え? はあ、はい、なるほど。ふむ。――逆に? 逆にそういう……ああそう。それで? ふむ……えっ、逆に? それはちょっと逆過ぎないかしら? あまり逆に行くのも……あ、逆にね。それならありかもしれないわ。……むしろ逆に? うーん……まあ、逆にありなのかしらね? でも逆を狙うなら真逆からはダメね。逆サイド辺りが逆に狙い目だわ。逆にね」
セリアラは、馬を並走させながらアロロへの聴取をしていた。
夜話す時のための、ネタの仕入れであった。
断片的に聞こえるセリアラの言葉はまったく理解できないし、なんの話をしているのかもわからないが、それは夜になれば判明するだろう。
男たちは何も聞こえていないふりをしつつ、心なしか先を急ぐのだった。
そして夕方。
問題が起こることもなく、予定通りに街に着くと、騎士たちはすぐに宿を取った。
旅はもう少し続く。
明日も朝早くから馬での移動になるので、今日の疲れを明日まで引きずるわけにはいかない。
特にルハインツは、年齢のせいもあり少々無理が利かない。
いくら若者と同じ、いやそれ以上鍛えているにしても、細胞の年輪からして若者たちとは違うのだから。
若干腰に鈍痛が残っていることに怯えつつも、ゆっくり湯に浸かり疲れを癒す。
湯船でうとうとしかけたところで風呂から上がり、部下たちと約束していた食堂へ向かった。
陽はすっかり落ちていた。
食堂には二人の部下がいた。
言いつけた通り、先に飲み食いしているようだ。
「アロロはどうした?」
「今日はもう休むと。早めに夕食を済ませてもう戻りましたわ」
まあ、昨日から落ち込んでいる彼女だ。そういうこともある。
ルハインツだって、理由は違うだろうが気持ちは同じだ。
さっさと食べて少し酒でも飲んでとっととベッドに飛び込みたい。こんなに早い時間に寝ても、きっと翌朝までぐっすりだろう。それくらい疲労が溜まっている。
だが、それはまだお預けだ。
「ルハインツ殿が来た。セリアラ、話の続きを」
あまり顔に出さない性分のロヴァエだが、やはりあの話の続きは気になっていたらしい。
「少し待て。安い葡萄酒をくれ――よし、いいぞ」
ルハインツが素早く安酒を注文すると、「では」とセリアラが口を開いた。
「その前に、少しだけ前情報を。
アロロに『いつから好きになったのか、どこが好きなのか』と聞いたところによると、尻軽のわたくしの毒牙から守るために少年を守っていたら、いつの間にか好きになっていた、だそうです。
どうせ助けられたお礼も絶対にしたいし、なんなら大人の女性を教えたり教えなかったりしちゃおうかなーキャッ。……と思い始めた辺りから、どんどん意識してどんどん好きになってしまったと。
聞いていたら容赦なき嘔吐感がこみ上げて何度オエッとなったかわかりませんが、なんとか我慢しましたわ」
ひややかな表情でそんな補足説明を置き、いよいよあの夜の話は佳境へと入る――
――すでに酔っていることがわからなかったわたくしとアロロは、少年を酔わせるためにどんどんお酒を注文しました。
「――おい、さすがに……」
傍観していたグロックさんが、さすがにこれ以上は、と止めました。きっと彼のお財布事情も加味してのストップだったのでしょう。
しかし、まあ、確かに、少々飲ませ過ぎたのは事実でした。
少年が平然と飲み続けるから失念していましたが、はじめてお酒を飲むという方には、いささか勧めすぎました。
まあ、それでも、この段階でも酔っぱらっているようには見えなかったのですが。
「――よしよし。じゃあ全員ちょっと酒も入ったことだし、ゲームでもやろうや」
グロックさんがそんな提案をしました。
恐らくは、これ以上飲ませないための策だったのでしょう。高いお酒ばかり頼みましたからお財布事情も加味して。
「――ここにサイコロがある。こいつを順番に振って、数字が大きかった奴の勝ち。少なかった奴が負けだ。負けたら罰ゲームをやるか酒を一杯飲む。
罰ゲームの内容は出目が大きい奴が決めていいが、負けた奴が罰ゲームじゃなくて酒を飲む方を選んだら、勝った奴も一杯飲むんだ。
まあ、程々の罰ゲームにしないと自分も酒を飲まされるってわけだな。ギリギリやってもいいと思える線を狙うのが醍醐味だ。
で、もちろん飲むのはこいつ――死体酔だ。こういうのにはおあつらえ向きの安くて強い酒だからな」
数字が大きい者が勝ち。
少ない者が負け。
勝った者が負けた者に、罰ゲームを指定できる。
負けた者が罰ゲームを履行できないならお酒を飲むが、その場合は罰ゲームを指定した勝った者も飲むことになる。
まあ、サイコロ一つでできるような単純なゲームだけに、ルールもわかりやすいですわね。
ちなみに同数だった場合は、後にサイコロを振った者が優先されるそうです。
お気づきでしょう?
ええ、そう。
これがすべての始まりだったの。
もう、めちゃくちゃでしたわよ?
――そう。わたくしたちはこの時ようやく気づいたのです。
少年がもう酔っぱらっていることに。




