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111.メガネ君、リッセの本音を聞いたあとに笑う





「ま、そういうわけだ」


 と、ロダは立ち上がった。


「どうするかよく考えな。移動の日取りはまた後日――」


「ロダ」


 帰ろうとしているロダに、俺は言った。


「俺もう村帰っていい?」


「「えっ?」」


 えっ?


 ロダもザントもリッセも驚いたが、三人が驚いたことに俺も驚いた。え、なんだ? 驚くような発言なんてした?


「俺の話聞いてた!?」


 珍しく狼狽えているロダが俺に詰め寄ってきた。


「聞いてたけど」


「嘘つけよ! じゃあ何も思わなかったのか!?」


 まあ、思うことはあったけど。


「さっきロダが言ったブラインの塔の教育方針って、暗殺者の育成に関してでしょ? もっとわかりやすく言うと、対人戦が強くなるコースでしょ? 元々俺が求めてるのはそっちじゃないって知ってるでしょ?」


 ロダの説明では、ライバルと競い合って、暗殺者として伸びていこうって話だった。


 俺は殺しのテクニックが欲しいわけじゃない。

 ただ、今より強くなりたいだけだ。その動機の部分は暗殺者育成学校へ行こうと決めた時から揺らいでいない。


 狩人の高みに興味がないとは言わないが、暗殺者の高みには興味ないですよ。

 だって殺しをやる予定なんてないんだから。


 師匠から学んだ狩人の技を、人殺しには使えないから。


「あ、それなら大丈夫だ」


 と、今まで黙っていたザントが口を開いた。


「知っての通り、俺たちは暗殺業はほぼやってない。仕事がないからな。

 だから、今更完全な暗殺者を育てても仕方ないんだ。


 じゃなきゃリッセはここにはいないしな。こいつの『素養』を考えたら、暗殺者なんて向いてないだろ」


 「闇狩りの剣」か。

 確かに魔物に効果が高い「素養」だから、暗殺者には必要ないかも。少なくとも対人用のものではない。


「というわけで、今やブラインの塔では暗殺者としてのあれこれじゃなく、『生きること』を学ぶ方向に進路を変更している。

 育成カリキュラムの中には、訓練生どもで大型の魔物を狩る、というものもある。


 つまり、内容的には狩人の仕事に重なる部分が多いんだ。まあもっと言うと冒険者に近いかもしれんが。


 坊主の初志もあるだろうが、俺たちの主張も憶えているだろ?


 俺たちは、使い道がなくなった暗殺者としての技術を、絶やすのが嫌だから伝えたいんだ。そして、できればそれを国のために活かしてほしい。


 まあ要するに、嫌なら戻ってくればいいんだからひとまず行ってみろってこった。だからもう少しだけ考えてくれよ。何も今すぐ出発ってわけでもないんだからよ」


 ……はあ、そうですか。


「大型の魔物って何を狩るの?」


「毎年違うからなぁ。今年はなんだろうな」


 …………


 ほかはともかく、大型の魔物を狩るのには、とても興味がある。


 そんな話をしたあと、今日の訓練が始まった。





 しっかりと汗を流し、身体をいじめ、あっという間に夕方となっていた。


「……あれ?」


 今日も「道」を走り続け、ザントに声を掛けられて上がったのだが……


 ゲルツの湯の裏口から表に出たところに、俺と同じようにボロボロのヘロヘロになっているリッセが待ち構えていた。


「ちょっと話があるんだけど」


 あ、そうですか。


「帰ってからじゃダメなの?」


 全身汗だくだし、何度か転んだせいで身体中が砂埃でじゃりじゃりである。早く風呂に入りたい。


「ソリチカが来るかもしれないから、二人きりじゃないでしょ。……というか昨日も来たからね、あの人。エイルが帰って来なくて寂しそうだった」


 それは悪いことをした。

 師匠って生き物は、弟子に冷たくされると結構いじけたり拗ねたりするんだよね。


 考えてみれば不思議な関係だもんね、師弟関係って。家族じゃないのに家族より強い絆が生まれたりもするし。


「まあそれより、私の話だわ」


 はあ。


「帰っていい?」


「ダメ。聞け。私にとっては二の次だけど、あんたにとってはちょっと大事な話もあるから」


 大事な話? 大事な話ねぇ。


「まず――やっぱりエイルって、私より強いんだよね?」


 どうやら、今朝ロダが言っていたことを気にしているようだ。


 「エイルはリッセより強い」と。

 はっきり言っていたから。


「比べ方が違うだけだよ。剣と剣でやり合えば俺が勝てるわけないし」


「でも『ただの殺し合い』なら、確実にエイルが勝つ」


 そりゃそうだ。

 だってリッセはまだ剣で戦うことしか知らないのだから。


 もしリッセとやり合うことになったら、俺は「リッセが剣で勝負できないやり方」を選び、それで勝つだけだ。自分に有利なやり方で。本当にそれだけの話だ。


「以前の私なら悔しいだけだったと思うけど、今はそうでもないんだ。まあ悔しいは悔しいけど」


 …………


「ちょっと誇らしいくらいだから。


 私の友達でありライバルであるエイルは、私より強い。


 まあ、そんな感じ」


 …………


「……なんか言えよ! 私だって恥ずかしいの我慢して言ってるんだから!」


 え? えっと……


「……ト、ト、モ……ダチ……?」


「なんではじめて『友達』って単語聞いた奴みたいな片言なんだよ!」


 いやあ、寝耳に水だったから。色々と。


 ……リッセは俺のこと友達だと思ってたんだ。驚いた。


 でも俺は…………まあ、あえて言わなくていいか。殴られたくはないし。


「で、結局何が言いたいの?」


 沸点の低い彼女をなだめつつ、結論をうながす、と――


 リッセはまっすぐに、訓練中にしか見せない真剣な面持ちで俺を見つめた。

 夕暮れの空の下、深い湖底のような藍色の瞳が俺を見据える。


「――もう少しライバルでいてほしい。ブラインの塔、一緒に行きたい」


 はあ……えらくストレートに来たもんだ。


「よし、じゃあ、風呂入って帰ろうか」


「……やっぱエイルはエイルだね。ブレないなぁ。ま、考えといてよ」


 俺のいつもの反応に、リッセは笑いながらやれやれと溜息を吐き歩き出――そうとしたところで振り返った。


「そうだ、もう一つ。あんたにとってはこっちの方が気になると思うんだけど」


「もう話はいいんだけど」


「いいから聞け。私の本音より絶対気になるから」


 えー? いいかげん風呂行こうよー。


「――あの悪魔の像、ソリチカがどうしても欲しいって」


 ……えっ?


 …………えっ!?


 すっかり忘れていた可愛い邪神像の姿が脳裏をかすめる。


 うまいことリッセに厄介払いしてから、できるだけ思い出さないように過ごしてきた結果、最近は思い出すこともなくなっていたのに。


 なのに、まさか、新展開を聞かされるとは思わなかった。


「ほ、ほんとに!? あの邪神像を!?」


「本当に。……というか私の話にそれくらい驚けよ」


 いや、リッセと天秤に掛けてどちらが重要云々ではなく、あの可愛い邪神像の話は何よりも優先されるべきだ。それだけの存在じゃないか。


 というか、できれば、できることなら、俺が忘れている間に事故を装って紛失しておいてほしかったのに。なぜ今まで後生大事に持っていたんだリッセは。そういうところだよっ。


「なんで? 気に入ったの? どこがアレで欲しいって? やっぱり邪神とか悪魔とか悪霊を降ろすための媒体に?」


「いや。可愛いから、って言ってた」


 えっ? あの邪悪なフォルムが!?


「そもそも、ここんとこ毎晩来てるのはあの木像に会うためでもあったみたい。あんたは食事が終わったらすぐ後片付けして部屋に戻るけど、ソリチカは私の部屋に来るからね。私が拒否しても来るからね」


 そ、そこまで気に入っているのか……? 日参して会いに来るほどに……?


 ……まさか鬼才・フロランタン先生と「かわいい」のフィーリングが合う人物が、この世に存在するなんて……


 …………


 まあ、でも、ソリチカが言うならそんなに不思議でもない気はするが。だってほら、相当な変わり者だし。


「でさ、いいよね?」


「何が? 何もよくないよ。なんなんだよ」


「なんでちょっと動揺してるの? というか私の本音に動揺を……まあ、もういいわ。


 ソリチカに上げてもいいよね? 売るのも捨てるのもなしって約束だったけど、『誰かにあげるのはダメ』とは約束になかったよね? いいよね?」


 …………


「早くあげなさい。速やかに」


「お、おう、命令口調で……わかりました」


 …………


「……ふふ」


「……うふふ」


 どちらからともなく笑い合う。


 必死に忘れたり、がんばって目をそらしながら、しかしどうしても気になっていた大きな一つの問題が、解決したのだ。


 これが笑わずにいられようか。いや無理。笑わずにはいられない。





 それから三日後。


 俺たちは正式に、「ブラインの塔への参加」を問われたのだった。






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― 新着の感想 ―
[気になる点] もしかしてフロランタンの二つ目の素養が精霊関連なのかしら
[良い点] リッセとエイルの関係好きだわ〜
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