10.メガネ君、狩場へ行く
ライラの様子から、姉は二年前からあまり変わっていないみたいだ。
俺がホルンのことを訪ねた時に、ピリピリしてここまで追ってきた理由は、今も騙されやすい手のかかる人だからだろう。
周囲の者は、ライラのように見張ったり気を配らないと、心配で見てられないのだと思う。村でもそうだったし。きっと今も、冒険者チーム内でもそんな感じなんだろう。
姉は、やると決めたことはだいたいやり遂げるが、それ以外はアレだから。控えめに言って全然ダメだから。ダメな奴だから。ダメな上に愚かな奴だから。控えめでもそんな奴だから。
きっとこの都会で、ちょいちょい詐欺的なものに引っかかって、周りに迷惑も掛けているんじゃなかろうか。容易に想像できる。
そしてライラは俺を、またホルンを騙してお金を巻き上げようとしている胡散臭いメガネの詐欺師だと疑っていたんだろう。ひどい女である。
まあ、違うかもしれないけど。
「じゃあ、あたしは帰るから」
「私も行く。メガネをありがとう」
話が済んだところで、ライラとロロベルが立ち上がった。
ライラとは、三日後の夕方に再び会うことになった。ホルンが帰ってきていたら引き合わせる、という約束をしたのだ。
さてと。
予定外の客が押し寄せたものの、太陽は高いところにいる。まだ昼を少し過ぎたくらいである。
俺が宿に戻ってきた理由は、弓を取りに来たからだ。
大通り沿いの武器屋で教えてもらった、弓を扱っているという六番地の「ジョセフの店」を訪ねたところ、裏に弓の練習場があると聞いたのだ。なんでも商品の試射用に作った場所らしい。
商品の試し撃ちならともかく、弓の持ち込みなので、きっちり使用料は取られるみたいだが。
でもほかに近くで安全に練習できそうな場所がないので、そこを使わせてもらうことにしよう。
そして、だ。
ライラの話を聞いて、漠然と予定も決まった。
どうせ数日は動けないのだから、その間に幾らかお金を稼ぐことにする。
ホルンの借金返済の足しにしてもいいし、王都に来た記念に解体用ナイフを買ってもいい。今の懐具合は非常に寂しいし、あって困るものじゃない。
成人祝いに師匠に貰った弓は、まだまだ慣れていないので、今日は無理だ。
なんとか今日中に身体に馴染ませて、明日からは狩りに出たいと思う。
――よし、行くか。
翌日。
ゆっくり朝食を食べて、午前中いっぱいは城からの使いを待つ。
誰も来ないことを確認してから、昨日の内に準備していた荷物を持って、入国門へ向かった。
「通れ」
昨日の内に準備をしておいたので、簡単に門番を通過できた。
ジョセフの店の店長ジョセフに色々聞いたところ、俺はまだ身分証がない。なので入国する時は通行税が掛かるらしい。
役所や各ギルドなどで発行される身分証が、一番手っ取り早い身分証明の作成だそうなので、取ってきた。
そう、狩猟ギルドの身分証である。
冒険者ギルドより人が少なく、規模も小さく、目立つ活動もあまりなく、人の出入りも少なく、あくまでも狩りや生物の行動・習性の情報収集に対応する組織で、民間から回ってくる依頼仕事も少ない。
どの面から見ても冒険者ギルドの方がいい、と見なされているおかげで、まったく人気がないらしい。
そんな狩猟ギルドに登録した。
完全に俺好みだったから、そこなら登録してもいいと思った。
店構えもひっそりしていたし、中もただ受付があるくらいの小規模な小屋で、日に五、六人しか出入りしないという寂れた組織だ。受付嬢もまったくやる気がなかったというのも俺には大きい。興味津々でグイグイ来られたらたぶん帰ってた。
だが、近辺における生物の分布や行動習性など、扱う情報自体は本物だったので、そんな嬉しい誤算もあった。
小規模ではあるが、細々と機能はしているということだ。決して潰れているわけではなく。きっと俺のように人目に付きたくない奴が利用しているのだろう。
入国門を潜り、近辺を記した地図……を自分で書き写した紙を広げ、向かう先を確認する。
目的地は、新人冒険者がよく行く森だ。奥まで行かなければ比較的安全らしい。
「あっちか」
一般的な獲物として考えられるウサギやシカなどを狙う予定なので、遠く南に見える森が、一番近い狩場となるそうだ。
うーん、「メガネ」がなかったら俺には見えなかっただろうなぁ。ぼんやりして。
距離からして、のんびり歩くと、到着するのは夕方になりそうだ。
目的地を見定め、俺は小走りで走り出した。
入国門付近は行商人風の人や馬車が見えたが、街道を外れていくと、冒険者らしき連中がちらほら見えた。
すれ違ったり追い抜いたりして、目的地に急ぐ。
――この辺でいいかな。
小さな川を越えた先は、鬱蒼とした森が広がっている。
俺は弓に弦を張り、狩りの準備を整える。
「……何人か人がいるな」
見た感じは静かなものだが、気配を探ると、森の中に数人かいるのがわかる。森に入ったすぐ近くにいるっぽいな。何をしているんだろう。
いや、なんでもいいか。きっと薬草とか採ってる冒険者だろう。
人が入っているせいで、獲物は近くにはいないようだ。奥へ逃げたんだろう。
……あ、いや、いる。一羽。
俺はその場で弓を構え、森に向かって放った。
「――ギッ」
金属が擦れたような音がした。
一直線に飛んだ矢は、狙い通り当たったようだ。
川を飛び越えて森に入ると、茶色い羽毛のオロ雉が、矢に貫かれて転がっていた。食べるとおいしい一般的な野鳥である。よしよし、幸先がいいな。
「上は意外と穴場か?」
血抜きのために首を切って逆さにし、その辺の枝に吊るしておく。
動物なんかは人を外敵と見なし、気配を感じたりしたら逃げるものだ。鳥も似たようなものなのだが……
でも、この森は、そうでもなさそうだ。
感じられる距離だけでも、二匹は弓で狙える範囲にいる。
もしかしたら、この辺を活動場所にしている冒険者たちは、地面に立つ動物や魔物にしか興味がないのかもしれない。
だから上にいる鳥たちは、人間をあまり警戒していないようだ。襲われることがなく、素通りしていくから。
まあ、たぶんそうだろうって推測だけど。
見えないだけで、獲物はいる。
しかも獲物の警戒心が薄い、穴場っぽい。
よし、今日は森の入り口近くで鳥を中心に狩るか。
まだまだ弓も慣らしたいし、初めての狩場なので深入りはせず、ゆっくり地形を確かめる程度にしておこう。
――結果、短時間で五羽という戦果を引っ提げ、王都へ戻るのだった。
「それにしても、不思議な『メガネ』だな」
木々の奥、枝の向こう、茂る葉にひそんだ獲物をじっと見ていると、まるで木々や枝がほんの少しだけ透き通っているかのように、獲物の状態や姿勢、向きが見える……ような気がした。
実際には見えていないはずだが、そんな風に見える、ような気がしたのだ。
もしや、視力がよくなったから、詳細に気配を感じられるようになったりしたのかもしれない。関連性があるのかどうかわからないが。
どうあれ、短時間でこれだけの獲物が獲れたのは、間違いなく「メガネ」のおかげだろう。
非常にありがたい「素養」である。




