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108.メガネ君、いよいよ不信感をあらわにする





「俺からは以上だ。後はおまえ次第だな」


 そうグロックは言い置いて「死体酔ゾンビ・ラム一本!」と追加の酒を注文した。もう一本空けてしまったらしい。飲みすぎじゃないですかね……


 ――グロックから聞いた情報を考えつつ、サラダを口に運ぶ。……おお、野菜も新鮮だし、砕いたナッツとベーコンのアクセントがいい。何味かわからないがドレッシングも掛かっているようだ。酸味があるけど、果物系じゃないと思う。


 高いお金を払って俺を探そうとした人がいて、その人の目的は「メガネ」である、と。


 ……うーん。


 問題は、依頼人はどのタイミングで「メガネ」を知ったのか、かな。


 パッと思いつく可能性は二つ、か?


「お、来た来た。ああ、追加で腸詰め肉だ。何本か焼いてくれ」


 ――空になったサラダの皿を返し、酒と一緒に運ばれてきた、どろっとしたシチューを受け取る。うわあ、いい匂い。俺が作るシチューなんかとは大違いだ。……というかシチューじゃないなこれ。なんかのスープだな。なんだろう。甘いし。とうもろこしの甘さに似ている気がする。


 「納品したメガネ」があるので、きっと城に俺の「メガネ」はある。

 仮に全てが方々に配られていたとしても、女性の文官に一つ上げたので、確実に一つはあるだろう。

 依頼人はそれを見て知り、だから俺を探している。


 その場合、俺を探しているのは、結構なお偉いさんかもしれない。貴族などの権力者かもしれない。少なくとも城に出入りできる人ではあるはずだから。


 もう一つの可能性は、依頼人は「黒鳥」と同じように、ワイロを払って城から「メガネ」の情報を得た方向だ。

 こっちは範囲が広すぎるので、考えようがないかな。


 ……いや、待てよ?

 もう少し絞り込めるか?


 少なくともお金持ちではあるはずなのだ。


 「黒鳥」に仕事を依頼したり、城にワイロを渡したりできるだけの財力があるのだから。この手の情報料が安いとは思えないし。


 でも、普通のお金持ちなら、子飼いの冒険者や用心棒を兼ねた私兵など、荒事に対処するための人材を確保している気がする。

 さっきグロックが言っていた、「ややグレー方面」の問題に対処するための人材を。


 だとしたら、わざわざ高い金を払って「黒鳥」に依頼するだろうか?

 自分が抱えている人材に頼むのではなかろうか?


 探したのは王都内のみだというのだから、わざわざ冒険者に頼まなくても、私兵で充分だと思うが。別に魔物と戦うわけでもないんだし。


 ……と考えると、前者の方が、可能性は高いか?


 それと、依頼人は「王都に住んでいない人」ではないだろうか。


 もし「王都に住む権力者」なら、王都内だけを捜索はしないと思う。

 コネだのなんだのを使って、手を広げて探すんじゃないか。


 もっと言えば、すでに懸賞金を掛けて探し始めている、とか。


 だって、冒険者としての実力が認められる「黒鳥」に頼むくらいだから、やっぱり本気だと思うし。本気で探していると思うし。


 逆に言うと、懸賞金を掛けない理由は、「それができない身分」だからなのか、「できるだけこっそり探したい」なのか。


 …………


 ダメだ。

 判断材料が少なくて、これ以上は推測じゃなくて妄想になりそうだ。


 決して目の前にある香しき腸詰め肉に心を奪われているわけでもなくうわっふっといなぁ。こんな大きい腸詰め初めて見た。しかも白いやつだ。え、何肉? これは何肉の白い肉なんですかね? 一本もらっていいですか? 


  ぱきっ


 小気味よい音を立てて皮が割れ、旨味しかない熱い肉汁がじゅわっと口の中で弾けた。熱い。うまい。ちょっと柑橘系の香りがして、脂が強いわりにはあっさりしている。スパイスも塩だけじゃないよなぁ。何が入っているんだろう。複雑でちょっと味が濃いけど、結局やっぱりうまい。


 したたる脂をすするようにして腸詰めを咀嚼しつつ、結論を出した。


 依頼人の予想。

 最有力は、ナスティアラ城に出入りできる身分がある、権力者。


 そう仮定し、何かあった時の心の準備だけはしておこう。



 ――なお、想像のはるか上を行く、とんでもない人物が依頼人であることを知るのは、もう少しだけ先の話である。





 俺の食事が済むと、満を持してというか、待ちかねてというか、女性騎士二人が当然という顔でするするやってきて空いた席に座る。

 まだグロック呼んでないんですけどね。


 どうやらデザートをしっかり完食したところを見られていたようだ。……まあ、気づいてましたけどね。視線が向いてるって。見てるなーって思ってましたけどね。


 丸いテーブルでグロックと向かい合っていたけど、左手側に日焼け、右手側に色白が座った。


 ……日焼けがちょっと俺の方に椅子を移動させたけど、うん、まだ距離はある。大丈夫。


「どうする? とりあえず何か飲むか? 死体酔ゾンビ・ラムでいいか?」


「もう少しオシャレなお酒にしてくださらない?」


死体酔ゾンビ・ラムは、ゾンビでも買えてゾンビでも酔えるという由来の、安くて強い酒の代名詞だからな。女性に勧める酒じゃない」


 ああ、気を遣って提案したグロックが女性二人の反論に晒されている……ごめんね。俺酒は全然わからないし飲めないから、庇いようもないし口出しもできないんだよね。それはともかくまた腸詰め肉を頼んでほしい。


「俺は味も好きなんだけどな。冒険者なら、こいつを一気できて一人前だぜ」


「カビが生えた古い風習よね」


「そういうベテランからの押し付けは、最近の若者には受けが悪いぞ」


 ごめんね。味方できなくて。腸詰めは頼まないの?


「……じゃあもう勝手に頼めや」


「あら、いいの? ――わたくしは白蛇香を。彼のおごりで」


「おい」


「私は黒蝶ブラックバタフライ。彼のおごりで瓶で」


「おいっ」


 通りすがった店員に流れるように注文する女性二人。グロックの反応からして、二人が頼んだ酒は高いものなんじゃないだろうか。ごめんね、何もできなくて。腸詰めも頼め。





 最初こそ微妙な壁があったが、酒が入ると大人たちの話はすぐに弾みだした。


 色々話を聞いてみたところ、騎士たちはこの宿に泊まっていたらしい。


 うーん……騎士が泊まるくらいなら、やっぱりいい店なんだなぁ。食事もおいしかったし、高級店なんだね。俺の場違い感がすごいね。一人では絶対来れない怖いお店だ。


「そうか。明日には国に帰るのか。忙しいな」


「グロックさんたちは? 何やら次のお仕事の話もされているようですが」


「ああ、とある商隊が黒皇狼オブシディアンウルフの素材を王都に持って行きたいんだと。

 明日の競りで落としたら、王都までの護衛を頼むとさ。今連れが交渉しているはずだ」


「じゃああなた方の撤収も早いのかしら?」


「恐らく明後日の朝だな。素材は生物なまものだし、ここからナスティアラまでは距離がある。あまりのんびりはしてられねえな」


 へえ、そうか。

 騎士たちも「黒鳥」も、予想よりだいぶ早くハイディーガから去る予定になっているみたいだ。黒皇狼の討伐が昨日だからね。


「あの、少年。何か、その……もっと頼むか? 彼のおごりで」


 気を遣ってなのか、日焼けがすごい俺に話しかけてくるけど、……なんかこう、振ってくる話題がパッとしないなぁ。


 別に会話に入れないから退屈してるってわけじゃないんだけど。

 むしろ俺は、発言せず聞いている側でいたい。


 そして切りのいいところで帰りたい。

 静かに、ただ静かに目立たず、そのタイミングを計っているだけでいいのに。


「いや、俺は――」


 もう腸詰め肉があるからいい、と言いかけたその時。


「あなた本当に話が下手ね」


 色白が、かなり非難げな顔で向かいの日焼けを見た。


「し、仕方ないだろう。こういうのは、慣れてないんだ……」


 慣れなくてもいいんですよ? 俺はそろそろ帰りますからねっ。


「あなた。お尻が可愛いあなた」


 ……あ、俺ですかね? 尻のことは忘れてたのに思い出しちゃったよ……言うなよ。


「あなた、もう成人はしているのでしょう?」


「ええ、一応」


「ならば良い機会だわ。お酒を飲んでみない?」


 え? 酒を?


「幸い、ここにはわたくしたちがいるわ。あなたがしたたかに酔っぱらっても介抱してくれる人間が三人も。試してみるにはいい機会だと思うけれど」


 えー……


「カビの生えたベテランが言うとアレだが、付き合いで酒を飲まなきゃいけない機会ってのが、意外とあるんだよな」


 さっきの言葉を気にしているグロックが、やや控えめに言う。


「いきなり本番で酒を飲む、ってわけにはいかないだろ。普段からたしなんで慣れておくのは、悪いことじゃないと思うぜ。


 今日は俺のおごりだしな。残してもいいから遠慮せず試してみろよ」


 ……えー……


 酒より何より、もう帰りたいんだけどなぁ……


 でも、グロックの言うこともわかるんだよなぁ。

 意外とそういう酒を飲む機会はあるって師匠も言ってたしなぁ。酔って帰って奥さんに怒られながら「男同士の付き合いがあるんだよ!」ってよく泣いてたしなぁ。


 でもなぁ、ダメな酔っぱらいをそこそこ見てきたからなぁ。ああはなりたくないと心底思ったしなぁ。


 ……しかしながら、断れる雰囲気でもないなぁ……


 ――仕方ない。一杯だけ飲んでお茶を濁しておこう。


「じゃあ、一杯だけ」


 そう応えた瞬間だった。


 ガタガタッと日焼けが俺のすぐ隣に、椅子ごと移動してきた。


「これなんかどうだ!? 初心者にはおすすめの甘くて飲みやすい酒だぞ!」


 メニューを開いて「これ! これ!」と、勧めてくる。リストを見ても俺にはよくわからないんだが。


「えーと、花龍殺し(ドラゴンキラー・白)……ですか?」


「おい、それ確かに甘いけどそこそこ強――」


「黙れ」


「…………」


 …………


「お、おすすめだよ! 本当だよ!」


 …………


 俺を酔わせてどうする気だ。


 今のを見て、今グロックを殺気さえ放って黙らせたそれを見て、大人しく俺がこれを頼むと本当に思っているのだろうか。


「グロックさんが選んでくれたものでいいです」


「え、なんで!?」


 それはこっちのセリフだけど。普通に信用できませんけど。






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[一言] そんなに酔わせてどうする気?やめて!私にランボーする気でしょ!?怒りのアフガンみたいに!最後の戦場みたいに!!
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