107.メガネ君、少しだけほっとする
運ばれてきた酒をカップに注ぎながら、グロックは口を開く。
「まあ話は簡単なんだけどな。『黒鳥』におまえの捜索依頼が来たんだよ」
あ、本当に簡単な話だ。
……内容は簡単じゃなさそうだけど。
一緒に運ばれてきたサラダが目の前に置かれたが、さすがにこのタイミングで食べる気はしない。あっ、新鮮な野菜に砕いたナッツと細切れベーコンが掛かってる。おいしそう。
「『黒鳥』って王都で一番の冒険者チームですよね? そこに依頼するって……」
「そうだ。絶対に探し出してほしいって依頼人の意志が伺えるよな」
ですよね。
王都でトップクラスの冒険者チームに依頼するって、どれだけお金が掛かるのかって話だ。大人のお小遣いでも足りやしないだろう。
つまり掛けた金銭分だけ、依頼人は本気だということ。
だから――グロックが言った「懸賞金が掛かるかもしれない」という予想に繋がる。
俺もその線がないとは言い切れないと判断する。
「依頼はもう終わってる?」
「ああ。守秘義務ってのがあるからな、終わってない仕事の話はできねえよ」
「王都にはもういない」ということだけ割り出して依頼人に報告し、それで依頼は終わったらしい。
問題は、依頼人がそこで諦めるか否か、という点だ。
そして諦めなかった時の結論が、懸賞金だ。
「その依頼人は……さすがに教えてくれませんよね?」
「まあな。というか俺は知らんしな。知ってても教えられないが。
広まるとややこしくなりそうな依頼は、リーダーのリックが情報規制する。平のメンバーには知らなくていいことは教えてくれねえんだ」
リック……ああ、リーダーのリックスタインか。
まあ一流の冒険者なら、依頼や仕事に対してはすごく厳しいだろうからね。
たとえ俺がリーダー本人に聞いても、絶対に教えてくれないだろう。
「これが一つ目だ。話は理解したか?」
まあ、一応。
「でも、知らされたところでどうしたらいいかって感じがしますけど……」
警戒すればいいのか?
それともあえて出頭して、依頼人の要望を聞き、綺麗に後腐れなく関係を解消するとか?
もしくは、必死で逃げ回るべきなのかな?
俺としてはそうしたいけど……懸賞金が掛かったら、それも難しいだろうなぁ……
簡単に言えば、周りが全員追手になるってことだから。賞金首かそうじゃないかという明確な線引きがあったところで、どっちも結局はお尋ね者扱いだからね。
「――まあはっきりしていることは、『黒鳥』に依頼が来たってことだ。
俺たちは一応、クリーンな仕事しかしない。
ややグレーもあるが、法に触れるようなブラックな仕事は絶対しない。
その辺を知らず、犯罪まがいの依頼をしてきた者を、城や兵士に突き出したこともある。
つまり、俺たちに依頼が来たって時点で、少なくとも犯罪ではない可能性が高いってこった。
評判や意向を知らずに、俺たちに依頼する奴なんていねえだろうからな。
だから、蓋を開ければ、おまえにとっては悪い話じゃないかもしれねえ。……保障はねえけどな」
なるほど。
でも、保障がないんじゃなぁ……怖くて関わりたいとは思わないなぁ。
だって、お金を出してでも俺に会いたい人がいる、でしょ?
俺に会うために大金を掛ける人がいる、って話でしょ?
うーん……やっぱり普通に怖いかな。少なくともいい印象はないかな。
ぐいっと酒をあおり、二杯目を注ぐグロックは、「二つ目だ」と話し出した。
「これは一つ目の補足になる。おまえの『メガネ』に関してだ」
来た。
そう、懸賞金の話もかなり気になったが、やっぱり一番気になっていたのは「メガネ」のことだ。
「グロックさんはなぜ知ってるんですか?」
というか、ふと気づいたが、グロックの「素養」はなんなんだろう。
今も見えないし、黒皇狼との戦闘中も見えなかったし。
可能性としては、「グロックが使用していない」か「その『素養』に関して俺の知識にない」のどちらかである。
使用していないと「視え」ないし、「知らない素養」は「視え」ない。
どちらかになるのだが……
ちなみに後者だと、だいぶ「珍しい素養」を持っていることになる。
可能性はかなり低いだろうけど。
ソリチカとの訓練中に、「素養」に関する本はたくさん読んだ。
その本たちの中になかった「珍しい素養」を持つ、なんてことになると……
――率直に言うと、「俺のメガネ」と同じくらい珍しいものを持っている、かもしれないわけだ。
さすがに直接聞くわけにはいかないからなぁ。聞けるほど親しくもないし。
「これ、ここだけの話で頼むぜ?」
というか最初から「ここだけの話」しかしてないですけど。だって俺の話なんだから。よそでは絶対話せないし、話す気もないし。
無言で頷くと、グロックはまたしても衝撃の発言をしたのだった。
「城からの情報のリークだ」
…………
あ、はい。
そりゃバレますね。知っててもおかしくないですね。
国か。
国から聞いたのか。
形ばかりだが「メガネ」を献上した俺を売ったのか、国は。
国め。
……国めっ。
「――あんまり大っぴらにできる話じゃねえんだがな、『黒鳥』はワイロを払って、おまえやホルンのように地方から王都にやって来た小僧や小娘の『素養』を聞き出してるんだ」
本当に大っぴらにできない話である。
というかなんだ。
汚いな。
「『黒鳥』はクリーンなんじゃなかったんですか?」
さっきの「犯罪はしない」だの「依頼人を兵士に突き出した」だのの自己弁護はなんだったんだ。
てのひらを返すのが早すぎるだろう。
「それでもブラックじゃねえ、ややグレー方面の話だ」
そうかなぁ? 果たして本当にそこかなぁ? 俺的には完全にブラックだけどなぁ? 濃いめじゃないかもしれないけど薄めのブラックっぽいけどなぁ?
「必要悪だと思ってくれ。
誰もが、おまえほど頭がキレたり、用心深かったり、狩人として腕が良かったりするわけじゃねえ。
田舎から出てきたばっかで右も左もわからないガキどもだ、騙される奴も多いんだよ。
知らない間に借金を背負わされて身動きが取れなくなったり、犯罪行為のために『素養』を強要されたりな。
そういうのがないように、それとなく俺たちが導いたり、信用できる人を紹介したりするんだ。
もちろん犯罪に巻き込まれそうになれば助けたりもするぜ。
まあ、完全に善意ってわけじゃねえがな。『欲しい素養』を持つ者なら、『黒鳥』が最優先で確保するからな」
はあ、必要悪ねぇ。
……俺からすれば、知らない間に個人情報が漏れているなんて冗談じゃないけど。
でも、それで助かる人がいたり、うまく回っているなら、……いいのかなぁ? 本当にいいのかなぁ?
「確認しますけど、個人情報を広めたりはしませんよね?」
「あたりまえだろ。クリーンとは言い難いからな、バレれば俺たちもまずい」
その発言こそ「グレーじゃない」って認めているようなもんだと思いますけどね。
「『黒鳥』でも知っている奴はほんの一握りだよ。
俺は古参だから、『黒鳥に欲しい素養』に関して相談を受けることもある。その上で『おまえのメガネ』のことを知ったんだ」
……ふうん。
「『黒鳥』には、『俺の素養』は欲しくなかったんですか?」
「欲しい欲しくない以前に意味がわからなかった」
――よし。
グロックのその回答は、非常に「妥当」である。俺だって初めて聞いた時はよくわからなかったのだから。
要するに、特性までは知らない。
「メガネを物理召喚する」としか、知らない。
「素養」を登録しセットすることで使用できたり、人の情報を「視た」りできることを、知らない。
ならばいい。
「素養がメガネ」ということはバレてもいいのだ。
問題は内容だから。
特性だから。
「メガネで何ができるのか」だから。
もしグロックが「メガネの全て」を知っていれば、きっと欲しがるだろう。
かなり便利な「素養」だから。
目が悪い俺もとても助かっているし。もうメガネなしの生活は無理だろうし。たとえ「特性を抜きにした素養」であっても。もうメガネなしでは生きられないし。
……ふう。とりあえず一安心だな。
現時点で、グロックには「メガネ」と「爆ぜる爆音の罠」の「二つの素養」があることがバレているが、この辺は結構言い訳ができる。
そもそもを言えば、「素養」が二つある人は珍しいが、いなくはないのだから。
それより何より「メガネの特性」だ。
これがバレるのが、俺の中では一番まずい。
何があろうと、ここだけは誰にも知られてはならない。
内心ほっとした俺の本心を見抜いたのか、グロックはニヤリと笑った。
「『メガネを出す』、ってだけじゃないみたいだな?」
ふうん?
「さあ? グロックさんの『素養』を教えてくれたら少しは話してもいいけど?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、視線の先で、俺の敵意とグロックの敵意がぶつかる。
――俺が言った言葉は、意趣返しである。
「人の『素養』を聞くな、自分だって聞かれたくないだろ」という意味の。
他人の「素養」を聞かないのは、マナーであり常識であり暗黙のルールである。
年下の小僧に「あたりまえ」を指摘されれば、さすがのグロックもイラッとするだろう。
俺もイラッとしたのだから、おあいこだ。
「……フッ、末恐ろしいガキだ。ホルンの弟ってのが納得できる曲者ぶりだぜ」
それは俺が納得いかないけどね。姉と同列にしないでほしい。
「話を戻すぜ。
二つ目は、一つ目で話した依頼人は『おまえのメガネ』が目当てらしい、ってことだ。狙いがわかるってのは重要だろ?」
「そうですね。助かりました」
高いお金を払ってでも俺を探そうとした依頼人。
その依頼人は、「俺のメガネ」に用がある。
――どちらも決して無視できない、貴重な情報である。




