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106.メガネ君、思わぬ再会と思わぬ提案と思わぬ言葉に驚く





 とりあえず、まずは風呂に入る。

 ゆっくり浸かったあとに、まだ飲んでいるグロックを連れて表に出た。


 ちなみに一緒に飲んでいたぶらぶら仲間たちは、あの風呂で会っただけの他人だそうだ。まったく知らない人と盛り上がれるなんて、俺には無理だし理解できない行為である。


「うまい酒が飲める店がある。行こうぜ」


「俺飲めないんですけど」


「大丈夫だ。飯もうまいから」


 ……そうですか。


 例の「メガネ」関係のあの発言がなければ、確実にここで逃げているところだが……仕方ない。もう少しだけ付き合うか。





 外は暗いが、まだ夜と呼ぶには早い時間である。

 夕方と夜の間くらいかな。


 髪を降ろしたままのグロックに連れられ、大通りを向かった先は……おっと。見るからにちょっと高そうな酒場、といった感じの店である。


 そう、食堂じゃなくて酒場だ。

 看板にも「瓶とコップ」の絵が描いてある。「ジョッキ」なら見たことあるけど……高い葡萄酒的なものを置いてあるって印ではなかろうか。


 そして何より、建物が非常に大きい。

 たぶん三階か四階建てで、どうも上階は宿も経営しているようだ。大通りぞいにある、灯りも煌々と輝く店なので、いかがわしい雰囲気はない。


 いや、すごい大きな店だ。

 俺なんて、飲食店なら庶民向けの食堂くらいしか行ったことがない。


 こんな料金が怖そうな店、一人では近づくこともできないだろう。


「先に言いますけど、俺はお金ないですよ」


 昨日、鉄兜(アイアンヘッド)の舌を買ったので、サイフは結構寂しくなった。


 ちなみに鉄兜の舌は、一本ではなく半分くらいを、リッセと俺でお金を出し合って購入した。

 とにかく本気でお金がない、というリッセでも買えるように調整した結果である。


 もちろん軽蔑も侮蔑もしたが、よくよく考えたら「相手はリッセだ。リッセだから甲斐性がないのもしょうがない」とすんなり思えたので、あれはあれでいいことにした。


 デローンと一本じゃなくて半分でも、ソリチカが乱入しても、三人ともたっぷり食べられたしね。実においしかった。


「年下が金の心配なんかすんじゃねえ。俺が出すからなんでも好きなもん食えよ」


 その言葉を完全に信じるつもりはないが、ご馳走になろう。


 あんまり高いものばかり頼んでグロックのサイフを苦しめたら、後々「貸し借り」という形で返って来そうだからね。


 控えめに食べて早々に引き上げよう。





「あっ」


 あ。


 店に入ると、すぐに目についた。

 非武装でも、普段着でも、すぐにわかる。それほど目立っていた。


 あの色白と日焼けの女性騎士二人がいたのだ。

 夕食時ということもあり、普通にテーブルに着いて食事していたようだ。


 今日も美貌は健在のようで、やや身なりのいいほかのテーブルの男たちが、チラチラと色白と日焼けに熱い視線を向けている。


 そして、そんな魅力的な女性――日焼けの方が、だいぶ気分を害した顔で立ち上がり、害したままの顔でこっちにやってきた。


「――私の誘いは断ったのに。こんなむさ苦しいおっさんとは一緒にいるんだ」


「――おい」


 いきなり言われてしまいました。隣のおっさんが「おい」と抗議の声を上げるが無視である。


「すいません、グロックさんは先約なんで」


「本当に? また私の誘いを断る嘘なんでしょ? こんなむさ苦しくて無精ヒゲで昼間っから働いてる人を眺めながらなんの罪悪感もなく酒が飲めるおっさんを優先するくせに」


「――おい」


 いや、一つも嘘ついたことなんてないけどね。嘘ついてまで断ったわけじゃないけどね。

 ……根底に「気が進まなかった」という理由はあっても。


「本当だよ。俺だって酒臭いし無精ヒゲで清潔感がないダメなおっさんよりは女性と食事したいよ」


「――おい」


 隣のおっさんに「おい」と抗議の声を上げられたが、今は構ってられない。


 これも嘘ではない。


 ……ただ、順番で言えば、一番は「飯は一人でゆっくり食べたい」だけど。おっさんとの食事よりはマシ、というだけだけど。


「あとで呼ぶから、今はテーブルに戻れよ」


 えっ。


 今二人に若干の悪口を言われつつ無視されたグロックだが、さすがに無視できないことを言い出した。


「エイル。この姉ちゃんな、おまえに礼がしたい礼がしたいって昨日荒れたんだよ。理由はどうあれ、おまえはこの姉ちゃんの命を助けたんだろ?


 おまえだって逆の立場なら黙ってられないだろ? 礼がしたいと思うだろ? 姉ちゃんもそう思ってるんだよ。


 とにかく何もしないままじゃ気が済まねえんだよ」


 …………くっ。


 そう言われると、わかるけど……わかるだけに断りづらい……!


「でも俺が先約なのは本当だ。こいつと話したいこともあるしな。まあ俺らの飯が終わるまでは待っててくれよ」


 な、と日焼けの肩を叩くグロック。


 日焼けはその手を素早く払い、「絶対呼んで」と、なぜか俺の目を見ながら言い、行ってしまった。


 …………


「今の、お礼がしたい人の顔じゃなかった気がするんだけど」


「奇遇だな。俺には全財産賭けたカードゲームに挑むようなマジの奴の顔に見えたぜ」


 …………


 言い知れぬ不安に気が重くなったが、なんとか気を取り直して、俺たちは隅のテーブルに着くのだった。……目力の強い女性の視線を感じながら。





 広い店なので、テーブルも多い。


 いくつか空席のままになっているが、ここが酒場だとするなら、本格的にお客さんが入るのはこれからなのかもしれない。

 時間的に、酒を飲むにはまだちょっと早いと思うから。


 さて。

 あまり高い物は頼めない俺としては、やはりお得なセットメニューということになる。


 やたら高い値段が並ぶ単品料理……まあ酒の肴だろう名称が並ぶメニュー表を見るでもなく流し見し、最初から決めていた「ディナーのセット」を注文した。


 グロックはやはり酒である。

 本当によく飲むなぁ。俺は水でもそんなに入らないと思うけど。


 ……やっておくべきことは、これくらいだろうか。


「後の予定が詰まったので、早めに本題に入りたいんですが」


 あの女性騎士二人とここで会ったのは、本当に偶然だろう。

 そしてグロックの勧めで、このあとこの席に来ることになった。


 一応俺も納得したので、すぐ帰る……というわけにはいかないかなぁ。少しだけ付き合うことになるだろう。


 まあ、この後の心配は、今は置いておこう。


 大事な話をするなら今しかないということだ。

 「俺の素養」に関わることなら、あの人たちが来たらできない話だから。


「おう。誰かに聞かれてもまずいからな、注目を集めていない間に手短に行くぞ」


 グロックの目に、理知的な光が宿る。

 昨日、狩場で見た真剣な面持ちだ。


「おまえに会わなきゃ言うこともなかったと思うが、会った以上は言っておきたいことが二つある。


 まず一つ目――おまえに懸賞金が掛かるかもしれない」


 …………


 ……えっ!? 懸賞金!? えっ!?


「フッ……さすがだな。眉一つ動かなず冷静なまま、か。


 狩人は常に冷静なもんだからな。まだ小僧のくせに骨の髄まで狩人ってことか」


 いやいや無理無理! 充分驚いてますけど!!


 …………


 まあ、表には出ないタイプだから出てないかも知れないけど。ちゃんと充分驚いてますよ。






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