101.メガネ君、怒られてる時に痴女に追い打ちをかけられる
ロロベルに強制連行された俺は、傷顔の騎士のおっさんと「黒鳥」の無精ヒゲのおっさんの前に突き出された。
しかも……なんてことだ。
俺の後ろに色白と日焼けの女性騎士二人が並び、退路を閉ざしてしまった。ロロベルは去っていったし。一緒にいて庇ってくれたらいいのに。……無理かー。
「おまえか!」
ジロリと一瞥したまま黙する騎士のおっさんより先に、「黒鳥」のおっさん……グロックが先に口を開いた。
ちなみにおっさんおっさんとカテゴリー分けしているが、騎士のおっさんよりグロックの方が十歳は若いと思う。
騎士のおっさんは四十過ぎで渋みだけが残ったような男で、グロックはまだかろうじて「お兄さん」でもいいかもしれないから。ヒゲ落としたら若そうだし。たぶん三十歳前後くらいだと思うから。
「普段はいい。大抵のことは許せる。だが戦場でふざける奴が俺は大嫌いだ! そういう奴は仲間の足を引っ張る。仲間を殺す。死にてえならてめえ一人で死ね!」
はい。まったく同意見でございます。狩りの最中に派手にふざける奴がいたら俺だって怒るだろう。
「……で? 言い訳は?」
「ないです。その通りだと思います。すみません、軽率でした」
俺だってあんな空気になるってわかっていたら、もっと違う方法を探しただろう。
「素養」の不慣れ。
あるいは経験・知識不足。
試行が足りなかった。
実戦投入するには、もっともっと「素養」について知らなければならなかった。
知らないから「指花の雷光」で自爆なんてしたのだ。「素養」の数々は、簡単に扱えるほど浅いものではないということだ。
失敗だけで終わっちゃダメだ。
失敗から学ばないと。
「……まだ『爆ぜる爆音の罠』に慣れておらんのだろう」
静かに、だが威圧感を醸し出す低い声で、騎士のおっさんが口を開いた。
「実力と『素養』、双方の練度のバランスが悪すぎる。
動く黒皇狼に一本も外さず矢を当てる腕があるくせに、『素養』に関してはあんな粗末なやり方があるか。
弓を扱う者は、常に冷静で冷徹で、何手か先を読んでいるものだ。そうじゃないと矢を当てられんからな。
我らのような、脳味噌まで筋肉でできている手合いとは訳が違う。
不慣れ、あるいは……まだ身に付けて日が浅いか。
要するに経験不足。
成人になりたてで己の『素養』がまだ馴染んでいないのだろう」
……やっぱりこの人、顔は怖いけど優しい人だったか。
リッセには偉そうに「迷惑かけるな」なんて言っちゃったけど、俺が掛けちゃったなぁ……
「まず、仲間を助けてくれた事、感謝する。――グロック、彼のことは許せ。我々が危なくならなければ必要のなかった事象だ」
「こういうのはちゃんと言っておくべきだ。冒険者の先輩としてな」
「だが、どう見てもすでに反省と後悔をしている。貴様が怒っている理由がわからないほど愚かにも見えん。念を押すまでもないだろう」
はい。すごく後悔して反省もしてますよ。本当ですよ。あと俺は冒険者じゃないですよ。
「……悪いが、これ以上は」
ん?
後ろにいた日焼けの女性が、俺の横に並んだ。
「――あれは私のせいだし、彼は私の恩人だ。三回も助けられている。これ以上責めるのはやめてくれ」
……ん?
あれ?
…………んっ?
……おっ?
「――まあ、そういうことですわね」
日焼けの逆隣に、色白の女性が立つ。
…………俺の尻を撫でながら。
え、なんで? 気のせいじゃないですよね? 偶然ぽんと手が当たったとかじゃないですよね? 今すっげー撫でまわしてますよね?
この空気でそんなこと言い出せるアレじゃないからってやってるって感じですかね。
人の弱みに付け込んでやってる感じですかね。
なんてことだ。
卑劣な痴女に卑劣な行為を今まさにされている。
……まあ、男に触られるよりははるかにマシか。王都の某狩人専門店よりは比べるまでもなくマシか。
「チッ……おまえらがいいなら、もう俺からは何もねえよ。言い足りねえけどな!!」
と、グロックは行ってしま――あ、振り返った。
「エイル、街に戻ったら挨拶には来いよ! 待ってるからな!」
あ、はーい。それとこれとは違う話だからね。行きますよ。いつも姉がすいません。
「……それと、嫌なら嫌って言った方がいいぜ。そういう女は際限なく付けあがるからよ」
それだけ言い残し、グロックは行ってしまった。黒皇狼を運ぶ準備をしている「黒鳥」メンバーの方へ向かう。
…………
「……だそうですよ」
言われても撫でるのをやめない色白の女性に、さすがに俺から言ってみた。
「あら? 嫌がっていますの? わたくしに触られて嫌がる男がいるなんて思いませんでしたわ。仲間を助けてくれたささやかなお礼のつもりで触っていたのですが」
「失礼」と、色白の女性は離れた。お、おう……ロダの言う通り、なんか、こう……遊び慣れてる感じがするなぁ。これが都会の女性か。怖い。
「少年」
と、日焼けの女性が、ひやりとする冷たい声で言う。
「今度あの白いのが触ったり撫でたり当ててきたりまさぐってきたり性的なイタズラや質問をしたら私に言いなさい。私があいつを殺すから」
日焼けの女性が殺気走った目で睨むも、色白の女性は平然としている。俺としてはどっちも嫌な感じがするけど。……なんか俺を見る目が怖いんだよね。こっちの女性も。
「からかうのはそれくらいにしておけ」
と、近くで待機している冒険者たちを呼び戻す、狼煙の準備をしていた若い騎士がやってきた。
狼煙はすでに上がっている。
すぐに冒険者たちがやってくるだろう。
「ルハインツ殿、あの話は?」
「うむ…………少し迷ったが、大丈夫だろう。少年。頼みがあるのだが」
嫌でーす。
朝も早かったし、グロックに怒られたし、尻も撫でられたし、もう帰りたいでーす。
…………
言えないよなぁ。囲まれているしなぁ。それに色々迷惑も掛けちゃったしなぁ。
「内容によるとしか言えませんけど……」
そしてあわよくば、断る理由がすぐに見つかる案件であって欲しいけど……
「承知の上だ。聞くだけ聞いてくれればいい」
あ、そうですか。でも額面通りでは通用しないんでしょ?
「ロビン、セリアラ、外せ。アロロは周囲の警戒を」
「「はっ」」
ロビンは若い騎士で、セリアラが色白で、アロロが日焼けの女性か。三人はおっさんの命を受けて動き出す。
まあ、日焼けの女性は動かず隣にいるけど。
「――単刀直入に言う。我々はとある国の騎士だ」
あ、知ってまーす。……黙って聞いておくか。
「我々は、黒皇狼を追ってこの地に来たのだが」
それも知ってまーす。
「先に戦った黒皇狼は、我々が追ってきた個体ではなかった」
ん?
……え?
言葉の意味がよくわからなかったが……冷静に考えてみれば、やはり結論は一つだった。
「……まさか、二頭いるの? 二頭目がいるの?」
その情報は、尻を撫でられたことと同じくらいショックだった。
…………
あ、俺、意外と尻を撫でられたこと結構気にしてるんだな、って改めて気づいたりもしたけど。
だって思いっきり撫でられたもんなぁ……
それどころじゃない話題が出ているはずなのに、尻に残ってる感触と違和感も気になるんだよなぁ……
「ロダから聞いた。
あの黒皇狼の場所を大まかに割り出したのは君だと。
我々の頼みとは、もう一頭の黒皇狼を探し出すこと。ぜひ君の力を貸してほしい」




