疑惑
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いつも通りの朝。
目が覚めて、熱い紅茶を一杯飲み干す。
疲れた。
怠い。
昨日も遅くまで仕事をした。
最近、家族からの最速の手紙が煩い。全ては自分の努力次第なんだと。
知らないよ。
どうでもいいよ。
でも逆らえないよ。
カーテンを開けるとキラキラした日差しが入って来る。
似合わない。
遠くから人の声がした。
「…寝よ」
ー『おやすみなさい…』
もう二度と聞けない声がして
そうして再び夢を見る。
*
ローガンの生活にも慣れてきた。
それでも俺は1番の新入りだ。
ロナウド先生の魔技の授業も結構進んで、俺たちは様々な戦法を学んだ。しかし俺が本気で刀を抜くことはないのだが。
耳をすますと、どこからか鈴の音が聞こえる。
平和だ。
今日もローガンは平和だ。
なにせもうすぐクリスマスだから。昨日冬休みに入ったばかりで、実家に帰省する奴もいるおかげで人が出払っている。
ほとんど人がいないサロンで、俺は優雅にコーヒーを飲んでいるわけだ。本を片手に、しんしんと降る雪を眺めながら。キッチンも今の時期は全く忙しくないので気前がいい。読書をしていたらアフタヌーンティーの焼き菓子を持ってきてくれた。
俺がいた国にはクリスマスという文化は無かった。代わりにこの時期は年末年始の大掃除や整理整頓やら決算やらで忙しかったっけ。狐の爺さんにもこき使われたっけ…。忌々しい。
ただ、気になることが一つだけ。
そこかしこにつる下げている“靴下”はいったい何なんだ?
きょろきょろしていると視界に見慣れた茶髪が目に入った。おっと幻覚か。気のせい気のせい。
ジングルベルを熱唱しながら真っ赤な靴下を壁に掛けている奴が知り合いなわけないよな。うんうん。
「ジングルベェール、ジン…ん?あっ、秋じゃーん‼︎」
おやおや、幻聴まで聞こえてきた。病院に行った方がいいみたいだ。
カイルによく似た幻覚は俺の正面に座ってオセロのボードを出してきた。
「今年はやけに帰省者が多いからな。俺とお前以外サロンには誰もいないくらいだ。ってなわけで俺とオセロしよう」
「それはおかしい。俺は本を読んで…」
「はい、ゴタゴタ言ってるから俺が黒ねー」
石をめくる音がパチっと響いた。
「お前、有利なの知ってて黒を選んだろ」
カイルは何も言わない。ただニコニコと微笑んでいる。
オセロでは黒が先手だと決まっている。そのため黒の方が多少なれ有利なのだ。
仕方なく俺は石を握った。
*
パチっ……………パチっ、パチっ………………パチっ、パチっ…
カイルは一手打つ度に長考する。それに対して俺はカイルが打つとノータイムで返す。
結果は歴然だ。
俺が最後の一手を打つとき、盤面は殆ど美しく白で埋められていた。
「…おかしい。おかしい。お前強過ぎるだろ」
ありえないといった顔でカイルは盤面を凝視する。これがありえるんだなー。
「…んまぁ、先に言うべきだったんだけど、オセロって俺の国が発祥なんだよね。オセロに関する研究は世界一進んでいて、うちの国のお家芸ってゆーか…」
「あーっ、どうりで。おかしいと思ったんだよな」
「一つだけアドバイスをしとくとな、お前は序盤で急ぎ過ぎるんだ。初めの方でとり過ぎると後々場所が無くなって…」
あれこれと俺達が討論している間にラザールがやって来た。
「オセロかい?どれどれ……うわぁ、白は随分えげつない勝ち方をしているね。カイルったら、もう少し秋くんに手加減してあげなよ」
ラザールは何か勘違いしているようで、クスクス笑っていた。
「ちげーよ、負けたのは俺の方だし」
カイルの告白にラザールはかなり意外そうな顔をした。
「えっ…?カイルが負けたの?ふーん、そうなんだぁ」
「なんだよ、俺が勝ってなんかおかしいの?」
ラザールの物言いに少しムッとした俺はつい、突っかかってしまう。
「いや、君に悪意は決してないんだよ。ただ、ね。カイルは凄く頭がいいから…」
ラザールはそう言いながらちんちくりんの頭をポンポンと叩いた。
カイルって、頭いいんだ…。
ここのテストを受けたことがないからよく分からないが。
「そういえばラザールは帰省しないんだな」
俺が言うとラザールは少し考え込んだ。
「…今年は家の様子がおかしいんだよね。うちの場合クリスマスなんて必ず帰れって言われるんだけど、今年は帰って来るなって言われるんだ。事情があるんだろうけど少し寂しいよね」
「そういえばサイラスも毎年帰っているのにここにいるな」
カイルが辺りを見渡した。何か違和感を感じているように。
しかしラザールにいつもくっついている金髪のミシェルがいない。彼女は帰ったようだ。
「…なぁ、カイル。気のせいかもしれないけど、ここにいる生徒に共通点がないか?」
俺が言うとカイルが頷いた
「確かに…ここに残っているのは、“貴族”の生徒ばかりだ」
そう、感じていた違和感はそれなのだ。
帰省していない生徒のほとんどが“貴族”だ。ラザールやサイラスだって例外じゃない。
一方、実家が植物園のミシェルは帰省している。
その後、残っている様々な生徒に話を聞いてみた。
案の定、彼らは口を揃えて、
『帰って来るなと言われた』
と、言ったのだった。