継承
「長期休暇で迷惑をかけた。魔技学教師のロナウド・シーガイアだ」
魔技の授業がある中庭でロナウド先生は俺たちに挨拶した。俺と同じ漆黒の髪に漆黒の瞳。こっちでは珍しいはずなのだが。おまけにかなり愛想が悪い。いかにもという厳しそうな教師で、漆黒の長髪を後ろで束ねている。
「長期的に授業がなかったせいで諸君の魔技はかなり衰えていると思う。よって本日は基礎の確認をした上で実践を多く行う」
ロナウド先生はそう言うと無作為にペアを作った。俺の相手はルラだ。罰メニューを終えて授業に戻ってきたようだ。
ロナウド先生の指示通りにルラと魔技を行う。基礎なだけあってどれもたわいない。しかしルラは何故か息切れしている。
「おい、大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「うん、ちょっと罰メニューが、キツかった…かな?」
ルラはおとなしい。質問してもはっきりとした答えが返ってこない。少し俺は苦手だ。ルラの体調を気遣いつつも、訓練を行う。はっきり言って疲れる。早く終わって欲しいと思った頃にロナウド先生の号令がかかった。
「基礎訓練をやめろ。ここからは各自の魔具を用いて実践訓練を行う。自由にペアを組め」
ルラはあっという間にフラフラと人混みへ消えていった。誰と組もうか迷っているうちに誰かに話しかけられた。
「秋、俺と組まない?」
声をかけてきたのはサイラスだった。軽く返事をしてサイラスと向かい合う。彼が独自の魔具である……お玉?を構えた。意外すぎて何も言えない。むしろ笑えてくる。
「マジかサイラス」
「ああ、マジだよ」
サイラスの顔は本気だった。料理が得意なのは知っていたが、ここまでとは。まさか魔具でお玉を使うとは思わなかった。
「魔技ってのは実戦の為の授業なんだろ?俺は将来シェフになる。厨房で襲われたらお玉で戦うんだ。まさかお玉を魔具にしているとは思わないだろう?」
「将来シェフになりたい」ではなく、「なる」と断言したサイラスはかっこよかった。彼の心意気に脱帽した。
「バカにしてすまなかった。こちらも全力で相手させてもらう」
俺は小狐丸を鞘から抜いた。あくまでも授業なので相手を傷つけることは許されない。相手から魔具を奪うか、相手の動きを止めるかしないと対戦は終わらない。
狐の爺さんからかなり教わってきたせいで、申し訳ないが俺はかなり魔法の熟練度が上がっている。当然ながらサイラスのお玉をすぐに払ってしまった。
「「ありがとうございました」」
互いに礼をする。サイラスが悔しそうに笑った。
「俺のお玉もまだまだだな。料理に毒を入れた方が手っ取り早い」
「それはさすがにだめだろ」
軽く談笑して肩を叩きあった。後ろから黒い影が迫っていると知らずに。
「おうおう、秋。俺のこと忘れて楽しくお喋りか?嫉妬しちゃうなぁ。俺は緊張で食事も喉を通らないのに」
「カイル…」
黒い微笑みを湛えるカイルを見てサイラスは早々に逃げた。気づけば俺たちの周りに人がいない。俺も逃げようとしたが素早く腕を掴まれた。
「前から気になってたんだよねー、お前の実力。ほら、折角なんだからやろうよ」
カイルはローブの袖から魔具を取り出そうとした…
その時
「すまないが事情で実践訓練を終了する。これからセミナールームに行って今年度の教科書の読み合わせをするから遅れないように」
ロナウド先生から号令がかかった。
ホッとして俺は肩を撫で下ろす。カイルは舌打ちした。
「つまんねーの。プライベートで後で決闘でもするか」
「ペナルティくらうからやんない」
カイルをあしらったものの、本当は自分もカイルの実力を知りたかったな、なんて思っていた。
特別な環境下にいた俺ならともかく、何故カイルにあそこまでの力があるのか。彼が魔法を使っているシーンを多く見ているわけではないが、周りより頭一つ抜けているのはわかる。
昨日の蔵書室の日記帳の件も不可解だしな。
前から思っていたことではあったんだ。
いつもてきとうで、あっけらかんとしたあいつといるのは楽しい。しかし大事なことを隠しているそぶりがいちいち気にかかる。
*
本人からは聞きにくいのでまずは周りの人から聞いてみることにした。
「やぁやぁ、こんばんは」
さりげない…つもりで夕食の時に同じクラスの生徒に話しかける。突然隣に座られて相手も困惑していた。金髪のショートカットの少女だ。
「えーっと確か君は…新しく来た人だっけ?」
「そうそう。龍野秋だよ。よろしく」
相手も少し微笑んだ。
「私はエリナよ。学校には慣れた?」
「そこそこ。相部屋がカイルとなんだけどさ、あいつのことイマイチよく分からなくて」
「わかる気がする」
エリナはうんうんと頷く。サラサラのショートが揺れた。
「あいつってあんなに明るい性格なのに、周りと一線引いてるってゆーか…。深く関わりすぎないように気をつけてるってゆーか…」
そう、俺が感じていた違和感はそこなんだ。彼女の言葉がしっくりときた。
「まぁ、私達が彼のことをどうこう言おうと彼に文句をつける教師はいないわよね」
「えっ?」
俺はポカンと口を開けた。エリナは可笑しそうにクスッと笑う。
「じきに分かるよ」
そのまま彼女は席を立つ。夕食はいつの間にか終わっていた。
*
「とぼけるなよ。お前がやったんだろう」
また一人、消えた。
「吐くなら今だ」
俺じゃない。
*
エリナと最後に話した日から、ローガンは少しずつおかしくなっていたんだ。
あの日、
遂に解けぬ誓いの儀の、続きが行われてしまった。