衝撃
ついに動き出す生活。周りの生徒は味方か否か。
ローガンにきて一月も経つとさすがに生活に慣れてきた。ここの授業は厳しいものが多いが、基本的に平和な学院だ。のひのびと一人一人の才能を伸ばすことができる。
そんな、ある平和な一日のことだった。その日が特別だったわけでもなく、ごくごく普通の日だった。なのに事件は起こってしまった。
*
「カーター学院長、カーター学院長、至急食堂へお越しください」
早朝にけたたましい校内放送が響いた。朝早く起きるローガンの生徒もさすがに起きていない時間だった。俺もカイルも放送で起きてしまったが、二人ともすやすやと再び眠りについた。
「結局朝の放送は何だったんだろうな」
起きなくてはいけない時間になった。
目を擦りながらカイルが俺に尋ねる。
「ん・・・、なんかあったんじゃないの?それより早く食堂へ行って朝食の準備しないとな」
「同感だ」
再び寝てしまったせいで校内放送に続きがあったことを知らない俺達はのろりくらりと食堂へ向かった。
*
「あなた達、今朝は朝食の準備はなくなったという放送があったでしょう!何故来たのです!」
食堂に着くなり家庭科のレイン先生に怒られた。そんなことはつゆしらずの俺達はきょとんとしている。
「何があったんです?」
「今は教えることができません。今日の授業時間は繰下げします。早く部屋に戻りなさい」
レイン先生に背中を押される。しかし帰るときに俺達は食堂の中がチラッと見えてしまった。ソレを見て俺達は凍りつく。
<真の支配者を思い出せ>
食堂のテーブルには確かにそう書いてあった。人間の血のような赤い文字、いや、あれは・・・・・・。ソレらは一つ一つのテーブルに一文字ずつ、書きなぐるように。カイルを横目で見てみると、いつにない厳しい顔をしていた。ネイビーブルーの形が良い眼を薄く細めている。
「大変失礼致しました。今すぐ立ち去ります」
カイルは丁重に謝罪すると俺の腕を強引に引いた。引っ張られながら俺も頭を下げる。結局引きずられながら部屋に戻った。
*
部屋に着くなりカイルは荒々しくドアを開ける。そのまま彼はどっしりとベッドに腰を掛けた。いつも冷静なカイルが何かに怯えているようだ。しかし、怪しいものは俺も確かに感じていた。
「おい秋、ただの悪戯ともとれるあのメッセージに、教員があそこまで警戒しているのは何故だと思う?」
やはり俺と同じことにカイルも気づいている。お前が確認したいのなら、俺は答えてやろう。
「解けぬ誓いの儀、だ」
俺が重々しくいう。それを聞いてカイルも暗くニヤッと笑った。
「いいか、秋。この世ではやっちゃいけねぇ魔法がいくつかある。何か一つでも知ってるか?」
六つのとき俺は、爺さんからこんな話をされたことがある。まだ幼かった俺は爺さんの言うことがわからないことが殆どだったが、それでも理解しようと純粋に話を聞いていた。
「わかん、なぃ・・・・・・」
俺が言うと爺さんは俺の頭を撫でた。
「そうか、じゃあしっかり覚えとけよ。それらの魔法は禁忌呪文と呼ばれる。全界法典には様々な決まりがおさめられているが、その中に禁忌呪文の項目もしっかりあるんだ。その中の一つが、
<解けぬ誓いの儀>
これをやると名前の通り絶対に破れぬ誓いをたてられる。破ると、死の呪いがかかって必ず死ぬ。こんなものは互いの身の破滅を呼ぶだけだ。よって、禁止されている」
幼いながらに、爺さんが言うことを恐ろしいと思った。
「この解けぬ誓いの儀を行うには・・・・・・
「この解けぬ誓いの儀を行うには、ペリュトンの生き血が必要だ」
爺さんの言葉を思い出しながらカイルに言う。ペリュトンとは、雄鹿に翼が生えた、赤い眼の怪鳥である。
「こんなの学校でも習わないのによく知ってるな。お前怪しいぞ」
「カイルも知ってんだからお互い様だろ。そういうことは触れないでおくのがマナーだろ」
「・・・・・・もっと時間が経って、お互いのことをよく知れたら教えてくれるのか?」
「お前こそ、・・・な」
カイルについて不可解なことが多い。最近よく思うことだ。しかし俺も明かさない部分があるので詮索するのは野暮だと思っていた。それはカイルも同じだったようだ。
「とりあえず今はペリュトンだ。誓うことを呟きながら自ら決めたパスワードをペリュトンの生き血で書くと、解けぬ誓いの儀ができる。<真の支配者を思い出せ>、これが犯人のパスワードってわけだ」
カイルが言う。続けて俺も言った。
「問題は、何を誓ったのか、ということ」
「That's right!」
「そもそもペリュトンなんてどこにいるんだよ」
二人揃って沈黙した。学校で習わないほどの希少種などこの辺にいるのだろうか。
「・・・あの人にきくしかねーよな」
俺が呟く。
「そうだな・・・」
カイルも苦笑した。
*
「たーのもー!!!!!!!」
カイルが威勢よく魔法生物学室のドアを開ける。案の定そこにはオスカー先生がいた。
「あーあーうるせぇよ!道場破りみたいに入ってくんじゃねぇ!」
オスカー先生はご立腹のようだ。それにしてもこっちにも道場はあるのだろうか。
「怒らないで、オスカーせんせ・・・・・・?」
「てめーの上目遣いなんてかわいいもクソもねーんだよ!貴重な休み時間なんだからさっさと用件を言いやがれ!」
オスカー先生がカイルの胸倉を掴む。やばい、らちがあかない。
「き、聞きたいのはペリュトンのことなんですけどっ!!!!!!!」
俺が二人の間を割り込むようにして怒鳴る。それを聞いてオスカー先生は訝しげに俺を見つめる。
「やだぁ、秋。俺とオスカーせんせの時間を邪魔しないでよ」
「お前は一回死んどけ」
「おい、龍野。カイルとじゃれ合ってないでペリュトンについて話せ」
オスカー先生が椅子を引いた。俺達も席に着く。
俺が最初に口を開いた。
「その、ですね。自主研究の素材としてペリュトンについて研究したいんですよ。絶対捕獲や悪戯はしないので、観測の為にペリュトンの居場所を教えてください」
ふーん、と言ってからオスカー先生は懐からキセルを取り出してふかし始めた。そのまま、ぷかぁと煙を吐き出す。その煙はドーナツ型だった。
「嘘臭いねぇ、少年達よ」
彼は、たった一言呟いた。何気ない一言のようなのに、何故かその言葉は俺達に深く刺さった。カイルを見ると彼の額にはうっすらと汗がうかんでいた。
「まぁ・・・、学校の規則としてそーゆーことは教師から教えられない。まったく、俺は融通が利かないよな。だからペリュトンについての詳しい文献が、蔵書室の禁書棚にあるなんて教えられない。禁書棚の鍵がこの部屋の黒板の裏に隠されてるなんて言えないんだ。ましてや割と近くにペリュトンの目撃情報があるなんて絶対に言えない。申し訳ないな」
オスカー先生はそう言うと颯爽と魔法生物学室を無言で出て行った。姿が見えなくなったのを確認して俺とカイルは吹き出した。
「っは!なんだよそれ!」
「そっか、言えねぇんならしょうがねーや!」
さりげないオスカー先生の優しさに思わずにやける。
「ほんとにあったよ、禁書棚の鍵。黒板の裏を調べたらね」
カイルが鍵をチャラチャラと鳴らす。
「今夜忍び込もう。偽装工作は任せろ。絶対にばれないようにするから」
俺がカイルに言うと、カイルは頷いた。
「ああ、頼んだよ」
この時の俺達は、禁忌呪文を阻止しなければならないという正義感と、好奇心が入り混じっていた。
心のどこかでは遊び半分だった。
*
草木も眠る丑三つ時。
その中動く生徒が二人。音もなく動く彼らによって冷たい空気が掻き混ぜられる。不意に二つの陰が蔵書室の前で止まる。蔵書室の扉は常に空いている。しかし禁書棚は開いていないのだ。教師の許可がないと開けることはできない。しかし彼らは鍵を使ってあっさり開けてしまった。
「オーブローク」
二人のうち一人が呟く。その瞬間禁書棚は見えないフィルターに包まれた。
「おい、今の呪文なんだ?」
もう一人の少年、カイルが秋に尋ねる。
「オーブローク、保護呪文だ。これで禁書棚から音は漏れることもないし、俺達の姿も見えない。あんまり知られてない上位呪文だけど、犯罪者はよく用いる」
「そんな呪文一般に知られていたら犯罪だらけだろ。どこでそんな呪文覚えるんだよ」
「さぁ、秘密かな」
まさか、狐の爺さんからー、とは言えないだろう。
「意外と、広いんだな。禁書棚って。教室の三倍はあるか」
カイルが禁書棚に手を伸ばす。背表紙を見て気になるものは手にとって見る。
「うわー、人肉の調理法、精力エキスの調合法、人喰い植物図鑑・・・・・・。やばい本ばかりだ。どうりで禁書棚な訳だ・・・・・・」
「ペリュトン」
「すいません。真面目に探します」
注意しつつも、俺も実はワクワクしていた。普段ならとっくに寝ている消灯時間に部屋を抜け出しているのだから。ましてや好奇心旺盛なカイルが興奮してしまうのも否めない。
ゆっくりと背表紙を撫でるようにペリュトンの書物を探していると、気になる本があった。古い本ばかりの中に一つだけ高級そうな革の本があったのだ。
「おい、カイル。この本おかしくないか・・・?」
カイルは俺が持っている本を見るなり血相を変えて本を奪った。
「カイル・・・・・・?」
カイルが明らかに戸惑っている。
「これは・・・・・・、俺の日記なんだ。ガキの頃に書いてて、それで、隠すためにずっと前にここに置いたんだ。ほら、ここって生徒は滅多に来ないだろ?」
「お、おう。そうだな」
「まあ、せっかくだから部屋に持ち帰って後で読んでみるよ」
そう言うとカイルはローブの内ポケットに本をしまった。俺もペリュトンの本探しを再開した。
「peryton・・・・・・ペリュトン・・・!あった、ペリュトンだ!!!!!!!」
突然カイルが叫ぶ。カイルが指差す方を見やると確かにペリュトンの本だった。
「っと、目次目次・・・。ペリュトンとは、ペリュトンの生態、ペリュトンの歴史、ペリュトンの生息地・・・これだ!」
急いでページをめくるとペリュトンの生息地が印されていた。ペリュトンが好むのは乾燥した森である、と書いてある。
「世界的に代表されるペリュトンの生息地はクロッキート高原、マヤ自然公園、嘆きの森・・・」
俺とカイルは顔を見合わせる。
「「嘆きの森ぃ!?」」
死霊が出ることから生徒に嫌がられている森ではないか。まさかあんな近くをペリュトンがのこのこ歩いているとは思わなかった。
「とりあえずこの本を部屋に持ち帰ろう。禁書棚に来るヤツは滅多にいないからばれないだろ」
俺が言うとカイルが頷いた。俺はペリュトンの本をローブの内ポケットにしまう。すると、妙な違和感を覚えた。
「・・・・・おい、なんか足音が聞こえないか?」
カイルが言う。彼も同じことを考えていたようだ。
「言い忘れていたけど、オーブロークは万能ではない。相手にフィルターの中に入られると、姿も見えてしまうし、音も聞かれてしまう」
「こんな大きく足音が聞こえるってことは相手も禁書棚だよな!?やばい、早く出なきゃ!」
「聞こえるだろ、黙れ馬鹿が」
思わずカイルの口を押さえる。
どうする、逃げ場がない。なぜなら俺達は禁書棚の最深部にいるからだ。完全な一本道ではないが、見つからないように脱出するのには無理があるだろう。
「一か八か、相手を気絶させてみるか?」
カイルがボソッと言う。普段なら非現実的な考えだが、この状況では正しいような気がした。
「俺は魔技の腕に覚えがあるんだよ」
「奇遇だな。俺もだ」
俺達はガシッと手を握りあう。決まった。逃げられないならこれしかない。
コツコツコツ・・・。
足音は徐々に迫る。
「いいか、321で気絶呪文をかける。心の中で数えろ」
「ok」
3・・・・・・。
迫る足音。1を言う頃にはその角で姿を現す。
2・・・・・・。
カイルが拳を開く。腕があれば、魔法は杖や剣など無くても多少は使える。
1・・・・・・。
何故か、ここで、足音が止まった。
え・・・?
二人の間で疑問が浮かぶが、とりあえず角を飛び出た。
「「コークラウド!!!!!!!」」
揃えて気絶呪文を唱える。
しかし
角には
誰もいなかった。
*
疑惑を抱えながら部屋に俺達は帰ってきた。
「いなかった、よな」
「確かに足音はしたのにな。調べても禁書棚には誰もいなかった」
ベッドに腰掛ける俺達は不気味な恐怖感に捕われる。相手は確かに消えたのだ。
「もう、らちがあかないから忘れよう。侵入者はいなかったんだ」
カイルが俺を宥めるように言う。俺も頷かざるを得なかった。
*
前日に不気味な事件が起こっても、いつも通りローガンの朝は早い。俺もカイルに起こされること無く、自分で起きれるようになった。
厨房に行くと皆朝食の準備をしている。ロイとサイラスが指揮をとる。ルラ・ロドリゲスは毎朝の如く寝坊して教官に起こられてから罰メニューをくらっていた。
今日は俺が密かに楽しみにしていた日でもある。なぜなら魔技の授業があるからだ。今まで魔技の先生が都合で欠席していたため、長期的に授業がなかったのだが今日から復活した。小狐丸も久しぶりに振ってやれるな。
「行こうぜ」
朝食を食べ終わったカイルに呼ばれる。俺は頷いてから教室に向かった。
*
本日最初の授業は魔法植物学だ。4人一組のグループ研究なのだが、今回はカイルと同じ班ではなかった。すると同じ班の人から話しかけられた。
「やぁ、はじめましてだよね。僕はラザール。このクラスの学級委員だよ。困ったことがあったらなんでも言ってね」
友好的な笑顔を浮かべるラザール。コミュニケーション能力が高いと得だな。
「あっ、私はミシェル!声が大きくて煩いってよく言われるけどよろしくね!」
ラザールとは違った、素の笑顔のミシェル。金髪を高い位置でくくっている。
「ああ、よろしくな」
俺も笑いかける。カイルのおかげで笑うのがうまくなったと思う。
「そーいえば、もう一人足りなくないか?」
「ルラのことか。彼女は昔から朝に弱い体質なんだ。昼頃まで罰メニューだよ」
ラザールが困ったように笑う。彼は頼もしい学級委員そのものだ。
「ラザールはホントに真面目。魔技、筆記試験の総合成績もトップだもんねぇ」
ミシェルが軽くラザールを小突く。
「噂に聞いていたけど凄いな。尊敬するよ」
俺が褒めるとラザールは首を振った。
「いや、いくら頑張っても首席にはなれないからな。僕は次席だ」
「え・・・・・・?首席って・・・・・・」
「授業を始めます」
聞こうとしたら魔法植物学のサラ先生が教室に入ってきた。すかさずラザールが号令をかける。まぁ、いいか。生徒はこのクラスだけではない。他のクラスの可能性が高いし、言われたところでわからないだろう。
授業が始まった。
普段ならラザールが授業中に目立つが、今回はミシェルが目立っていた。
「彼女は植物には強いんだ。僕もこればっかりは彼女に敵わないかな」
「うち、家が植物園なの。世界中の魔法植物がそろっているんだ」
ミシェルはそう言いながらちゃっかり俺に招待券を渡す。受け取った俺の笑顔は引き攣っていなかっただろうか。そうこうしているうちに授業が終わる。
「秋君、君と話していて楽しかったよ。次の授業もよろしくね」
ラザールが俺に言う。まったく、人付き合いが完璧な奴だ。
「なあ、次の授業ってなんだっけ?」
「何いってんだい、皆が楽しみにしていた魔技じゃないか」
*
「魔法植物学でラザールと随分仲良さそうだったじゃないか」
魔技の授業がある中庭でカイルに言われた。
「なんだよ、嫉妬してんのか」
「ははっ、友達としてしてないといえば嘘になるかな。でも嬉しい気持ちの方が大きい。お前ここに来てからほぼ俺としか話してないだろ?一人に依存するのは良くない」
そう言ってカイルは俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。普段なら即効振り払うが、何故か今日は悪い気がしなかった。
「信頼の築きは城の築きより堅し、ってな」
カイルが真顔でいう。なんだかおかしくって吹き出してしまった。
「お前の言葉じゃねーだろ」
「そうだよ!ある人の受け売りだよ!」
「どうりでらしくないと思ったよ」
「あーもー、うるせーよ!」
「ぷっ」
「・・・お前、これからの魔技の授業で覚えてろよ」
「ええ、こちらこそ」
お前を小狐丸の餌食にしてやろうじゃないか。立ち去るカイルの後ろ姿を見ながら俺はほくそ笑んだ。
ちょっとだけ動かしたつもりです。暖かい目でご覧ください。