第99話「円環」
「もう、九月も終わるというのに、いつまでも残暑が続くなぁ、冬彦?」
「本当。今年は夏が、なかなか終わらないね」
「暑さ寒さも彼岸まで、というのは嘘やな。もうすぐ、楠山祭。昨年、冬彦が女装してから、もう一年経つのんか」
「その思い出しかたは止めてよ、東野くん」
「好評やったんやけどなぁ。まぁ、ええわ。二組は、コントをすることになったんやけど、一組は、何をするんや?」
「映像上映。夏休みに、五、六人でちょくちょく集まって、植物園とか、厄除稲荷とかで撮影した映像があるんだ。それを、コンピューター研究会の子に加工して貰って、上映することになってる」
「理系クラスらしいな」
「そうかもね。三組は、何だっけ?」
「たしか、演劇やったと思う。西園寺が、チェーホフの『桜の園』をやるって言うてた」
「タイトルは、聞いたことがあるね。どんな話かは、よく覚えてないけど」
「俺も、よぅ知らんねん」
「悪い子は、いねぇがぁ」
「なまはげにしては、迫力に欠けるね」
「何やってるんや、中之島?」
「中之島正渾身の演技ですよ。どう見ても、幽霊でしょう?」
「幽霊なら、恨めしや、じゃないかなぁ」
「大根も、ええところやないか。そうや、中之島。『桜の園』は、知っとるか?」
「ロシアの劇作家、アントン・チェーホフが、一九〇三年に描いた戯曲で、『かもめ』、『ワーニャ伯父さん』、『三人姉妹』と並ぶ、チェーホフ四大戯曲の一つですよ」
「どんな話なんだい?」
「簡単に言えば、斜陽貴族が、桜の樹のある土地を手放し、貧しい農夫に競り落とされる話です。そこに、恋愛模様とか、社会の変革とか、複雑に絡み合ってくるわけです。ちなみに、四幕構成です」
「少し、硬そうな話やな」
「何でも知ってるんだね、副長くんは」
「冬彦さん」
「わっ。華梨那さん」
「鳳か。井戸から出てきたんか?」
「そっちも、完成したんやね、部長さん」
「幽霊役が二人、ということは?」
「二年一組が、お化け屋敷なんか?」
「ピンポン。大正解」
「展示は、二組に取られてしもうたから、第二希望やったんやけど、瑠璃ちゃんから聞く限り、展示は展示で大変らしいから、かえって良かったわぁ」
「おっ、ここは、四人いるっすね」
「樟葉くんか」
「会計の資料なら、文書庫の二段目にある、水色のファイルだよ」
「それは、知ってるっす。これを売り歩いてるんっすよ」
「食券やね。何を売ることになったのん?」
「今年の一年一組も、模擬店なんやな、樟葉」
「昨年も、模擬店やったんっすか。今年は、焼き鳥っす。一枚、どうっすか? 隊長さんは、一枚買うてくれたっすけど?」
「南方は、もう買うたんか」
「昨年の副長くんを思い出すね」
「一人五枚が、ノルマなんっす。一枚ずつ買うてくれたら、ちょうど捌けるんっすけど?」
「買うてあげようよ、冬彦さん」
「そうだね。買おうよ、東野くん」
「そうやな。中之島も、買うやろう?」
「大変さは、分かってますからね。買うたろう、樟葉」
「毎度ありっす」




