第97話「七夕選挙」
「暑そうだね、東野くん。よかったら、どっちか食べる?」
「村井屋の小豆棒と、赤白乳業のジャリジャリくんか。貰うてええんか?」
「いいよ。購買で半額だったんだ」
「ほんなら、ジャリジャリくんを貰うわ。ご馳走さん」
「いえいえ」
「それにしても冬彦は、涼しそうやな」
「あまり、汗をかかない体質だからね」
「汗腺が、他人より少ないほうなのかもな。夜中に蚊に刺されるのんは、ほんまに困る」
「明るい部屋では、物陰に居るのに、照明を消した途端に、耳元に飛んで来るんだよねぇ」
「一匹やっつけたと思うたら、もう一匹居ったりしてな。おかげで、寝不足や」
「えらい暑いのに、ご苦労さんやな」
「ふ、杭瀬先生」
「今年は、暑さが厳しいですね」
「昨年は、冷夏やっていうて、夏野菜が値上がりしたけれど、今年は猛暑やっていうて、やっぱり、夏野菜の値が上がっとる。女房の口から出てくるのんは、そんな愚痴ばっかりや」
「お疲れさまです、杭瀬先生」
「本当。農作物の値上がりは、困りますね」
「まぁ、文句を言うなら、財布を預けるなって話やわな。ははは。ところで二人は、もう選挙の結果は、もう知っとるか?」
「いいえ、まだ知りません」
「もう、結果が出てるんですか?」
「まだ集計してるのんやったら、僕がここに居るのは、おかしな話やろう?」
「それも、そうですね」
「今年の選管は、杭瀬先生でしたね」
「事務室の前に張り出してあるから、帰りにでも見たらええわ。ほな、さいなら」
「さいなら、杭瀬先生」
「さようなら」
「街中で、つばの広い帽子に、サングラスとマスクをして、長袖のタートルネックに手袋してる完全防備の人って、よぅ見掛けると思わへん?」
「居るわねぇ、そんな人。害虫駆除の業者さんかと思うぐらい、全身を布で覆うてね」
「あれで案外、虫刺され予防にもなってるんと違う?」
「そうかも知れへんね。あら、第三十五代生徒会執行部役員決定のお知らせ」
「括弧、選挙速報値」
「括弧閉じるが無いわね」
「印刷する時に、入らへんかったんと違うかな?」
「急いで作りましたって感じが、ありありと伝わってくる雑さやね」
「生徒会長は、副長で」
「書記が千林さん、会計が樟葉くんやね」
「樟葉くんは、来年度は、継続になるんやっけ?」
「他に候補が居らへんかったら、うちらの時みたいに、信任投票だけになるんよ」
「対立候補の委員長トリオは、揃って落選したみたいやね」
「無理もないわ。具体案のない、ぼんやりした理想像を語られても、誰の心にも響かへんって」
「大船に乗った気でって、中之島くんは言うとったけど」
「泥舟にならへんように、気ぃつけてほしいところやね」




