第96話「超過」
「ただいま、母さん」
「おかえり。途中で、玄介さんを見掛けなかった? 配達を頼んだんだけど、まだ帰ってないのよ」
「いいや、見てないよ。配達先に、連絡したら?」
「それが、配達は済んでるらしいのよ。どこに行ったのかしら?」
「どこかで、面白そうなことに、首を突っ込んでるんじゃないの?」
「まぁ、そんなところでしょうね。そうだ。麦茶、新しいパックを入れたから、二時間ぐらいしたら、出していてね」
「はい、母さん」
「夏は、洗濯物がすぐ乾くから、捗るわ。あら、電話。もしもし?」
『北条さんの、お宅ですか?』
「はい、そうです。どちらさまですか?」
『こちらは、市立総合病院です。北条玄介様のことで、お話がございます。お忙しいところ、申し訳ございませんが、今すぐ、こちらへ来ていただけますでしょうか?』
「玄介さんの身に、何か?」
『詳しくは、医師を交えて、こちらでお話いたします。よろしいでしょうか?』
「えぇ、すぐに伺います」
『では、のちほど』
「電話は、誰からだったの?」
「病院よ。玄介さんが、そこにいるそうなのよ。すぐに向こうに行かないといけないんだけど、冬彦、すぐに出られる?」
「すぐに出掛けられるよ」
「それで、先生。玄介さんは?」
「外科医として、最善は尽くしました。あとは、本人の回復力次第です」
「玄介さん」
「手術の内容と、現在の容態については、先程ご説明した通りです。他の患者がありますので、私は、ここで」
「どうも、すみません」
「僕だよ。冬彦だよ、玄介さん」
「こんなことなら、あたしが車を出して行けば良かったわね、玄介さん」
「起きてよ、玄介さん。ねぇ」
「あたしと付き合う男は、どうして、こうも死神に好かれるのかしら」
「こんな、お別れは嫌だよ。こんなのって、無いよ」
「そうね。これは無いわよ、玄介さん。あんた、冬彦の父親として、あたしとこの子の二人を、一生大事にするって言ったけど、期間が短すぎやしないこと?」
「うぅ。父さんを亡くすのは、こりごりだよ」
「ごめんね、冬彦。あたしが、再婚なんかしたばっかりに」
『八歳しか違わない人間を、父とは呼べない』
「そうやな、冬彦」
『もう、中学生なんだから、干渉が過ぎると、嫌われるわよ?』
「その通りやな、黒江」
『一回りも上の子持ちの未亡人と結婚なんて、認めへんからな』
「父ちゃん。まだ、それを言うのんかいな」
『玄介が大きゅうなって、大人になる頃まで、側に居てあげられるやろうかねぇ』
「祖母ちゃん。もう、立派な成人やで、俺は」
『父さん』
「冬彦か? いや。冬彦は、玄介さんとしか呼ばへんわな」
「……ゆ、か? ……げ、ば、な」
「父さん」
「んんっ? 冷たい手ぇやと思うたら、冬彦か。今さっき、何て言うた?」
「意識が戻ったんだね、父さん」
「そうや、冬彦。父さんやで。あれ? バイクで行ったら早いと思うて、配達しとったはずやのに。ここは、どこや?」
「帰りに、事故にあったんだよ。ここは、病院」
「せや、せや。ドライブ・スルーから飛び出してきた車と、鉢合わせしたんやった」
「丈夫に出来てたみたいね、玄介さん」
「黒江。今、何時や? 店は、ええんか?」
「こんな非常時に、お店を開けようとするとは、呆れて物も言えないわ。お休みにしてるに、決まってるじゃない」
「そうか。それは、済まん」
「良いわよ。コンビニじゃないんだから、年中無休である必要はないんだし。早めのお盆休みとでも、考えれば良いじゃない。ただ、一つだけ残念なのは」
「何や?」
「麦茶が、この通りになったことね」
「真っ黒やな。砂糖でも入れへんかったら、飲めたもんやないやろうな」




